第4話 アレ

4 アレ


 ちかごろはアレを見かけなくなった。やはりこの駐車場の構造に問題があったのだろうか。白昼の強い日差しにあぶられている広い駐車場には、猫の子一匹いなかった。

 もちろんきょうが定休日ということもある。でも、野良猫にはヨークベニマルの定休日なんてわからないはずだ。まちがいなく猫がいなくなっている。

 アレを目撃するのはいくら飯沼が刑事でも、気持ちのいいものではなかった。

「猫の死骸くらいでオタオタスルナ」

 ここがヨーカ堂だったころ、buddyをくんでいたセンパイの石黒にいわれていた。栄転していまは警視庁の捜査一課の刑事になっているクロさんの声がなつかしい。

 回想にふけっていたら、猫の鳴き声までよみがえった。

 いやたしかにする。猫の鳴き声だ。ほんらいは、ふさふさしているべき尻尾の毛が、いや肉まで、コソゲ落とされていた。

 尻尾がぶち切られている三毛猫もいた。

 足が切断されていたり。

 赤い肉色の内臓をひきずって苦しんでいる黒猫を見たこともあった。

 ペットの虐殺は危険信号なんだ。

 神戸のA少年の事件が起きる前も――。

「ペットの虐殺があった。エスカレートしないといいが」

 石黒さんが遠いところを見る目でいっていた。あれから3年もたっている。

 猫の鳴き声はスパーの裏のほうでしていた。

 非番で暇をもてあましていた飯沼は建物の裏にまわってみた。

 腐臭。生ごみの腐ったにおい。野菜屑だけではない。このキツイにおいは肉類の腐ったにおいだ。でも肉片なんかどこにもない。キラビヤカナ店内とちがい、ここはなんという醜さなのだ。

 いや、これはちがう。店側の責任ではない。店の裏手はこんもりとした林になっていた。もともと林だった場所を切り拓いて店舗にしたのだ。那須野ガ原の面影を残していたのに。と、残念がった老人たちもいた。

 悪臭の源流は、ここではない。キツイ臭いは林の奥からしていた。小屋があった。廃材をあつめて建てたことが明らかだった。そっと、それだけ新品に見えるフラッュドアを開ける。めまいがするようなイヤナ臭い。もう悪臭を超えている。

 平然と粗末な木製のテーブルで解体作業をしている男。まだ若い。テーブルは解剖台のようだ。そこにあるのは猫の死骸などではなかった。エスカレートしていたのだ。

 あのころの少年は、若者になっていた。猫にはキョウミはなくしたのだろう。解剖台には、この小屋の住人。ホームレスの老人が横たわっていた。

 あんなことをあんなことを、平然とできるものは人間であるわけがない。


 宇宙考古学(アストロアーケオロジー)で論考されている。

 外宇宙から来た種族だ。飯沼はそう思うことで、正気を保とうとしている。

 真紅に光る目がせまってくる。そしてまちがいなく猫の鳴き声とおもったのに。あれは人間の上げる悲鳴だった。いまさら気づいても、もう遅い。

 飯沼は非番だった。

 拳銃は携帯していない。

 そのことを悔やんでももう遅い。


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