28話 ぼくらへの視線

28 ぼくらへの視線


「あの、ひと、おかしいよ。雨がふってないのに傘さしてる」

 ぼくらのほうを見て、男の子がいっている。

「あれはパラソル」

「パラソル?」

「日傘のこと。東京のオシャレな人は日に焼けるのをきらうのよ」

 そういっている声がきこえてきた。ホラ……またふりかえった。あの女の人。ほら、すごくふとっているおばあさん。ぼくらのほうをまだ見ている。ぼくらが、あまりにも似あいのカップルだから、目につくんだね。仲良くふたりで歩いているひとなんか、この街にはいないものね。目立つんだよな。愛しているよ。トモ。

 こんな田舎町までついてきてくれて。ありがとうな。ほら、ヨーカ堂のオートドアだよ。

 あれ、また開かないの。トモがあまり軽いからだよ。あっそうか。いまの自動扉は体重でなく、近赤外線タイプなんだよね。暗い色の服をきているから、反応が鈍いのかも。ほら、もう日陰だからパラソルから出て、ぼくの跡についてきてごらん。開くだろう。トモ。きみのソンザイガ薄くなっていく。

 愛している。いつまでも、ぼくのそばにいてよ。さあ、なにを買おうか。すきなものをカ―トのバスケットにいれてよ。こんな少ししか、食べないの。豆腐とか納豆とか、野菜だけでいいの。ぼくは日光の和牛がいいな。ほらまた見ているひとがいる。ぼくらがこうして仲睦まじく歩いているから、ジラシ―。だよな。

 痛いほど視線をかんじるのは、自意識過剰なのかな。まだこの街に住むのになれていないから。――それがわかるのかな。街の人にはぼくらがよそ者だとわかるんだろうな。

 見られたっていいさ。嫉妬されたっていいさ。そのうちに、お互いになれてくるよ。ぼくのそばにいつもいてくれて、ありがとう。うれしいよ。でも、あまりムリしなくていいよ。飲みたいものは飲めばいいんだ。あまり、ガマンしていると、からだがもたないよ。

 菜食主義なんてトモにむいていないよ。飲むときはぼくからはじめればいいさ。好きになったときから、覚悟はできているから。でも、ぼくの故郷に帰ってきたのは失敗だったかも。

 だって街の名が〈日光〉だもの。トモがいちばんきらいな言葉だものね。だから、だんだん生気が失われていくんだね。ほら郵便局だよ。お金、下していこう。だいぶこのところ買い物をしたもの。

 えっ。

 動かない。

 サドウシナイ。

 タッチパネルを押しても動かない。

 指の力がたりないからだよ。

 どれかわろう。

 いまのATMの画面は、そばでノゾカレナイようになっているんだ。

 視野角を意図的に狭くする偏光フィルターが張られているんだ。

 盗み見防止。

 トモの隣にいたんでは、画面が見えないんだ。

 ぼくらも、偏光フィルターをはったパラソルでも開発しようか。

 外からは見えなくなるといいのに。

 視線を気にしないで街を歩ければいいのに――。


「あのひとおかしいよ。隣にだれもいないのに、話しかけている。となりにだれもいないのに、傘をさしかけている。まるで、相合傘であるいているみたい。雨もふっていないのに」

「あれは日傘。太陽の光をさえぎるものなの。あまりじろじろみては失礼よ」

 ほら、また、ふりかえった。まだふりかえって、じっとぼくらのあるきに視線を合わせている。まるでぼくらの行動を監視しているみたいだ。

「あのひとへんだよ。隣りに歩いているひといないのに、足並みをそろえているようだよ」

 子どものつぶやきが、ぼくの耳までつたわってきた。

「飲むときは、手始めに、あの親子からにするわ。それからジロジロふりかえっているひとたち……」

 かすかなトモのつぶやき。

「そうだよ。元気がでてきたみたいだね」

 そうだよ。トモ。いつまでもぼくのそばにいてよ。

 愛している。

 長生きできるよ。

 この街のひとふとっているもの。

 肥満している人は血液の量も多めだとおもうよ。


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