第7話 果実
「何から話せばいいか、わからないけれどさ。とりあえず、僕には幼馴染がいる。幼馴染というだけあって幼稚園の頃から、本当に幼い頃から関わってきていて、そうして幼馴染という関係性を連続してきたんだ。
記憶にはないけれど、きっと最初は友達から始まったんだと思う。……いいや、喧嘩から始まったのかな。あの頃の記憶を鮮明に思い出すことは難しくて、どうにもおぼろげだな。ともかく、そんな幼いころから彼女とは関わってきていたんだ」
「へぇ、その幼馴染ちゃんは女の子なんだ」
「うん。言ってなかったっけ。女子だよ。
ともかく、そんなことは置いといて。そんな幼いころから関わっていくわけだから、それなりに感情は募っていくものだろう?僕には兄弟とか、姉妹とか、そういう存在はいなかったけれど、それでも年が近い存在が幼いころから一緒にいれば、やはり感情は募っていくもんなんだ。
友情っていう感じでもないし、そして、おそらく恋愛なんていう感じでもない。だけれど、どこか友情と恋愛をないまぜにした感情が芽生えていくもんなんだ」
「へぇ、幼馴染って、イコールで恋愛かと思っていたけれど」
「君はずっと一緒にいた存在に欲情するの?」
「恋愛と欲情は別でしょうに」
「同じもんだよ。発展してるかしてないかの違い」
「そういうもん?……ま、欲情はしないかな」
「でしょ?かといって友情でもないし、恋愛感情でもないんだよ」
「……あー、感覚的にはわかるかも」
「……話を戻そうか。
そんな複雑な感情を背負いながら、僕は幼馴染に関わっていったし、幼馴染も幼馴染なりに感情を抱きながら一緒に生活をしてきたと思う。まあ、憶測だからわからないけれど。
その証拠というわけじゃないけれど、彼女はよく僕に告白まがいなことをしてきたりした」
「告白まがい?」
「例えば、○○《まるまる》くんが好きになったー、とか、好きな人ができたかもしれないー、とか」
「あー、構ってほしい感じのあれ」
「そういう感じのあれ。ドラマでよくあるような、好きな人に構ってもらいたいがためにつく嘘みたいな、そんなん。……あんまりドラマとか見ないけどね」
「それで?」
「そういう告白まがいの行動って、やっぱり構ってほしいからやるもんだと、僕は思うんだよ。
幼い頃から付き合ってきたから、その言葉が嘘なのか、本当なのかくらいは区別できるようになってきたし、その告白まがいの言葉が大概嘘だということも理解できた。でも、そんな嘘をつくっていうのは、自意識過剰かもしれないけれど、僕が好きってことかもしれないじゃん?」
「まー、うーん。ま、そうかな……?一概には言えないけれどね」
「うん、一概には言えない。
いくら僕が幼馴染のことを昔から関わってきたという理由で深く知っていても、それが本当に正解なのかなんてわからないものだから、憶測でしかないけれど、きっと彼女は僕に対して恋愛感情を抱いていたと思ってたんだよ」
「自意識過剰ですねぇ」
「まあ、自意識過剰だよ。男子なんてそんなもんだよ」
「不良くんだけ、ってことはないの?」
「……ないとは、思いたいよね」
「ふぅん……」
「……また話が脱線したな。話を戻して、僕は幼馴染が僕に対して恋愛感情を抱いていると思っていたんだよ。だから、こいつは僕のことが好きだからこういう嘘をつくんだなぁ、とか、その告白まがいの言葉に対して理由付けしたりしてた」
「ほー」
「そうして、告白まがいの行為も続いて、それを軽くあしらって、そんな日常を過ごしていった。数えていなかったから詳しい数は知らないけれど、まあ、二桁回数はあったんじゃないかな」
「ほー」
「……話聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ただ、その幼馴染ちゃんが君に対して恋愛感情を抱いていたのかを考えていただけ」
「……ほー」
「……それで話の続きは?」
「…あ、ああ。ともかく、そういう前提で幼馴染と日常生活を過ごしていった。そうして、最近の話」
「お、ようやく本題?」
「本題といえば本題かな。
6月に入って、いつもどおりの日常を過ごしていた。幼馴染と一緒に学校へいって、学校の休み時間を過ごして、そして学校から一緒に帰ったり。ずっとこんな日が、……死ぬまでとは言わないけれど、卒業までは続くんじゃないかな、とか、そんなことを考えていた。
だけど、時間の経過って怖いもので、人に変化をもたらしていくんだね。幼馴染がだんだんと変わっていった。
だんだんと変わっていった、っていったけれど、僕にはその予兆には気付けなかったよ。後になって、もうここから変わっていったのか、と振り返ることしかできなくて、当時は全然気付けなかった。
……いつもどおり、告白まがいの行動が僕の部屋で行われた。いつもどおりのことだ、僕はそれを雑談の種程度に軽くあしらって、今度はどのような会話をしようか、なんてそんなことを考えていた。彼女自身、このあしらいに離れているだろう。いつもどおりなら、雑談のネタくらいで終わる。だけど、その日に限っては時計の針が進むのをゆっくりに感じた。
