第9話 自己紹介
そのあとの会話についてはあやふやだ。
最初にぼかされた家族の話をされたような気がする。私には兄弟がいるとか、そんなことを話した。
それに合わせて僕は家族の話をしようとしたけれど、兄弟が居る感覚を理解できなかったから相槌を打つしかなくて、なんとか会話を続けた。
交互に、話し合った。
学校の先生についての話。悪口なのか、それとも噂なのかわからないけれど、時間はいっぱいあったから何がなんでも話をしまくった。
友達についての話。僕には友人が多くないことを話して、とりあえず秋津のことを話したりした。昨日あったこと、これまでにあったこと。彼女もそれに合わせて、とある女の子の友人について話してくれた。
しばらく話し合って、時間は経っていた。薄暗かった教室は、もう暗闇に閉ざされていて、遠くから祭りの喧騒の音が聞こえるだけ。それでも、彼女と話をするのをやめなかった。
時計の針が何時を指しているのか、わからなかった。
「もうそろそろ、時間かな」
ひとつの話が終わって、彼女は、そういった。もうシルエットさえも見えない。
席から立つ音がする。机を微妙に前に引きずる音、そうして椅子を机の下に置く音。全ての動作が音で理解できた。
足音が、窓に向かって響く。そんなに距離があるものでもないから、二、三歩で音は途絶えた。
そして、一瞬光が部屋に入る。光といっても、内側の暗闇を照らすような淡い月光の明かり。それでも眩しくて目を瞑る。おそらく彼女がカーテンを開いたのだろうと、理解できた。
窓を、開ける音。
「おいでよ、不良くん」
くぐもった彼女の声がする。すぐに目は光に慣れて、僕は目を開いた。
彼女はカーテンの内側にいる。空いた窓からぬるい風が吹いて、僕の頬を撫でる。
薄く照らされたいつもとは違う空き教室。僕は窓に向かって歩き出す。一歩、一歩。
風で靡くカーテンの中に入って、そうして彼女の隣についた。
顔は、見ない。
「さあ、来るよ」
その言葉とともに、遠くで弾けた音がする。
音の方に視線を向ければ、花火が弾けて閃光がばちばちと空を一点染めていた。
花火は、名のとおり花のように弾けていく。
遠くからでも花火は僕たちを照らしていく。その証拠に、僕の手元が花火の色で彩られた。
「きれいだね」なんて呟いてみる。彼女に聞こえているかどうかはわからない。弾けた音が、そこに響いていたから。
それでも「そうだねぇ」と彼女は相槌を打ってくれる。自然と、顔は彼女の方を見ていた。
「そういえば」
彼女は、僕に向き直った。
「初めまして、不良くん」
彼女の顔を花火の閃光が彩る。長く綺麗な髪を撫で付けながら、彼女は笑う。あいさつ、まだたったから、そう言いながら。
「初めまして、不良ちゃん」
つられて僕もそういった。僕がどんな顔をしているのかわからない。それでも、笑顔でいてほしいと、何となくそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます