異世界の来訪者(幼女)・後半

 五分後。

「お待たせしましたわ」

 いつになく輝いた笑顔で、戻って来たヴァイス。

 両手には、道具の入った木箱を抱えていた。

「シュシュ、その子を押さえていてくださいませ」

「はい、お姉様」

「では皆様、少々失礼いたしますわ。龍野君、進藤少尉。あなた達は部屋から退避しても、構いませんわよ?」

 シュシュに少女の確保を指示したヴァイスは、小瓶のふたを開けた。

 上品な芳香が、部屋を包み込む。

「ッ!? 離せ、こらっ!」

 抵抗する少女だが、シュシュの拘束力は意外と強い。と言うよりは、少女の抵抗が弱かったのだ。不足した体力では自然である。

 上から覆いかぶさられ、更には両腕を後ろに回されている。体格の差も相まって(シュシュは145cmだが、少女は118cm)、しばらくは逃げられないだろう。

「お姉様、確保しましたわ!」

「ありがとう、シュシュ。では、立たせてくださいませ」

「はい。ほら、立ちなさいっ!」

 強引に腕を引っ張りながら、少女を立たせるシュシュ。

「~ッ! 離せよ!」

 なおも叫びながら抵抗を続ける少女だが、シュシュの拘束からは逃れられない。


 すると、シュシュの蹴りが少女の脇腹に入った。


「ぐああっ!?」

「おい、シュシュ!?」

 少女の絶叫と龍野の驚愕が同時に響く。

 すると、シュシュは冷ややかな声でこう告げた。

「お姉様が『立て』と言っているのです、早く立ちなさい。次はわよ?」

こええ~、流石はヴァイスの妹。いざという時には、ホント手段を選ばねえよな……。さて、後はヴァイス次第だ。頼むぜ……!)

 龍野はシュシュの意外な一面に震えながら、様子を見守っていた。

 少女は“従わなければどうなるのか”を察し、素直に立ち上がった。

「えいっ!」

 ヴァイスはかがむと同時に、少女を抱きしめる。

「シュシュ、もう良いわ。離してあげて」

「はい」

 少女の拘束を解いたシュシュは、真っ先に龍野の元へ向かった。

「他言無用よ、おわかり? 兄卑、それに進藤少尉?」

「わーってるよ、誰が漏らすかってんだ(おおう、しっかり口止めまでしてきやがった! いくらあの子が狂暴だったからって、容赦が無さすぎだろオイ! 流石王族、いざという時は躊躇しねえな……!)」

「『緊急事態のやむを得ない対応だった』、そう認識している」

「うふふ、感謝しますわ」

 一仕事を終えたシュシュは、龍野と武蔵から離れた場所で様子を伺っていた。


「オイ、何だよお前!?」

「何でもないわ。ただ、心を静めてほしいだけなのよ」

 耳元で絶叫されたのにも関わらず、ヴァイスは平然としている。耳栓をしっかり着けていた。

「痛みは一瞬よ」

 右手の中指をとん、と首筋に押し当てる。

「ッ!?」

 少女がビクンと体を震わせるが、すぐに体をヴァイスに預けた。麻酔だ。

 抵抗が無くなったのを確認したヴァイスは、耳栓を外して少女にささやいた。

「突然の無礼を、許してくださいませ。彼女はわたくしの妹ですもの、貴女あなたの望む罰は何なりと受けさせますわ」

 少女の目は虚ろだ。話が聞こえているのかどうか、怪しい状態である。

 しかしヴァイスは、構わず囁き続けた。今度は真顔で、だが。

「ですが、貴女は大切な……わたくし達のコックの料理を、ないがしろにした。食べ物の恨みは恐ろしいですわ。その点、反省してくださいませ」

 言うべきを言うと、ヴァイスは笑みを戻して囁いた。

「あなたの怒りを、その根源を、わたくしは存じません。ですが、怒りの後ろには『望み』がある。ならばその『望み』を叶えるために、貴女の怒りを制約させてもらいますわ。いかるな、とは申しません。ただ、怒りをみだりに出せば、『望み』は遠ざかる。その対策ですわ」

 ヴァイスはゆっくりと、少女に聞こえるように息を吸った。

「告げましょう。『貴女の怒りは、わたくしの許しなくして真なるものに至らない』、と」

 ヴァイスは少女の頭と背中を撫で、最後の要望を投げかける。

「とりあえず、今求めることは二つ。一つ、貴女の名前を、ここにいる全員に教えてくださいませ。二つ、貴女の体をいたわるために、新たな食事と休憩をおとりくださいませ」

 そして、少女の耳元で手を叩いた。

 それを引き金に、少女が目を開く。

「わたしは……『プリンセス・フーダニット』。ある王族の、娘よ。それよりも、食事はどこ? お腹がすいてしまったわ……」

 ゆっくりと言葉を紡いだ少女――改め、フーダニット。

 その様子を見届けたヴァイスは、安心した。

「ほっ、成功ね」

「良かったぜ、ヴァイス(まったく……。経験者としては背筋が凍りつくぜ、その人心操作術はよ……)」

「ふふ、食事を持ってくるわね。少し待ってて、『フーダ』ちゃん」

「『フーダ』?」

「君のあだ名だろう」

 フーダニットに説明したのは、意外にも武蔵である。

「さて、聞きたいことがある。食事をとったら、付き合ってくれ」

 武蔵はそれだけ言い終えると、龍野に「掃除用具はどこだ?」と聞いた。

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