32話 フカイツリ―/ネコ族の滅亡

32 フカイツリー/ネコ族の滅亡


 決して、スカイツリーの誤りではナインジャ……ニャン。

 だいたい爪をたててわがネコ族が、はい上ることのできない木なんかあって、たまるか!!

 ニャンニャンゴロゴロニャン。吾輩はおこっているんジャ。そこで不快ツリー。

とこうくるんだ。たかが、高い鉄骨の塔をたてたぐらいで、おおさわぎする人間てな動物の気がしれないね。窓を開ければ、ツリーが見える。フカイツリーの灯が見える。ここは立石。ちがうってば。力石ジャナインジャ。あれは、漫画。『明日のジョー』のキャラ。

 いや、まてよ、まんざら無関係でもないニャン。立石は畏れ多くもかしこくも元WBCフライ級王者内藤大助のジムのある街だ。

 焼き鳥がうまいぞ。安くてうまいぞ。道まではみだして、半透明ビニールで囲った『二毛作』なんか、焼き鳥でも、オデンでも、おつまみは――でてくるものすべて絶品。もう、どれを食べても絶品。お酒がすすむ。酔客がいいね。おいらをかわいがってくれる。串からなんとなく、さりげなく、周囲に気づかれないようにトリをおとしてくれる。粋だね。

 うれしいじゃないか。

 お酒を、焼酎をうまそうに飲んでいる。猫にも『二毛作』なんて憩いの場があるといいのにな。三本毛がふえれば、猿じゃないが猫ももっと人間に近づくのかな。おいらも、この次は人間に生まれたいよ。ハヤクぅ人間になりたい。

 たらふく酒なるものを飲んでみたいな。匂いをかいで酔っただけでもこんなにいい気持ちなんだもの。分けいっても 分けいっても トリの匂い。とくらあ……あれ……ココへんだぞ。

『闇市横町』なんてきいたことないよ。そりゃ、昔はこのあたり一帯、闇市として発展してきたのだろうけど――。

 おいら、このあたりのボス猫だから歴史にも地理にもくわしいんだ。そういえば、ここは地図にはない路地かもしれない。他国からの流民が住んでいる。おいらのマーキングの臭いはする。外国語がみだれとぶ。おいらがはじめて迷いこんだ路地であることは確かだ。

 おいらの臭いがする。

 ガールフレンドのだれかがやはり迷いこんでいるのだろう。三毛ちゃんかな。ブラッキチャンかな。はやめに、フライングゲットしておいた子猫ちゃんたちだ。まあ、あらかじめ、ツバをつけとくってことかな。でも。なにか。異様に危険な感じ。これって肉切り包丁の臭いだ、

 ニャン。

 ヤバ。

 超ヤバ。

〈どれを食べても、穴あき50円〉と歌い文句で売り出し中の外人の焼き鳥やのある路地だ。

 GFのことは気になるが、逃げた。色気づいて、フケテて鳴いている場合じゃない。ふけるんだ。逃げろ。おいらは、その肉屋でおいらのマーキングの臭いをかいだ。怒り心頭に発した。怒髪天を突き、でも、逃げた。

 生死の分かれ目。

 逃げた。

 肉切り包丁が追いかけてくる恐怖。

 こわい。

 こわい。

 こわい。

 うしろからボーリングのボールが転がってきた。いやブラッキちゃんの頭だ。

「ボス。逃げて。アイツラ、悪魔よ!! ボス。逃げて―」

 猫は七つの命がある。首を切られたことくらいでは死なない。怨念となって復讐だってできる。

 待ってろよ。

 ブラッキー。

 この仇はかならずうってやるから。おいらは、くやしくて涙がぽろぽろとこぼれた。

 敬天愛人。

 天を敬い、

 人を愛する。

 そんな理屈はあの包丁野郎にはつうじないのだ。

 お日さま、SUN、SUNの日向でからだをすりよせあって、うとうとしていた幸せな日はおわったのだ。ついに悪魔が動き出した。テロもおきるかもしれない。パッと曲がったら――いつもの『二毛作』の前だった。

 でも走り続けて、二坪ほどの空き地に出た。日が照っている。

 ひとりひっそり放浪猫。

 ごろり寝ころべばオレヒトリ。

 からだすりよせて、仲間とねそべる、日向ぼっこのしあわせは消えた。

 追いかけてくるもの。おいらを拉致しょうと、迫ってくるものがいる。

 だれかが、わがネコ族の皆殺しをはかっているのだ。

 おいらは、陽射しをあびて、たった一匹だった。


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