第6話 忍耐の心(春日山原始林)

 すがすがしい朝を迎えた二人。奈良での二日目のスタートだ。

「おはようございます」

約束の10時に社長が迎えに来た。

「おはようございます。昨日は突然にお邪魔して申し訳ございませんでした。いろいろとお聞かせいただき本当にありがとうございました」

と和世は腰を柔らかく折って頭を下げた。

「今日もお世話になります。こちらは幼馴染の由美さんです」

「始めまして立花由美と申します」

と由美は頭を低く下げた。

「クリーニング屋のおっちゃんで南光と言います。さあどうぞ」

と車の所へ案内した。トランクに荷物を入れて、二人は後部に座った。

「今夜のお泊まりは別のホテルですか?」

社長は尋ねた。

 カバンからパンフレットを取り出して

「はい、平城宮跡の近くの平城ホテルです」

「いいホテルですわ。そしたら出発します」

とハンドルを握って社長が三条通りの旅館みやこを後にした。

「この真っ直ぐに伸びた通りを三条通りといいます。この通りでは勇一さんによう遊んでもらいましたわ」

そして社長は春日若宮おん祭りの話を切り出した。

「奈良で生まれ育った人にとって、おん祭りと聞くだけで懐かしいものがあります。この三条通りを、それはそれは豪華絢爛な大名行列がゆっくりと時間をかけて進んで行きます。12月16日が宵宮で12月17日が本祭り、子供も大人もこの日が来るのを楽しみに待っておりました。祭りそのものは非常に神秘的で神楽・田楽・猿楽・舞楽なども奉納され、朝鮮半島に由来の緑色系統の衣装をまとう右舞と、中国や東南アジアに由来した赤色系統の衣装が鮮やかな左舞が交互に演じられ、シルクロードのつながりを感じていいものですよ。日本の芸能の歴史を知るうえでも興味深いですが、やっぱり子供にとっては、あっちこっちに並ぶ縁日の方が楽しみであり、勇一さんにいろいろ買って貰いました」

と社長は父を偲んで懐かしんでおられる感じだ。

「奈良らしい祭りだわ、厳かにゆったりとして。博多の方は博多祇園山笠のようにスピードのある祭りが多いのですよ」

と二人で代わる代わるに博多の祭りのいろいろと奈良の祭りとの違いに付いて社長に説明をした。

 奈良で一番にぎやかな三条通りも、朝を迎えて活気づいていた。

 道路沿いの樹木も赤く染めて秋を告げている。

 ゆるやかな坂道を上り始めた

「この辺に縁日が沢山並ぶのですわ」

とニコニコ顔の社長、右下に猿沢池、左に興福寺と、昨日見た所を通り過ぎた時、

「この近くに、春日の神鹿を殺した三作と言う少年が石子詰めになったと言われる墓があるのですが、真実かどうかは疑わしいですがね」

と教えてくれた。

「本当ならかわいそうですね」

と二人は声を揃えて言った。

「むかし、鹿は神の使者として奉ったので殺したらえらい事だったそうです。だから人が鹿にペコペコと頭を下げていたらしいが、今は、鹿がエサをほしがって人間にペコペコと頭を下げてますわ」

