第9話 オリンピック東京開催熱烈願望
9 オリンピック東京開催熱烈願望 1
いや、どーも、どーも。
ごぶさたしてやンした。
日本橋の麒麟ちゃん。
風水の守り。
ご苦労さんでやンした。
トウキョウのみなさんツツガなかったべな。
マンガだよね。
おれこんなに爺になっちまってよ。
東京オリンピックで通訳やった絹川なんだけど。
麒麟ちゃんは覚えてナカッペな。
んだけどさ、爺ってのは謙譲語だべさ。
まだまだワイルドだぜ。ヤンチャだぜ。
無印不良品だよん。
ネエチャン泣かせることだって、できるぜ。
この調子で、正調栃木弁の一人称で書き進めたいのですが。
わたしのパソコン。
わたしの愛機のハルちゃんが消化不良を起こしている。
あやしい語句が羅列される。
赤い波線のアンダーラインがクネクネと現れている。
サイバーテロでもしかけられていると誤解してしまう。
ハルちゃんが自閉症になったらたいへんだ。
ハルちゃんがクラッシュしたらどうしょう。
これからは――客観描写にしときます。
絹川浩二は日本橋の中央柱の麒麟を万感の思いで見上げていた。
彼が通訳を務めた東京オリンピックのあった1964年10月から。
48年がたっている。かれこれ、半世紀だ。
首都高速がまだ頭上を走る前の日本橋を知っているものは少なくなっただろ。
……彼はめずらしく回想にふけった。
ぶじにオリンピック通訳としての責務を果たした。
銀座の「ライオン」での打ち上げの席で花村がいった。
「毎年、日本橋の麒麟の下に集まらないか。そしてこの「ライオン」で夕食を共にする」
「どうして、日本橋なの」まだ津田塾大学の学生で、一番若い通訳として活躍した赤城真里菜が花村にきいた。
「日本橋には道路元標がある。里程標の始点だ。日本中どこにいても、ここを目指して集合する。いい企画だとおもう」
「みんな、世界に羽ばたいているかもしれないわよ」
真里菜がいう。彼女は初めて飲んだビールに少し酔っていた。
まだ、あの約束は有効なのだろうか。
半世紀ぶりにいまは出版社の社長となっている花村に連絡をとってみた。
そして絹川は上京した。約束通り、日本橋は中央柱麒麟の下にやってきた。
「ほんとに絹川なのか? あいかわらずだな」
あいかわらず。ふいに、時ならぬときに出現するという意味だろうか。花村とはK大の同期生だった。
ふたりとも通訳になることが夢だった。しげしげと絹川の顔を覗き込んでいる。
あわただしく夕闇の迫る橋の上を車が行きかっている。
「もういちど、オリンピックを東京でみられるといいな。そんな思いで、出てきた」
「じゃ。しばらくは東京にいられるな。それはいいや」
花村はわざと若やいだ調子でいう。いつになっても、学生気分のぬけない奴だ。
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