第14話 母猫。

14 母猫 


悲しい夢を見た。                             

よく夢にでてくる故郷の町の氏神様の境内。

その裏の薄暗がりだった。

ケヤキや杉の巨木があるのでそのあたりは昼でも暗かった。

道の向こうに味噌蔵が並んでいた。

高いところに、格子のある窓がある。

暗くぼっかりと空いた窓に影がある。

だれかが手まねきしている。

どうやらわたしが子供のころの風景だ。

道端に泉があった。

清らかな水のわきでる泉ではなかった。

生きているものを溶かしてしまう酸をふくんだ水がふきだしていた。

子猫がその泉にどっぷりと浸かっている。

下半身はもう粘液化していた。

ニャアニャア、悲しくないている。

子猫が前あしですがっているのは母猫だ。

泉のほとりの木の根元に釘付けにされている。                        

四肢を展翅板にかけられたように固定されている。

猫の皮はこんなに展性があったのか……。

うすっぺらにひきのばされている。

手足を止めてある四本の釘の頭が鈍くひかっている。

痛々しい。三味線の皮にするのだ。

スルメのようにかわききつて死んでいる。

それでも子猫は母猫にすがってないている。

ひからびて死んでいるはずの母猫の目に涙が浮かんだ。

あとからあとからふきだして泉の酸をうすめようとしている。

死んでからも、子猫を守ろうとして、涙で酸を薄めている。

それも、むなしい。

やがて子猫はすっかり溶けてしまった。

なき声だけがまだしている。

そんなことはない。

これは幻聴なのだ。

ニャアニャアと小さな声だけが酸の泉の面にただよっている。

母猫の涙はかれていない。

たらたらとしたたっている。

いつかこの酸の泉も清らかな泉になるだろう。

夢の中で、わたしも涙をこぼしていた。  

夢の中でながした涙でまだ枕がぬれていた。

 

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