本編

前哨戦(前半)

 時計は午後五時を指そうとしていた頃、龍野はふと目を開いた。

「嫌な予感がするぜ……」

 眠るに眠れなくなったため、目覚ましに散歩でもしようと決め、支度を整えて部屋を後にした。


「ようやく、太陽が顔を隠し始めたか……」

 屋上で夕陽をじかに浴びる龍野。

「ん?」

 覚めかけの目が、“違和感”を捉えた。

「何だあいつら……? まっすぐこっちに向かってくるぞ……?」

 遠くの人影と思しき何かを目視した龍野は、すぐさま一度部屋に戻って装備を整える。

 騎士服、ショートソード、それに拳銃。城ごと転移したが故に全て携行していたものだ。

「ヴァイス、起きろ!」

 そしてヴァイスの部屋へ入り、状況を伝える。

「何か迫ってくる人影がある。それに混じって、変な大型のボウガンって感じの武器……ありゃ投石機カタパルトか? それっぽいものもちらほら見えた」

「攻城兵器……バリスタね。龍野君、『シュヴァルツリッター』に搭乗して。私は城の防衛機構を発動させ次第、その方々への説明に向かうわ」

「あいよ!」

 龍野はシュヴァルツリッターのコクピットに飛び乗るために、格納庫へ向かった。

「さて、まずはシュシュを叩き起こさなくては」

 シュシュの部屋に入ったヴァイスは、すべきことを遂行し始めた。


     *


 攻め入ろうとしてきた人間は、およそ二千人程度だった。

 全員が漏れなく剣、鎖かたびら、バケツ状のメット(またはヘルム)、それに特徴的な白いマントを装備していた。

 それにじって、バリスタが載った移動装置(馬で牽引している車)が50台。

 明らかに龍野達を、ヴァレンティア城を「敵」とみなした態度であった。

 そんな彼らは後五分ほどで、ヴァレンティア城正門にたどり着こうとしていた。


     *


「準備は終わったわ。後は私が直接出向き、敵意の無い意思を証明しなくては(お父様もお母様もいらっしゃらない今、最高責任者は私。この城を守り、かつフーダちゃんの望みを叶えるのは、私が筆頭になる他は無いのです……!)」

 ヴァイスは正装に着替え(普段着用している、スカートの短いドレスは「私用」)、正門の前に出る。当然、衛兵は城内へ逃がしておいた。

(いよいよね……!)

 窓という窓にシャッターが全て降ろされた、風情を損ねたヴァレンティア城を見て、ヴァイスは一層の覚悟を決めた。

 そして集団の先陣を切る人間が後100m程にまで迫ると同時に、ヴァイスは声高らかに告げた。

「お待ちなさい!」

 魔術で増幅した声は、容易に耳に届く。

 指揮官と思しき男が号令を掛け、集団全体が侵攻を一時停止した。

「わたくしはこのヴァレンティア城のあるじ、ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアと申します。聖戦士の皆様よ、何ゆえ我らが城を攻め入ろうというのですか!」

 普段とは違い、堂々たる態度で集団に問いかけるヴァイス。

 すると指揮官と思しき男は、ヴァイスに負けず劣らずの大声で理由を述べた。

「我々は『カルテル教』の戦士達だ! 貴様ら異教徒か否かを、我らがつるぎで判別するためだ! 素直に我々に従え!」

(……交渉の余地は無さそうね。時間は稼ぐけれど……)

 男の返答を聞き、すぐさま決断を下したヴァイスは、龍野に念話を入れる。

『龍野君、いるわよね?』

『ああ。城近くの木々に紛れてるぜ』

『私と正対している集団が一歩でも踏み出したら、構わないから間の誰もいない箇所にビームを撃って』

『あいよ。“殺すな、ただし怯えさせろ”だな』

『そういうこと』

 念話を終え、ヴァイスは男の言葉に返した。

「“剣で判別”とは、わたくし達を殺すというのですか?」

「殺すのではない! 我らが神に、正しき姿を指し示していただくのだ!」

(最早限界ね。龍野君、頼むわよ)

 騎士龍野を信じたヴァイスは、「決裂」を生み出すと心に決めた。

「言葉を飾れど、意味を曖昧にすることは叶いませんわ!」

「ええい、うるさい! 最早問答無用だ、かかれ!」

『龍野君!』

『あいよ!』

 集団が純粋な敵意を向けて進軍したのを確認すると、ヴァイスは龍野を呼ぶ。


 シュヴァルツリッターが木々の間から、文字通り飛び出した。

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