第4話 眠気と教室

帰ってすぐににやついている顔を母親に指摘された。あんたがそんなに楽しそうなのは久しぶりだね、とかなんとか言ってくれて、自分自身では確かに淡く楽しんでいるが、客観的に僕を見ればそんなに楽しそうに見えるのだろうか、とそう思った。

結局、その夜は寝ようとしても寝付けない状態でいた。眠ろうと思えば思うほどに眠気は遠ざかっていって、明日に早くなれ、と願うほどに時間の進みは遅くなった。

何時に就寝できたのかは記憶にはない。いつのまにか意識は闇へと落ちていて、目が覚めた頃には朝の十時ごろ。通常の学校の日であれば普通に遅刻である。

ねぼけた眼球をこすって眠気をごまかす。あくびは盛大に口から抜けていく。次第に意識が完全に覚醒して、時刻を認識する頃には、「あれ、やばくね?」と独り言を言えるくらいには状況を理解していた。

いってきます、という言葉を家に響かせ出て行く。普通の洋服で赴こうとか考えたけれど、夏休みでも先生という存在はいるだろうから、普通に制服で登校することにした。

ただ、荷物というものは持ち合わせてはいない。どうせあの空き教室で過ごすというのなら、ぶっちゃけ荷物を持って言っても意味がない。雑談で終わるのがあの教室だし、なによりあの薄暗い教室でなにかやろうというのはなかなかに至難の業だと思うから。

割と急ぎ目に歩みを進めていったから、すぐに学校に着く。校門の近くというだけでも、部活が行われている音や声などが聴こえてくる。グラウンドの方からは野球部やサッカー部の活動する声、別棟のほうからは吹奏楽部のひとたちが各々練習する声など。

そんな忙しい喧騒のなかで、さっさと昇降口に向かって靴を履き帰る。周りの下駄箱を見渡せば、上靴を持ち帰っている人がチラホラと見えるし、だらしがないのか持ち帰っていない人もいる。ちなみに僕は持ち帰っていない方だ。

そんなだらしない性格の僕が靴を履きかえると、早速別棟に向かう。もう相手は、不良ちゃんは空き教室で待機しているかもしれない。少しでも待たせている可能性があるなら、僕は急がなきゃいけないのだ。

別棟にいって階段を上る。一段一段を忙しなく飛ばしながら駆け込んでいって、空き教室を目指した。空き教室の引き戸を強めに開く。がたんとドアは大きな音を立てて、そして埃を漂わせた。呼吸するとき、肺に埃が蔓延っているような感覚がして咳き込む。

やはり教室の中は薄暗いから、中の方はよく見えない。でも、人の気配はしないから、そこに不良ちゃんはいないような気がした。

とりあえず人を待たせていない安堵感で心が落ち着く。忙しない空気を身にまとっていたせいか、夏の暑さも忘れていて、今になって汗をかいていることに気がついた。

そういえば、この部屋、とても暑い。

昨日こそ、夕方近くということもあって夏の暑さも忘れて雑談にかまけていたわけだけれど、今日はまだ午前中だから日射も窓を通してカーテンに熱を伝えてきているし、部屋が全体的に熱気で包まれている。

こうなれば仕方ない。今日、学校にいる生徒は少ないはずだし、そして先生なども部活に夢中になってこんな教室にも視線を移さないだろう。

匿名性のある教室に光を通すというのも、どことなく違和感を拭えないものの、こんなに熱気が空間を占めていれば換気をするしかない。外が涼しいわけではないが、それでも、窓さえ開ければ少しは改善されるだろう。

そう思って、カーテンをめくって、息も吐くのを躊躇いながら窓を開けようとする。

そんな時だった。

「開けなくていい」

どこかで聞いたことのある声。いいや、この場所で聞いたことのある声。

低い声音でつぶやくようにそういった彼の声は、僕の背中をなぞるように冷たく響いた。

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