ダブルデート

「ねえ、今週の土曜日にダブルデートしようよ」

 リビングでテレビを観ていたら、突然志歩しほがそんなことを言ってきた。

「ダブルデートだって?」

 私はテレビから視線を離し、志歩を見た。

「うん、以前からダブルデートに興味があってね。お互いに彼氏がいる身だから、提案してみたんだ。といっても互いの彼氏を交換してのダブルデートだけどね」

「え? 交換だって?」

 志歩はいったい何を言ってるのだろうか? 普通にダブルデートをするだけではダメなのか? なぜ彼氏を交換しなければならないんだ。

「どうして彼氏を交換しなければならないの? そんなことをしていったい何の意味があるの?」

「彼女の前では見せない一面が分かるかもしれないからだよ。デートの最中に気になったことは逐一メモするんだ。デート終了後にメモを交換する。恋人関係を継続するにあたって、参考になるかもしれないからね」

 志歩が言うように、彼女の前では見せなくても、他の女の前では見せることは十分に考えられる。付き合っている期間が短いと、互いに気を張り詰めてるから、本性を露わにはしないだろう。しかし、他の女の前なら本性を見せるかもしれない。

 現に私は彼氏に本性は見せていない。嫌われたくないという思いが本性を見せることを拒んでいる。彼氏の前では小食の女を演じているが、実際は大食いだ。大盛りのラーメンなら、軽く十杯は食える。引かれるのは嫌だから、おちょぼ口で食べている。

「そういうことなら賛成だよ」

「ありがとう、水帆みずほ

 志歩はホッとしたように、満面の笑みを浮かべた。

 ダブルデートか、楽しみだな。


 ☆☆


 私は彼氏――浩二こうじとともに遊園地に来ていた。

 志歩とは遊園地の入口近くで待ち合わせをしている。志歩はまだ来ていないようだ。

 志歩の彼氏とは会ったことはない。彼氏がいると聞いているだけだ。私も彼氏がいると伝えただけで会わせたことはない。どんな人か楽しみだ。

 浩二と駄弁っていると、志歩が入園してくるのが見えた。

「お待たせ、水帆」

 志歩は手を振りながら、駆け足で近づいてくる。後を追うように彼氏も駆け足で近づいてきた。

「紹介するよ、彼氏の陽一郎よういちろうだ」

 志歩が彼氏を紹介してくれた。私は頭を下げたが、相手は軽く頭を下げただけだった。

 陽一郎さんは眼鏡をかけているからか、一見真面目そうに見える。しかし、今の態度を見るとそうでもないようだ。もし真面目な人なら、ちゃんと頭を下げてくるはずだ。

 あとで不適切な態度だとメモしておかないといけない。

「紹介するね、彼氏の浩二だよ」

 私も彼氏を紹介した。志歩は頭を下げ、浩二もちゃんと頭を下げていた。陽一郎さんにも浩二みたいに頭を下げて欲しかった。

「早速だけど、ダブルデートを始めようか」

「うん」

 私は陽一郎さんの隣に並び、志歩は浩二の隣に並んだ。

「それじゃ、また後でね」

「うん、後でね」

 私たちは分かれてデートを開始した。


 ☆☆


「まずはどのアトラクションから乗りましょうか?」

「別になんでもいいよ。君が決めて」

 陽一郎さんは欠伸をしていた。盛り上げようという気が微塵も感じられない。

 私の前だからこんな態度を取っているのか、それとも志歩の前でもこんな態度なのだろうか? とりあえず態度が悪いとメモしておこう。

「そうですね。ウォータースライダーなんてどうでしょうか?」

「濡れるから、別のにして」

 なんでもいいと言ってたのに。それに合羽を着るから、あまり濡れたりはしない。濡れるのは合羽の外側だけで、内側にまで水が入り込んだりはしない。以前にも来たことがあるから、知っている。

「それじゃ、ゴーカートはどうでしょうか?」

 とはいえ、揉めるのも嫌だし、別の提案をする。

「う~ん、ゴーカートか。まあ、君が乗りたいというのなら、それでいいよ」

 私としてはウォータースライダーが良かったけど、陽一郎さんが嫌がるからゴーカートを提案しただけだ。まあ、ゴーカートも好きだけど。

 それにしても少し上から目線で話してくるのが鼻につく。これもメモしておこう。

「どっちが速くゴールできるか勝負しましょうよ」

 私はゴーカート乗り場に向かいながら、提案してみる。

「は? 何で? 勝負して何の意味があるの?」

 私はデートを盛り上げようと提案しただけなのに、何で不機嫌な表情で睨み付けられねばならないのだろうか? 空気読んでよみたいな雰囲気を醸し出しているけれど、私が悪いのだろうか?

