34話 UMA(未確認生命体)の下足痕(ゲソコン)

34 UMA(未確認生命体)の下足痕(ゲソコン)


「おい、河川敷公園のsee saw を見ろ」

 野鳥観察クラブ部長の川澄がぼくに呼びかけた。高校生にしては甲高い声だ。ぼくは、彼のウロタエタ声には同調しない。平静をたもちつつ、双眼鏡を青鷺のいる川面から、公園のほうに寄せた。

 彼のうろたえた原因をつきとめた。

 演劇部の鹿沼真子がシーソーに腰をかけていた。

「彼女の演劇祭での、ミナ・ハーカーはすばらしかった」

 ぼくはのんびりという。

「なにかおかしい。だれも反対側にのっていない。それなのに、真子は高くあがったままだ」

 きょうの真子はロリータルック。ソックスは水玉模様。小さな水玉までよくみえる。だが確かに、板の支点から向こうには誰ものっていない。

 いや、いる。それは黒衣のマントの襟をたてた男だ。でも、その姿は能力のあるものにしか見えない。

「だれものっていないのに」

 川澄が恐怖の声をぼくになげかけた。ぼくは、すでに走り出している。ギッコンバッタンと音がするわけではない。そんな音が聞こえてくるようにシーソーは動きだしている。

 肉眼で真子の表情がよみとれるほど近寄っていた。

「真子!! 真子!! 降りるんだ」

 ほくに追いついてきた川澄が必死で呼びかける。なにも見えない。でも川澄は危険を察知している。愛する者の直感で危険を察知している。なんだ。きみらは、そういう関係だったのか。だったらすなおに真子とつきあってやればいいのに。受験勉強が忙しくて真子の気持ちに応えられないというのか。スクールカーストの最下層のぼくだ。誰が誰と好き合っているなどということは耳にはいってこない。

 ギギと支点のあたりで音がしている。ぼくらはそれほど間近に走り寄っていた。

 真子はうっとりとした表情で頬を紅色に染めている。

 川澄にはだれも相手のいないシーソーで真子が独り遊びをしているように映っている。ひとりでに上下しているシーソーの動きを異常と感じないのか。

 ここから見えるFデパートの屋上から女子高生が三名ほど飛び降り自殺をしている。出血が極端に少ないのが不可解だった。消えたままの女子高生もいる。こういうことだったのか。Dがついにこの田舎町にも現れた。

 フツウのひとにとっては未確認生命体。

 芸術的好奇心が高ければ見えてくる生物。

 小説の世界では伯爵。劇画では血を吸う者。

 そんな招かざる客がやってきていた。

 予感はあった。だからこそ、川澄のあとをのこのこついてきたのだ。これでは収穫、アリスギ。ワイルドダゼ。

 川澄もなにかおかしいと思ったのだろう。野鳥を撮るために胸に提げていたオリンパスの一眼レフでカシャカシャやっている。

「逃げろ。逃げるんだ。真子を連れてにげろ!」

 ぼくと真子は幼馴染だ。真子の声が聞こえてくる。

「わたし、この時間に川澄センパイがバードウオッチングで河原にいるの、わかっていた。

 だから、センパイの見てる前で噛まれてもいい。噛んでもらいたい。……と思っていた。

 わたし告ったのにセンパイは無視した。あなたには、女心がわからないのよ。あなたにみとめられないなら伯爵に噛まれたほうがロマンチックよ」

 トテツモナイことが起こりそうだ。これは異常だ。危険だ。と感じたのだろう。川澄が真子の手をひいて後ずさる。

「そんなことのために、伯爵たるわたしを召喚したのか。伯爵をあて馬にするきだったのか。ゆるせん。おのぞみどおり噛んでやる」

「させるか!! abjectionは排除する」

「アブジェクション。おぞましいいものと、この伯爵を呼ぶのか」

 ザワッと空気が騒ぐ。氷の破片を叩きつけられたようだ。Dの凶悪な波動をジャンプして避ける。これじゃ、ドラゴンボールの戦いだ。悟空でないぼくは日本古来の指剣を左手でかまえる。

 伯爵の脳裏にうかんだものが透視できる。血だらけの女子学生。襟首にクサビのようにうちこまれた牙。

 ズルっと血を吸う音までつたわってくる。空いている右手から竹串を連射する。

「鹿沼は焼き鳥の串の日本一の産地だ。知らなかったのか。皐月の手裏剣はもっときくぞ」

 ぼくは伯爵のからだに突き立った竹串に指剣から念波を照射した。

 このパイロキネシスがあるためだ。

 うっかりひとまえで怒りに身をまかせられない。

 この発火能力があるため学校では、めだたない存在として生きている。

 スクールカーストの最下層で、みんなにノバされている。燃え上がるDに向けて川澄はシャッターを連写した。

 あれはなんだったのだ?

 川澄にきかれたが、応えられない。

 カメラにはなんにも映っていなかった。

 真子にも見えていたものがカメラには映っていなかった。

 ただ、河原の遊歩道には大きな足跡がのこっていた。

 黒く焼け焦げたよう足跡だ。


注 鹿沼は黒川の河川敷、府中橋の下にその足跡はまだ残っている。


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