幼馴染の……、彼女の顔を見ると、いつもとは違う雰囲気がした。いつもどおりなら、したり顔で僕をからかうような表情で関わってくれるはずなのに、その日に限っては、彼女の感情が読み取れないし、どのような表情だったのかも、理解できなかった」
「……」
「あれ、って心の中で違和感を覚えた。いつもなら、普段なら、って考えが頭を何度も巡って。そうして、本当なの、って彼女に聞いてみた。
……何も言わないままに頷かれたよ。
その瞬間、僕の部屋だというのに、とても居づらい空間に変わった。息を吐くのも躊躇うほど、息を吸うのも躊躇うほどに、気まずさっていうものを身にしみて理解したよ。
せめて、その気まずさをどうにかしようと思って、よかったね、とかそんな言葉をかけたと思う。具体的にどんな言葉をかけたのかはわからないけれど、ともかく、そんな言葉をかけてあげた」
「……うん」
「そこからは、僕の感情は働かなかった。僕の感情は、いつもどおりを探していたから、口から出るでまかせに頼るしかなかった。
人って不思議なことでさ、思っていないことでもぽんぽんと口から出ていくもんでさ、その空気をやり過ごすことができたよ。何を言ったのか、もう覚えてないけどね。
彼女は、その時、同情するような顔をして、僕に、許してくれるの、とか言ってたっけな。許すも何もないとは思うんだけどね。
そうして、気まずさも緩和して、そしてその話も終わって、彼女は僕の部屋から出て行った。
途端に考えた。彼女という存在は、幼馴染という存在は僕にとって何なんだろうな、って。
恋愛感情じゃない、と思った。でも上手く言い表す言葉が思いつかなった。適切な言葉を探しても、頭の中は、その複雑な感情でいっぱいいっぱいで働かなかった。
でも、恋愛感情じゃないなら、なんで僕の感情が揺さぶられているんだろう、とも考えた。恋愛感情を抱いてもいない彼女に対して、なんで動揺しなきゃいけないんだろうな、って。
昔から一緒にいるから。確かに、その一言で済むかも知れない。でも、その言葉だけで片付けたくはなかった。
だから、彼女をいろんな代名詞に当てはめた。友達、妹、姉、彼女。全部違う。人という関係性ではないような気がした。
だったらペット?いや、その表現は失礼だろうと思ったし、違うと思った。でも、誰かにペットを取られたような喪失感はあった。でもペットとかの愛玩動物の類では彼女を言い表せない。
だとすれば。そうして、答えが出たんだ」
「……答えは?」
「果実」
僕は、大きく息を吐いた。
「彼女は僕にとっての果実だったのかもしれない、って。その表現が一番正しいな、ってそう思えたんだ」
「……意味わかんない」
「理解できなくてもいいよ。ともかく、それが適切な表現だと僕は思ったんだ。
僕が大事に育ててきた、いつか実ることを約束された果実。それは確かに僕が育ててきたものだけれど、よくよく考えれば所有権が僕にあるわけじゃない。彼女という果実は、彼女のものであって、僕だけのものとは言えない。
だから、そこに独占欲が絡んでいくのも、仕方がないことだと思った。恋愛感情が僕の中で正解じゃないなら、それが正解なんだと。
ゆがんでいると、自分でも理解していたし、それでもいいかなって思った。だから、僕は僕で行動をして、彼女という果実を、摘み取ろうって。……そう考えた」
「……考えただけ?」
「ちゃんと行動しようとしたさ。でも、できなかった」
脳裏に描かれるのは、幼馴染の笑顔。
「彼女が好きな人と一緒に歩いている姿を見てしまった。その時に幼馴染の顔が見えてしまった。その途端に、僕なんかが、彼女を摘み取っていいのか、とか考えて」
──そこからは簡単な話。
「幼馴染はその好きな人ってやつと付き合っていた。両思いだったんだろうね。幼馴染と歩いていたいつもどおりの登校する道、下校する道はいつの間にか独りになることが多くなっていって、日常って何なんだろうなって。違和感を拭えないままなんだ」
「……」
「きっと、幼馴染が僕のそばからいなくなった、この状態が今度から続いていく。きっと、ずっと。これからもずっと、ずっと長い年月。きっとその違和感を拭える日もいつかは来るだろうけれど、しばらくその違和感が消えることはない」
「……」
「だから、家に帰りたくないし、家から出たくもなかった。学校に行きたくなかったし、学校に行きたかった。違和感を拭いたかった。そんな時に、幼馴染に教えてもらったこの空き教室にたどり着いた、って話」
「……何とも言えないオチ、だね」
僕は苦笑する。
「人生なんてそんなもんさ」
そして、さっきの彼の言葉を思い出した。
『大人に近いから、夢を見ていたいと思っている。子供でいたいと考えている。そういう人だ、君はね』
大きく、ため息を吐いた。
やっぱり、僕はあいつに見透かされてるなって、改めてそう思った。
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