「デートを盛り上げようと思ったんですけど」

「盛り上げる必要なんてあるの? 僕は志歩に頼まれたから、君とデートしてあげてるんだよ? 本当のカップルじゃないのに、盛り上げる必要はないと思うけどね」

 だからこそ盛り上げる必要があるのだ。場を盛り上げないと気まずい空気が流れたままデートをする羽目になる。そんな空気のままデートなんてしたくない。陽一郎さんに盛り上げる気がないから、すでに気まずい空気が流れてしまっているけど。

「……では勝負はなしということで」

「まあ、君がどうしても勝負がしたいと言うのなら、してあげてもいいけどね」

 陽一郎さんってけっこう面倒くさいな。勝負してくれるのなら、最初からそう言えばいいのに。なんで嫌そうな表情をするのだろうか? 面倒くさい人とメモしておこう。

「……では勝負ありということでお願いします」

「いいよ」

 私たちはゴーカート乗り場に着き、列に並んだ。数分後、私たちの番が来た。

 私はゴーカートに乗り、思いっきりアクセルを踏み込んだ。チラリと隣に視線をやると陽一郎さんは真剣な表情でアクセルを踏んでいた。やる気満々じゃないか。実はゴーカート好きだったりして。

 今のところ陽一郎さんがリードしている。私はさらにアクセルを踏み込むも、徐々に突き放されていく。

 終盤に差し掛かって、陽一郎さんはスピードを上げた。結局私は一度も追い抜くことができず、負けてしまった。

「僕の勝ちだね。ちょっと小腹が空いたから、何か買ってきてよ。僕はベンチでくつろいでいるから」

 陽一郎さんはそう言うや否や足早にベンチに向かって歩き始めた。

 私は辺りを見渡した。近くにフランクフルト屋を見つけ、歩き始めた。フランクフルトを二つ買って、陽一郎さんが座るベンチに向かう。

「気が利くじゃないか。二つも買ってきてくれるなんてね」

 陽一郎さんはフランクフルトを二つも手に取って、食べ始めた。一つは私の分だったけど、仕方ない。二つとも口に付けてしまっているし、今更もう一つは私の分とは言いづらい。

「喉が渇いたから、スポーツドリンクを買ってきてよ」

 私は小走りで自動販売機に向かい、スポーツドリンクを買って戻ってきた。

「喉の渇きを癒すにはやっぱスポーツドリンクが一番だね」

 陽一郎さんはスポーツドリンクを一気に飲み干し、私にペットボトルを渡してきた。

「これ捨ててきてよ。あとフランクフルトの棒も」

 私はペットボトルとフランクフルトの棒をごみ箱に捨てた。人使いが荒いとメモしておこう。

 その後はメリーゴーランドやコーヒーカップに乗った。陽一郎さんは絶叫系が苦手らしく、ジェットコースターには乗らなかった。

「もうこんな時間か。そろそろ集合場所に戻ろうか」

「はい」

 私たちは遊園地の入口近くへと歩を進めた。


 ☆☆


「水帆、メモだよ」

「ありがとう。はい、メモ」

 私と志歩はメモを交換した。

「……態度が悪い、上から目線、面倒くさい、人使いが荒いか。大変だったようだね」

「まあね。志歩も大変だったでしょ? ボディタッチが多いって書いてあるから」

「大変だったよ。ことあるごとに体を触ってくるからね。完全にセクハラだよ」

「本当にごめんね。でも、浩二がボディタッチするなんて知らなかったよ。私なんて一回もボディタッチされたことない」

 志歩がセクハラというくらいだし、相当触りまくっていたのだろう。私のことも少しは触ってほしいものだ。彼女なんだから、ボディタッチしてくれてもいいはずだ。

「へぇ~、そうなんだ。私も陽一郎が人使い荒いなんて知らなかったよ。いつも自分のことは自分でしてたし」

 陽一郎さんは自分では何もしない人だと思ったけど、志歩の前では自分でごみを捨てるわけか。私の前ではごみを捨てる気配さえ見せなかったけど。私に捨てるように命じたし。

「ねえ、水帆。またダブルデートしようよ」

「うん、いいよ」

 私の知らない浩二の一面がまだあるかもしれない。


 彼氏を交換してのダブルデートも悪くないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る