30話 血染めの柔道着/やりなおす。

30 血染の柔道着/やりなおす


 うららかな春の陽射しが、都市伝説研究会の部室に射し込んでいた。

 福島中央高校。都市伝説研究会の部室。短縮して都伝研。

 遅れて入室した部長の高藤登がつぶやいた。

「校舎が揺れているような気がしないか」

 そのつぶやきにすばやく反応したのは。蒔田麗華だった。麗華は推薦入学がきまった。

 入学式はまだだが都伝研への入部は許可されていた。高藤とは初対面だった。

「わたし……なにかこの学校の建物が戦慄しているよに……」

 入部してはじめてのmeetingなのですこし硬くなっているらしい。

「旋律……」

「恐れおののくほうの戦慄です」

 部長には丁寧な言葉で気配りをしている。

「あの、高藤センパイ。わたしなにか、マズイこといいました」

「いや。あんなことがあったあとだからな。校舎も嘆いて怖がっているのかもしれない」

 高藤のいうあんなことというのは、柔道部の女生徒が屋上から投身自殺したことだった。

 監督に乱暴されたという書置きが残されていた。乱暴の内容については学校側は、なにも発表しなかった。いまや、学校のlegendと成りつつある。

 その死体を高藤は見てしまった。いや、まだ生きていた。押さえこまれているのに、必死で起き上がろうとするような動きをしていた。断末魔のモガキだったのかもしれない。

 でも柔道着をきていたのでそう見えてしまったのだろう。

「そんなことないって。余震だよ」

 副部長の安譲の陽気な声が沈みこんだ二人の会話をおわらせた。

 なるほど、揺れているのは地面だ。東北地震以来毎日のように余震が起こる。

「ほら、むかしから、地震、雷、火事、オヤジ、っていうじゃないか。怖いものに 序列があった。地震はこの大地の奥深くに〈地竜〉が住んでいて、暴れるからだといわれていた。津波だって、想像を絶する巨大な海の神ポセイドンが両腕を広げて海を叩いた。地竜の動きに同調したから起きたんだよ」

 安譲の発言はいかにもタワイがない。

 だが、都伝研での発表としたらおもしろい。

 でも――、高藤には校舎がどうしても揺れているように思えるのだ。

 あれいらい、なにか学校で問題が生じると校舎が揺れる。いや、そう――ぼくが感じるだけかもしれない。学校は魔界なのだ。思春期の不安な心に悪魔がしのびこんでワルサをする。教師が、部活動の監督が悪魔の顔をしていることもある。柔道着の胸元に耳をよせた。

 クヤシイ。彼女がそういったように高藤には聞こえた。誰にも言っていないが、そう聞こえた。この校舎には彼女の恨みがのこっている。いままでにここで、悪魔の餌食となったものたちの怨念がただよっている。下校時の夕暮れのなかに、廊下に、妖気がみちみちている。

 ドアにノックが。

「入っていいですか」

 都伝研の扉が叩かれた。

 聞きなれない声だ。そうだ。新入部員がくるはずだった。

 めったなことでは、部員は増えない。

 部長と副部長は期待を込めて「どうぞ」と明るく扉の向こうに声をかけた。

入ってきたのは……。血だらけの柔道着をきた……。二人は仰天して床に倒れた。

 ギャァと背後で悲鳴。

 振り返ると、そこには麗華の姿がない。

 高藤は不意に思い出した。

 自殺した柔道部員の名前が、蒔田麗華だった。

 どうしていままでそれに、気づかなかったのだ。

 彼女はもういちど、やりなおしをしようとしている。

 柔道部ではなく都伝研に入部しょうとしているのだ。

 学生生活をリセットしょうとしているのだ。

 広い部室でたったふたりきりの高藤と安譲は。

 あらためて恐怖の叫び声をあげた。


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