第12話 夢みる心(薬師寺)
唐招堤寺から薬師寺までは、真っ直ぐの道を歩いて5分程で着く。
通りには、骨董屋・喫茶店・はぎれ工房・レストラン・民芸品店などが並び、松並木の間には杉の木も立ち並んでいる。左手に土塀があり、入り口の両側には白い提灯がぶら下がっていて黒字で薬師寺と書いてある。突き当たりは薬師寺の裏門で、その裏門を入らずに右に曲り、喫茶店に入って休憩し、二日間で写した写真を眺めて奈良の思い出を振り返った。
「疲れたでしょう」
「まだまだ元気です。でも、素敵な奈良に酔ってるみたい」
「はい、社長さんのお写真です。綺麗に写っておられます」
「わ~、若い人と一緒に写したら老けているのが良く分かりますね。横の仔鹿も可愛く写っているし、やっぱり老けているのが目立ちます」
と右手にコーヒーカップを持ったまま、飲まずに左手の写真を見つめていた。
「社長さん、とってもカッコ良く写ってる」
と二人は、写真を覗きこんだ。
「ありがとうございます。そんなこと言ってくれるのは、お二人さんだけですわ」
「奈良のとても良い記念が出来ました。これも社長さんのお陰です。本当にありがとうございました」
と二人はテーブルに顔が触れるまで頭を下げた。
「お役に立ててうれしいです。勇一さんも、喜んでくれているでしょう」
「奈良は、本当に素晴らしいところですね、さすがに父が気にいっていた所だけあります。母にも良いみやげ話がたくさん出来ました」
と和世は、母も喜ぶだろうと思っていた。
「そう、そう、今度はお母さんとご一緒にお越しくださいね」
と笑顔で言って、社長はレジの方に進んだ。
「ごちそうさまでした」
と二人は先に店を出て、社長の来るのを待った。
「さあ、薬師寺に行きましょうか」
と踏切を渡って左に百メートルほど歩き、南門の前に出た。そこには、世界文化遺産の記念碑が立っていた。
美しく輝く中門に近づくと、両側には仁王が邪鬼を踏みつけて出入りする人々を見つめて居り、その出で立ちは、宝冠に宝棒に胸甲は金色に輝き、天衣と
その美しさと輝きに二人は
「ものすごく綺麗、最高に綺麗ね」
とまるで宝石でも見ているような輝きの眼で眺めていた。
「こちらが730年(天平2年)に創建された建物の東塔です」
と長い年月を経ていかにも風格を備えた東塔を社長が指で示した。
1981年(昭和56年)に復興された真新しくきらびやかな西塔と違い、色褪せた姿に古代の息吹と千三百年の重みを肌で感じた。
「この三重塔は、各重に袴のように
と力強く社長は教えた。
「誰が燃やしたの?……」
と由美が尋ねた。
「たいていの案内記は、筒井順慶が焼いたと書いてあるのですが、順慶が生まれたのは1549年だから、順慶が生まれる21年も前の出来事なので、順慶ではないのは確かです。」
と社長は順慶をかばうように話した。
「誰か知らないが本当に悪い人。争いはやっぱり嫌ですね……」
と由美。
すべてが焼けたその中で、東塔が燃えずに残ったのは、どのような天の配剤なのだろうかと不思議に感じる和世でした。そして、もし東塔が残って居なかったら、今の西塔の完成を見なかっただろうと思うと、和世は、人類初の原子爆弾を受けながら生きた父が東塔なら、西塔は子供のわたしと言った感じであり、西塔のようにきらびやかであっても、月日が経てば必ず東塔のように色褪せて行き、人もこのように老いて行くんだと考えながら、東塔は兵火のすべてを知る証人だと見上げていた。しかし、観光客も拝観者も東塔より、きらびやかな西塔を見上げては「美しい」と言って通り過ぎて行く。誰もが老うことを忘れて通り過ぎて行く感じだ。観光客を案内している寺僧が
「一番古いお寺は法隆寺、一番大きいお寺は東大寺、一番美しいお寺は薬師寺です」
と説明していた。
金堂の薬師三尊は、銅造薬師如来像も、両脇侍像の日光菩薩と
「和世のスタイルが日光、月光菩薩像のようだ」
と言っていたそうだが本当に親バカと言うものだと、日光、月光菩薩像を初めて見た和世は苦笑いしていた。そして、その美しい仏像が
「人生は生きているのが苦しみです。だから、趣味を持ったり、友達とお話をしたり、たまには美味しいものを食べたり、旅行をしたりして楽しみに変えるのです。自分一人が不幸者だと思って何もしなかったら、幸せはやって来てくれません」
と教えてくれているようだ。
「綺麗な仏像ね」
ここには、過去と現代と未来が同居していて、辛いときも、苦しい時もきらびやかな薬師寺に来て、綺麗な薬師三尊を見たら素敵な夢が見られそうだ。
薬師寺は、人々の心に夢を与えてくれる美しいお寺だから、二人も美しくなりたいと夢を広げていた。
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