スマホ少女は恋する春の夢を見る

小動倫也

第一話

その日、臼井涼太はウンザリしていた

ホームルームが終わったばかりの放課後の教室は猿の大合唱を聞いているかのように五月蝿かった

高校生になってから1年とちょっと

未だに五月蝿さには慣れない

どこか居場所を感じられず居心地が悪いこの空気は何よりも嫌いなものだ


この日も俺は席から立ち上がり誰の目にも止まらず教室を後にした

昇降口で上履きから靴に履き替えている途中、様々な感情が渦巻き言葉として頭の中を飛び交う

アイツが入れば少しはマシだったのに

毎日のように思っている事を今日も飽きずに考える


靴を履き替え、最寄り駅の七里ヶ浜駅に向かう

友人かそれとも恋人か

誰かと一緒にいる学生達に引け目を感じながら帰る帰り道は最悪だ


「・・海でも寄るか」


一人になりたくなった時決まって海に寄る癖が俺にはある

幸い俺が通う峰ヶ原高校は海に近く

行くまでに手間がかからない


海辺に降りる階段に繋がる横断歩道の向こう側に立つ

そもそも俺は海に寄る人間じゃなかった

全部、アイツが教えてくれた事なんだ


アイツが・・・白川が教えてくれたんだ


白川紗良は臼井涼太にとって唯一の話し相手と言って過言ではなかった

友達と呼べる存在が居ない俺が初めてまともに会話をしたのが白川だった

白川はとても大人しい性格で人を嫌い本を愛する地味な奴だった

喋り始めた切っ掛けなんて覚えていないが、白川は人に喋り掛けることなんてないから多分俺から喋りかけたのだろう


赤色の信号が青に変わり海辺につながる階段をゆっくりと下りる

見ると浜辺には観光客が一人もいなかった

これなら周りを気にせずただ海を眺めていられる

そう思いある程度海に近い、けれど砂浜は湿っていない箇所に腰を下ろす


最近、海に腰を下ろす回数も増えてきた

こんなことして何の慰めにも、現実を変える手段にもならないのに変わらず海で波を眺めるのは

教室の五月蠅さに慣れないのは

誰かと一緒にいないことに引け目を感じるのは

全部、アイツが消えたから感じる感情なんだ


白川は一か月前に失踪している。

彼女の失踪は学校で大きな事件として扱われた

失踪当初それなりにこのあたりの地域や学校で話題になった

何かしらの事件に巻き込まれたのでは?それとも単なる家出か?

俺には彼女が消えた理由なんてわからないから何も言えなかったけどそんな事より消える度胸があったことに驚いていた

少なくともその類の思いっきりがある奴には見えなかった


波の音が耳に響いて気持ちがいい

目には太陽に照らされた青そのものの海が映っていてとても美しいと思った


『美しい風景には人なんていらないんだよ』


そんな言葉が隣から聞こえた気がした

驚いて隣を見るが当たり前に誰もいない

でも・・・人はいないが浜辺に文字が書いてあった


『スマホのカメラで文字を見て!』

「何だこの文字・・・」


少なくともさっきまではこんな文字なかったはずだ

カメラで映すと一体何が起こるのだろう?もしくは何が見れるのだろう?そんなことが気になった

俺は何の躊躇いもなくスマホを取り出しカメラを起動する

そして、文字の所にカメラを向ける


「・・・!?」


そこには驚くべきものが映っていた

カメラには失踪したはずの白川がこちらを真っ直ぐと見据えていたのだ


「なんでお前が・・」


驚いて思わずスマホを落としてしまう

彼女は見えない

カメラ越しじゃないと白川を視認することはできない


「おい、白川どういうことだよ?」


とりあえず、現状を理解することが重要だと思った

俺は積極的に白川に話しかける

しかし、紗良は首を傾げてばっかりだ

なんで喋ってくれないのだろう?


