ゴリエット

 私はバケツの中に餌を放り込むと、両手で抱えて通路を歩いた。ドアの前まで来ると、一旦、バケツを通路に置いた。このドアの向こうはゴリラの飼育エリアだった。メスゴリラのアリスちゃんを飼育するのが私の役目だった。

 ドアを開けると、バケツを抱えて飼育エリアに足を踏み入れた。辺りを見渡し、私は固まった。

 アリスちゃんが真剣な眼差しでダイエット本を読んでいた。飼育の合間に私が読んでいたダイエット本だった。いつでも読めるように、飼育エリアに置きっぱなしにしていた。

 アリスちゃんは内容を理解しているのか、ダイエット本を読みながら、お腹の肉を摘んでいた。アリスちゃんもメスだし、体型が気になるのかもしれない。

 私はとりあえず餌をあげようとアリスちゃんに近付いた。アリスちゃんは私に気付き、餌が詰まったバケツに目を向けた。

 それからアリスちゃんはダイエット本のページをパラパラとめくり、私に見せた。開かれていたのは食事制限についてのページだった。要するにアリスちゃんはダイエットのために、餌を減らしてほしいと言いたいわけか。

 私は頷くと、別のバケツに餌をちょっとだけ入れてアリスちゃんに渡した。アリスちゃんは満足したように頷くと、餌を食べ始めた。いつもよりもゆっくりとしたスピードだった。遅く食べることで、満腹感を得ようとしているのだろうか?

 アリスちゃんは餌を食べ終えると、エリア内をゆっくりとしたスピードで走り始めた。最初は何をしているのか分からなかったが、ジョギングをしているのだと気付いた。本気でダイエットに取り組もうとしているようだった。

 私は良いことを思いつき、スマホでアリスちゃんのジョギング姿を撮影し、すぐにネットにあげた。動画タイトルは『ゴリエット』にした。ゴリラとダイエットを合わせただけの単純なネーミングだった。ネットにあげようと思った理由は、動画を観た人がダイエットに励むアリスちゃんに興味を持ち、動物園に来てくれるかもと考えたからだった。

 ジョギングを終えたアリスちゃんはタイヤをダンベル代わりにし、筋トレまでしていた。それも撮影し、ネットにあげる。その後も日が暮れるまで、ダイエットに励むアリスちゃんを撮影し続けた。

 それから1ヶ月ほど経過し、『ゴリエット』の動画がきっかけでアリスちゃんはたちまち人気者になり、動物園の来客数が増えた。

 

 ――そしてアリスちゃんの『ゴリエット』を真似て動画をアップする動物園が急増したのだった。

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