第15話 その同人誌には入るな!!

15 その同人誌には入るな!!


 たかがコミックの同人誌だ。

 たかが東都大学のマンガクラブの同人誌だ。

 されど、されど。ものごとは、そう簡単には運ばなかった。

 「ねえ、ヒトミ。これいこう。コレイコウ」

 呼びかけられた中条瞳は――。〈はやく人間になりたい〉という。キャッチで人気をハクシた『妖怪人間ベム』のベラ役。杏の。ソックリさん。もちろん、美女!!

クラブの部室がならんでいた。薄暗く狭い通路。なぜかしら。曲がりくねっている。廊下とは呼ぶのが憚られる????? ――狭い地下の通路を歩いているみたいだ。

タカコのタラコのような指がさす先。壁に掛ったコルクのはげ落ちている掲示板。

クラブ勧誘のポスターのなかから……。タカコはなんとナント!!!!!

 ――マンガクラブのド派手なポスターに指をこすりつけていた。

「ヤッパ……タカコは……。大学でもマンガクラブなの?」

「あたりまえだのクラッカー」

 どうやら、タカコにはヂイチャンの口癖。

 の。

 オジンギャグが。

 のり移っている。

 タカコのタラコ唇から陽気な大声が響く。その大音響に反応した。コルクボードがギヤハっと廊下に落下した。掲示板からポスターが舞いあがった。ヒトミはしかたなく、おずおずとうなずく。

「きまりだね。ヒトミ」

 タカコが歓声を上げる。いま見てきたばかりだ。〈K社マンガ新人賞〉のトロフィーを高々と掲げた少女のイラスト。の。貼ってある部室の板戸を引く。タカコは舞いあがったポスターをタラコの指で優雅に挟み、もっていた。

「あのあのう、これ見てきたの……よん」

 風貌に違(たが)い。おしとやかな声で来意を告げる。風貌にマッチしない。身をもんで、シナをつくっている。イケ面が接待してくれる。ことを期待しているのだ。


 ドサッとタカコがソファに腰をおとす。ジイチャンがバンとはねあがった。

「ジイチャン助けて。ヒトミと連絡つかないのよ」

「ああ、あのベラちゃん。タカコのルームメイトだったな」

「K社の編集部にわたしたちの同人誌を献本にいったきり、帰ってこないのよ」

ヂイチャンはK社のライバルS社の週刊誌の編集部を退職していた。

「それは、ヤバイゾ。ヤバイし」

 ジイチャンは若者言葉をつかうのが好きだ。

「し、だってなんだっていいから、先を言ってよ」

若い漫画家志望の女の子の生き血を吸う、好色漢の編集長が待ち受けているのだという。

「もちろん、生血(なまち)を吸うという意味ではないが」

「生血なんてコトバあるの」

「それはだな、言葉のアヤで、ほら、それ。タカコも大人になったのだから、まぁいいか。ざっくばらんに言えば、誘惑して……。若い美人に目がないからなアイツ。……」

「いやだぁ。ジイチャン。言い渋って、なに言うかと思えば……ジョウダンきついし。ヒトミはきれいな瞳してるし」

 し――っとのばしているうちに、瞬時、さすがに鈍いタカコもジイチャンのことばの本当の意味を悟った。

 携帯もヒトミにつながらない。編集部は夜もふけているので無人。もうこれは、警察に届けるしか方法はない。

 タカコはウロタエルバカリだ。

「ヒトミちゃんは美人だから。ヒトミゴクウとして編集長はうけとったな」

 ジイチャンとしては、不謹慎なことばだ。

 この場にふさわしくない言葉だ。

 東都大学のマンガクラブから。

 おおくの新人が出るのを。

 ヤッカンダ裏情報だといいのだが。

 「ヒトミが悟空ってどういうことなの」

 さすが漫画家志望。

 の。

 タカコ。

 ドラゴンボール。

 の。

 悟空を連想する――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る