「・・・・もしかして」


俺はその場に座り込み砂に文字を書き始めた

『声聞こえる?』

スマホでしか見えない白川に言葉が聞こえるかはわからない

すぐさま白川は文字を書き始めた

『聞こえない。スマホにイヤホンさして音量上げられる?』

恐らくそれが声が聞こえるようになる方法なのだろう

イヤホンを取り出しスマホに挿し音量を上げる

すると


「臼井くん?聞こえる」


約一か月ぶりに聞く紗良の声が聞こえた


「あぁ、ばっちりとな」


久しぶりに見た紗良は意外と元気そうで、以前より少し陽気な性格になっていたような気がした


声が聞こえることを確認し、紗良は自分に起きた出来事を喋り始めた

紗良の現状は話を聞く限りかなり深刻なものだった

話によると、丁度一か月前から失踪したと騒がれていたころから既に姿は見えなくなっていたらしい

誰にも見えないし声も聞こえない

たまたま知らない一般人のカメラに写り込んだことからスマホのカメラには映ることがわかっていたらしいがスマホのカメラに映れても「心霊だ!」と驚かれるだけで

なんの得にもならなかったらしい


「対処法とかは知らないのか?」

「わかんない。でもこういう現象をなんて言うか私は知ってる」

「・・・・」


ゆっくりと紗良の回答を待つ。


「思春期症候群って言うやつだと思う」

「お前、それは・・・」


思春期症候群、言わばネットで流行っている都市伝説みたいな物だ

『他人の声が聞こえた』『未来から来た』etc.

つまり信じるに足りない戯言


「信じられない?でも、実際起こってるんだもの」

「それを言われるとそうなんだけど・・」


事実、紗良はスマホのカメラでしか映ることができない

その事実は認めなければ


「まぁ・・よくわからんけど思春期症候群になった心当たりは?」


思春期症候群はその本人が抱えている悩みなどを解消することによって治るとネットの書き込みで見たことがあるのでそこら辺を聞き出して対策を考えなくては

すると、あからさまに紗良の顔は暗くなり、何かを言おうとして言葉を引っ込めてしまった


「別に言いにくいならいいよ」

「・・・臼井くんは優しいね。でも大丈夫だよ」

「別に、俺は友達には気遣える人間だから」

「・・私、『美しい風景には人間なんていらない』と思うんだよね」


それは紗良が良く口にする言葉


「たぶん、見えない原因は私の現実嫌い。真っ当に生きてる人には私を見ることはできない」


じゃあ、なんで俺には見えるんだ?俺も真っ当じゃない?