と話し上手な社長の話に二人は聞き入った。

 そして、車は正面の赤い一の鳥居を左に曲がり春日山原始林のある奈良奥山ドライブウェイに向かった。

 料金所から、急な坂道になり右に左に曲がりながらゆっくりと進んで行く。

 少し登った所で、車を道路際に寄せた社長は

「ちょっと降りて下さい」

といって車のエンジンを止めた。

 何かあったのかと思いながら二人は、ドアを開けて外に出た。

「ワー、あの大きな屋根は何んですか?」

と驚く二人。

 驚くのも無理はなく、大仏殿の屋根を真上から見ていたんだから。

「大きいでしょう。木造建築では世界一の屋根ですからね」

と社長が自慢げに言った。

「大仏殿の屋根が大きすぎるから右手の五重塔がわたしみたいに細くみえるし、奈良の町並も小さく見えるわ」

と由美が笑った。

「こんな素晴らしい景色は初めてよ」

と和世は紅葉の中の大仏殿をカメラに収めた。

 車に乗った二人は、まだ興奮気味に話してる。

 車は道路に積もった枯れ葉を踏みながらくるくる回り登って行く。

 後部の二人の身体も揺れて、遊園地のコーヒーカップに乗ってる気分。

「新緑が育ち、錦の色に変わる紅葉は、少女が初めて化粧をしたような色気を感じます」

と社長が美しい表現で言った。

「わたしたちの化粧では、もう色気はないですか」

と口を尖らせて尋ねる由美。

「なかなか、良いですよ。二人ともとても綺麗だし」

と社長は、返事に気を使って答えた。

 登るたびに変わる景色のなかで、父もきっとこの道を通り、心をいやしてたのでしょうと和世は思った。

 若草山の山頂駐車場に入ると、売店の横で鹿が群がっていた。

 車を降りて、舗装された歩道に入るとリョウブ・ヤマモモ・クリ・ヒイラギなどが繁り、樹木が道を挟み日の明かりを遮って薄暗い。その間を登って行く歩道の左側に円筒の街灯が2メートル間隔に立ててあり、前方の石段を登りきるとそこが若草山の山頂であった。

「うわー、ここがあの若草山の頂上」

二人は朝、旅館の部屋の窓から見て感激した美しい若草山に登っている事が、夢のように思えた。

 古都奈良を一望に見渡せる若草山の頂上に立って、朝の光に映える古都奈良を眺めて、その美しさに長い時間見ていたい、そして何回も来て見たいと思う二人だった。

「正面の山が生駒山、その左が信貴山、そして二上山、葛城山、金剛山、その屋根がさっき見た大仏殿、県庁、興福寺、五重塔、市役所のその向こうが平城宮跡、薬師寺、金魚の町大和郡山市、その後ろが斑鳩の里、あそこが天理市、そして橿原市」

と社長は、奈良大和路展望図を見ながら二人に一生懸命説明した。

 和世達の近くで、眼下を見下ろしていた車椅子の奥さんが、お孫さんでしょうか中学生ぐらいの女の子に奈良盆地の大パノラマを詳しく説明していた。又、その車椅子をご主人が、しっかりと握っている。

 遠くから眺めていても、登って懐に入っても変わらない若草山の美しさ。外見も中身も変わらない人間で居なくてはいけないよ、と教えてくれているようです。山頂の鶯塚古墳(全長100メートルの前方後円墳)で、母子連の鹿の群れと一緒に見た奈良盆地の全景にはなぜかロマンを感じていた。

「社長さん、いい所ばかり案内していただいて本当にありがとうございます」

と二人は心から感謝した。

「ねえねえ、ここに登ったと言う証拠に写真を写しましょう」

と由美が言った。

「すみません、写していただけませんか」

と和世は、先ほどの車椅子連れのご主人にお願いした。

 そのとき由美は、鹿にエサを与えてモデルになっていただくように交渉していた。

「この、黒まめのようなものはなんですか? 社長さん」

と下を向いて由美が尋ねた。

「ああ、それは鹿のフンですわ」

と微笑みながら由美に答えた。

「え~、わたしさっきから一杯踏んでしまってる」

と靴の底を見つめて言った。

 三人は鹿と一緒に頂上に登った記念の写真と、車椅子の家族との写真をカメラに収めた。

「ご主人さま、ありがとうございます。どちらからですか? わたし達は、福岡から来ました」

和世が丁寧に尋ねると

「はい、大阪からです。第二阪奈を通れば約1時間でここに来られ、妻の大好きな景色が眺められます。何時もは二人ですが、今日は孫と一緒に来ました」

と答えるご主人は、奥さんとお孫さんに孝行をしている満足感でとても幸せそうな顔になっていた。

「写真はお送りいたします。お気をつけて」

と住所を聞き、手を振って別れた。

 車は、春日山原始林に挟まれた細い曲りくねった一方通行の砂利道をゆっくり走るが、ドライブウェイと言うより山道である。

 樹木が、ところ狭しと立ち並んで車をじっと見下ろしているのは、まさに原始林だ。

「何をしに来たんだ帰れ」

と言っているのだろうか。

 それとも

「ようこそ、いらっしゃいました」

と迎えてくれているのだろうか。

 春日山原始林は約百ヘクタールもあり、どちらにしてもすごい巨木のお出迎えだ。

 綺麗な錦の色の紅葉と若草の芝生、可愛い仔鹿、優しい人たちとの出会い、そして美しい奈良盆地と秋本番を満喫していたのに、すぐに冬になった感じがした。

 奥に進むにつれて全てが静止しているようで静閑だ。

 さっきまで、あんなに顔を見せてくれていた太陽もなぜか顔を隠して、木もれ日が光のあみとなり静かさを表現している。それでも時々は、太陽もここに居ますよと枝の隙間から天日で車を照らしてくれる。鳥の鳴き声も風の音も何にも聞こえず、山林の中を砂利を噛むタイヤの音だけが不気味に流れている。

