第10話 オリンピック東京開催熱烈願望2。

10 オリンピック東京開催熱烈願望2


「ライオン」にパティーの席が準備されていた。

 覚えのある顔がずらっと並んでいた。年老いていた。絹川にテーブルスピーチがまわってきた。すらすらと英語がはせるのがふしぎだった。久ぶりで、旧友の前に姿を現した彼がなにを話すのか。いっせいに視線が彼の顔にそそがれた。

「おい、絹川の奴。若げだな」

「田舎暮らしで苦労がなかったからだろう」

「そんなことはない。見てみろ、みろ。ますます若くなっていく」

「わたしが、はじめて覚えた英語はギブミ チョコレートでした」

 絹川は静かに話し始めた。みんながシーンとした。それぞれ英語との初めての出会いを思い出しているのだろう。話す事は話した。スピーチはすんだ。出席者には断らずにパーティの席からぬけだした。

 宵闇がせまっていた。街をひとまわりしたい。オリンピックが開催された国立競技場にいってみたい。あの神宮の森にいきたかった。おもいでのある場所だった。 この時刻だったら、だれとも出会わないで済む。

「真里菜。赤城さんなのか」

 ライオンのフロントでふたりははちあわせした。互いに顔が接触しそうだつた。

「あなだがきていると花村さんがしらせてくれたから」

 ふたりはおたがいに顔を見た。しけじけと、懐かしい顔を……。

「やっぱり噂はほんとうだったのね」

「真里菜。きみは……。きみまで……。そんな。だったら……ぼくは、姿を隠すことなんかなかった」

 絹川浩二と赤城真里菜。ふたりは出会ったときのままだった。

「まだまだ、わたしたちにはたっぷりと時間があるわ」

「そうだ。長すぎるほどの時間だ」

「東京でオリンピックが開催されるといいな」

「そうね。ル―マニアの選手もくるでしょうね。本場のbloodを吸ってみたいわ」

 一噛みされた。シツチャカ・メッチヤカラ選手の顔を一瞬絹川も思い浮かべていた。

「わたしは田舎の森のなかに独居して考えていた。通訳とは言葉だけを介して意志をわかちあう。それでは、まだ完全な通訳とはいえない。血の交換をする。相手になりきって、その言葉を他者に伝えてやる」

 最後の英語会話は、国立競技場の暗闇で身をもって聞き取りました――。

「give me your blood」でした。と、スピーチは締めくくった。だれも真の意味を理解していないようだった。かつての仲間は若かりし頃の思い出にふけっているだろう。すっかり年老いているのに――。理解してくれないで幸いだった。真の意味を?

 それを知られるのが嫌であのとき。恋の芽生えかけていた真里菜とも。別れて都落ちしたのだ。文字通り血の涙をこぼすような独りぼっちの逃避行だった。

「会いたかった」

「会いたかったわ」

 二人して同じ言葉が出た。もう、二人の会話には通訳はいらなかった。


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