わからない

でも、解決方法はわかった


「白川この後暇か?」

「失踪中だし、一日中暇だよ」

「そっか、じゃあ鎌倉行こうぜ」

「別にいいけど・・デート?」

「違うな、現実嫌いの白川は俺と一緒に遊んで楽しい思い出作って明日には姿見えるようにしちゃおーぜってお誘いだな」

「デートだね」

「だから、違うな」


話を切り上げてさっさと二人で鎌倉に向かうことにした

江ノ電に十数分揺られ鎌倉に着いた


「で、鎌倉に来たけど何するの?」

「俺、生まれてこの方スタバに入ったことがないんだよ。白川はある?」

「流石にあるよ。まぁ、スタバに行きたいのは分かったけど楽しい所ではないよねあそこ」

「まぁ、友達と行けば楽しいんじゃないか?」


それでも白川は駅前のスタバに付いてきてくれた

平日という事もあって店内は学制の姿がチラホラ目についた

丁度向かい合う形の二人席が空いていたのでそこに座る


「じゃあ、注文行ってくる白川何飲みたい?」

「自分で買うよ・・・あっ」


なんで自分が見えないことをド忘れしてんだ・・・・


「・・じゃあカフェラテで」

「おっけ」


その後一時間ぐらいスタバでお茶をして店を後にした


「楽しかった?」

「別に普通かな?でも、臼井君が一番長い名前の飲み物持ってきたのは笑った」

「割と良い値段行くんだなアレ」


初スタバだからって面白半分で一番長い商品なんて頼まなければよかった

元から軽かったお財布がさらに軽くなってしまった

でも、痛い出費ではないから良しとしよう


「次はどこ行く?」

「またどこか行くの?」

「少なくとも白川が心の底から楽しいと思うまで遊ぶな」

「えぇ・・・まぁ別にいいけど」


少しめんどくさそうな顔をされた

が、どこに行きたいか真剣に考えるそぶりも見せてくれるので案外つまんなくないのかもしれない


「そうだな~人が多い所に行ったから次は少ない所に行きたい」

「じゃあ、お寺とか?」

「それいいね、そうしよう」


というわけでお寺に行くことになった

あんまり近い場所は人で溢れているので少し歩くお寺に行くことにした

そのお寺には竹林がある事から観光客にも人気のあるお寺なのだが平日という事もあってあまり人がいなかった


「涼しいし、誰もいないね」

「そうだな、それに良い場所だな」

「ほんとにね。美しいと思うよ」

寺の中に茶屋があったのでそこで休んでいくことにした

お茶を待ってる間、特に会話をしなかったが彼女がずっと俺の方を見ているのをあえて気づかない振りをした

お寺を出ると空は既に暁色に

スマホ越しで見る紗良も夕焼けに照らされて赤みがかる


・・・スマホでしか見えない以外やっぱり普通なんだな


「じゃあ、次はどこ行きたい?」

「・・・学校とか行きたいかな」

「学校?まぁ、別に良いけど」


もっと楽しいと思う場所は他にあると思うけど、本人が言うなら行くか


「別に学校大好きなわけじゃないよ?」

「それは分かってる、だって好きそうな顔してないし」

「え、なんかそれはそれでひどい・・・ここ一か月一回も行ってないから行きたくなっちゃって」

「なるほどな」


俺たちはまた電車に揺られ七里ヶ浜に戻ってきた

高校の下駄箱で上履きに履き替え教室に移動する

忘れていたが今日は部活動休止日

校内にはほとんど生徒が残っていなかった


教室ではふたりぼっち

スマホの中の彼女は自分の席に座った

俺は白川の右隣の席に座る

白川の左横は窓なので七里ヶ浜の海が一望できるようになっている

差し込む夕日が少し熱く窓を開ければ潮風がここまで届く


「私ね正直一人でも生きていけると思ってた」


俺が促すこともなく白川は喋り始める


「でも、やっぱり臼井君が気づいてくれた時、嬉しかったんだと思う」

「そっか」

「うん、それに私の事友達って言ってくれたこともうれしかった」

「そんなこと言ったっけ?」


確実に言ったであろうがとぼけて見せる

認めるのは恥ずかしい


「言ったよ。まぁ、そうやってわかってるくせに誤魔化すのは良くないと思うけど」


・・・バレてた


「・・俺は自ら恥を掻きたくないからな」


その言葉に白川はクールっぽいねと適当な相槌を打つ

その相槌には異議申し立てたかったが、これでいいと思った

これがいつもの風景あるべき姿なのだから

だから、この風景を元に戻すために腹を割る必要がると思う


「正直、白川が消えて少し恨んでたよ」


思ってることを言おう


「うん」

「妙にクラスの居場所無くなるし、暇な時間増えるし、本ばっか読む羽目になるし」


どちらも視線を交わさず喋り続ける

風が吹く

彼女の髪の毛が風で揺れる

綺麗だと思う


「でも、だからこそ本気で助けたいと思っている。綺麗な君を・・」

「…綺麗な君を?」


紗良はこちらを向いてキョトンとしている

俺は自分が言った言葉を思い出す


・・・なにこれめっちゃ恥ずかしいやつじゃん


「え?愛の告白?」

「いや、違うぞ⁉」

焦って言葉が荒くなる

これって返って誤解されるやつじゃん


「ふ~ん、そういうことにしておくよ」


含みのある笑いは気になるが気にしない


「・・・あ、やべ。スマホの充電切れる」


むしろなんで気づかなかったのだろう、もう残り1%

スマホが持たない


「ほんと?じゃあ、もうすぐお別れかー」

「それは駄目だ。だってこのままじゃ白川が消えたままに・・」


『結局救えませんでした』とかふざけた終わり方過ぎて反吐が出る

それだけは嫌だ


「モバイルバッテリー買ってくる」


出来るだけ全速で買ってこなくては

しかし、今にも走り出しそうな俺を見て白川は呼び止める


「大丈夫」

「いや、でも」

「大丈夫だから」


もう一回大丈夫と白川は優しく言った


「白川が消えるのは嫌だ」

「そうじゃなくて」


白川は恥ずかしそうな顔をしながら俺の方に近づいて、ゆっくりと俺に抱きついた


「私を信じて欲しいなって」

「え?」

「きっと明日になったら見えるようになると思う」


その言葉にどれほどの意味があるのだろうか

スマホの電源が本当に切れそうだ


「だからね・・今日は本当にありがとう、涼太君」

「白川・・?」


そこでスマホの電源は切れた

彼女の姿も見えなくなった

結果から言って明日にならなきゃ彼女の結末は分からない

永遠に見えないかもしれないし、明日登校して来るかもしれないし

明日になってみないとわからない


「帰るか」


そのまま俺は誰もいない教室を後にした

見えない彼女は今どんな顔をして俺を見ているだろうか?

どうか、これが終わりじゃなければいいのだけれども

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマホ少女は恋する春の夢を見る 小動倫也 @tombow15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