「秋は、人と車の通りは少ないが、春のシーズンには人も車も多いのですよ」

社長の話し方までゆっくりと静かになっていた。

 窓からの風も、若草山と違って冷たく頬を冷やし逃げて行く。

 その時、微かに水の流れる音が聞こえてきました。鶯ノ滝と標識があり、側には世界文化遺産の記念碑が立てられてある。

 その横で鹿威ししおどしが

「ここは、原始林ですよ火の用心コン・コン」

と優れた自然環境を守るために間をおいて響かせている。

 鶯ノ滝は、高さ30メートルもの上から細く落ちて来て、この広い春日山に染み込んで原始林の命を守っているのだろう。

 山道は少し上って行き、巨木も少し増している気がするが、風景は同じだ。

 しかし、ここからはせせらぎの音が車と一緒に走って来る。

 あの冷たい地下水を、一杯に吸って木が背伸びしているんだろう。

「この春日山原始林の作る綺麗でおいしい水が、吉城川から佐保川に流れ平城京の生命を守っていたのでしょう」

社長は、水の大切さを説明してくれた。

 せせらぎの音と一緒に車は静かに進むと、昨年の9月21日の台風7号で、薙ぎ倒された木の痛々しい光景があちらこちらで見られた。

 これも、自然の掟なのかと木がもがき苦しんでいる様で悲しくて胸が痛んだ。

 そんな中でも、二、三人で輪を作った程の巨木もあり、高くそびえてたたずむ姿は何事にも耐えて生きているという強い忍耐力を感じた。

 樹齢何百年の杉には人間も小さいものだとしみじみと考えさせられる。

 春日山原始林では普段味わえない、樹齢何百年の森林浴を味わって、身も心も綺麗になり、すべて何事にも、耐えて行ける強い忍耐力を貰った気分になっていた。

「首切り地蔵」ときいてビックリして行って見ると、荒木又衛門が試し切ったとか、柳生十兵衛が切ったとかの伝説から「首切り地蔵」の名が生まれたようである。

 今は、お地蔵さんの首も落ちないようにコンクリートで継いである。

 お地蔵さんも、こんな綺麗な空気の中だもの、きっと首もつながるでしょうと二人は、優しく手を合わせていた。

 道路も、ドライブウェイらしく広く舗装された道に入り、樹木にさえぎられていた太陽と空も見えて来て明るくなった中を暫く走り展望休憩所に車を止めた。

 ここから展望する奈良の町は、とても近く見える感じで、若草山の頂上と違って近代的なビルが建ち並ぶ都会的な景色で、その中にも緑がまだまだ多く良い眺めだ。大きい句碑に目をやると、そこには


 多可麻乃能 秋野の宇陪能 安佐疑里尓 都麻欲夫手え可 伊泥多都良武

 (高円の 秋野のうへの 朝霧に 妻呼ぶ牡鹿 出て立つらむか)


大伴家持、754年(天平勝宝6年)の作が書き入れてある。

 奈良奥山ドライブウェイは歴史に触れられる素晴らしいコースだと満足感の二人だった。社長も、嬉しそうな二人を見て満足そうだ。

 車は落葉が舞うなかを、左右に大きくカーブしながら下へ下へと降りて行く。

 奈良の街が近くなり家もビルも大きくなってきた。

 沿道の柿の木にも柿が鈴なりになっている。

「お腹がすいたでしょう。食事にしましょう」

と社長の行きつけの店に誘った。お迎えの作務衣を着たウエートレスがテーブルまで三人を案内した。

 大きな窓の外は見事な日本庭園で、築山が作られて奈良らしさを表現している。

「さあ、お好きな物を食べて下さいね」

と社長はメニューを手渡した。

 朝からの出来事の話に花を咲かせての食事は、とても楽しいひと時になり、和世と由美は、奈良の良い所のひとつひとつに触れられる喜びに幸せを感じていた。

 車は東大寺に向かって走ったが、行楽日と日曜日が重なってか道路は停滞していた。

「わ~、あの人の行列はなんですか?」

由美は車の窓を開けながら尋ねた。

「あれは正倉院展です」

進まない車の中で国立博物館を見ながら社長が答えた。

「正倉院展とは何ですか?」

熱心に由美は尋ねた。

「正倉院の宝物を一年に一度だけ展覧して、みなさんにお見せするのです。今年は残念ですが、ぜひ見に来てください、素晴らしい作品ばかりですよ」

と言った。

「見たい、でもだめか」

二人はうらやましそうに行列を見ていた。

 車はやっとの思いで駐車場に着き、東大寺まで歩いた。

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