22話 「でるな!」☎恐怖症 telephonephobia


22「でるな! 」☎恐怖症 telephonephobia


テレフォンがケタタマシク鳴った。

どうせ、なにかの勧誘電話だろう。迷惑電話だ。

でも、いつもとちがったひびきだ。

過去のいやな記憶をよみがえらせるような音。

カゲキだ。

電子音ではない。

入館者の激減で、存続が危ぶまれている国立博物館ならあるかもしれない。

壁付け式の古い電話機。

正面にベルが二個、両眼のようについている。

その二個の目玉がたたかれている。

振動音だ。

ベルの音と眼でにらまれているようでこころがふるえた。

21世紀だ。

そんなベルを叩くような音のする電話機があるわけがない。

「でるな!! 」

彼は妻に叫んだ。

だが遅かった。

彼女は頭を軽くかしげた。

髪をかきあげるような若やいだ動きをみせた。

とりあげた。

耳にあてた。

受話器からは――。

妻の顔が恐怖にひきつった。

真っ青だ。

受話器を耳にあてた姿勢で金縛りになっている。

……ことばにならない言葉。

呪いの声が彼の耳元までひびいてきた。

彼は必死で妻のもとへ走った。

後ろでいままで彼がすわっていた椅子がたおれた。

机の上の原稿用紙が虚空に舞いあがった。

そんなバカな。

いまどき、万年筆で原稿を紙に書いていたわけがない。

paperlessの時代だぞ。

郵便局に速達で原稿を送りにいくこともない。

ポンとkeyをたたくだけですむ。

彼女の目が光っている。

真っ赤な両眼が彼をにらんでいる。

そこにいるのは、愛する妻ではなかった。

man in black だった。

ソンナ。

バカな。

黒服の男だった。

真紅の目をした不吉な男だった。

「おまえは、呪われる。呪われる」

いままでもなんども聞こえてきた声だ。

遠い記憶の果てから聴こえてくる禍々しい声。

幾重にも重なり合った記憶の底のほうから、ある光景が浮かびあがってきた。

「見ないで!! 」

上のほうで母の声がする。

ふりむこうとするのを金切声でとどめている。

病院のフロントだった。

彼の顔は母の胸にだきしめられていた。

だが、そのほんの一瞬に、彼はみてしまった。

黒服の男が担架の脇につきそっているのを。

にやにや満足そうに笑いながら瀕死の怪我人のそばに。

へばりついているのを見てしまった。

担架とともに、廊下を移動していくのを見てしまった。

「見たな。おまえには見えたのだな。そのうち、また会いにくるからな……」

非日常的な暗さ。

遠近法を無視している。

先にいくほど極端に広くなっている廊下。

男と担架は遠ざかっていった。

「わたしたちには、見てはいけない死神が見えてしまうの。聞いてはいけない死神の声が聞こえてしまうの。だから呪われるの」

悲しむ母の声がする。

「めだたないように……静かな生き方をしてね。見つかると……」

母の声そこでとぎれてしまう。

妻が受話器をもったまま動かない。

動けないのだ。

不動の姿勢。

いつになったら金縛りはとけるのだろうか。

「収穫だ。収穫だ」

受話器をもった妻の口から死神の陰気な声がする。

だから、でるな、といったのだ。電話はきらいだ。


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