自販機と先輩と残った二人
※こちらの話は、『目を覚ますのに必要なのは』の続きの内容になってます。
ネタバレをしたくない方は、先に本編一章をお読みいただけると幸いです。
病院の通路を刹那は少し早めに歩いていた。
ねえ、と後ろの方から高めの声で話しかけてくるのは、小さな幼馴染。
「…なに?」
「そっちは自販機じゃないよ」
あと、手がいたいよ!と鈴歌に言われたオレは、引っ張っていた手を離した。
振り替えると、幼馴染は俯いていた。
「子供じゃないしやめてよ、恥ずかしいよ」
「…えっ、自分だって強引に引っ張っていくくせに」
何を今更言っているんだろう、コイツ。
鈴歌にも恥ずかしいと思うことがあるのかと思うと意外だった。
「だって、前に看護士さんにお兄ちゃんに付き添われてるの?って言われたんだよ」
「お兄ちゃんて…」
本当は同い年なんだけどな。
「また子供に見られちゃうよ!」
「あっそ…」
つうか、こっちは病室から鈴歌を連れ出す為に手を取っただけなんだけど、コイツの中では大問題らしかった。
そもそも、好き好んでしてないし。
前から子供に見られる事がコンプレックスなのは知っていた。……たしかにオレ達は、並ぶと身長差があるし同い年に見られることはあまりない。
寧ろ…鈴歌はオレに対してお姉さんぶりたいんだと思う。まあ、別にどっちでも構わないけど。
『へー。大人に見られたかったら、お子さまな言動を直さないとじゃない?』
「それな」
「だってぇ…」
いつの間にか、ぬいぐるみ姿のエリカがにやにやしながら姿を現してきた。
エリカの言葉には全面的に同感だった。
いや、それよりも
「つうか、何しに出てきたんだよお前」
『鈴歌の感情の波が荒れてるからよ。元々、夜は魔物あたしたちの領分なのよね』
「じゃあ、よっぽど子供に見られたくないんだ?」
ご機嫌が悪くなった鈴歌の頭に軽く手を置いてみると、図星だったらしく茶色い瞳が不機嫌そうにこっちに向いていた。
何となく苦笑いをしてしまう。
『まあ、そんなとこね』
「むー…。自販機は向こうだよ」
鈴歌はおもいっきりむくれながら、自販機のある通路を指差した。
彼らが自販機の場所に辿り着くと、見知った白い髪の少女に出くわした。
部活の三年生、ハイネだった。
「あれ、もう動いても平気なの?」
「ハイネ先輩。まだ家に帰ってなかったんですか?」
刹那の台詞に、ハイネは少し気まずそうに「えーと…」と呟いていた。
少し言いにくそうに、彼女は続きを話した。
「家に帰ったら帰ったで、両親から異界化の事後処理を手伝わされるのが目に見えてるからね…」
忘れてると思うけど、わたしはまだ病み上がりなんだよ。と先輩は少しご立腹の様子だ。
先輩は先日の白檀を追い返す為に、雨の中で立ち回ったそうで…数日寝込んでいたのだ。
「手伝いたくないんだ…」
「オウマガトキで魔物を倒した上に、町の異界化だよ。まさか御影山を歩くことになるとは思わなかったよ…」
彼処の空気は少し苦手なんだよ、と先輩はぼそりと呟いていた。
意外な事を言っているな、と思う。苦手なものは無さそうなのに。
「魔女なのに、森の中が苦手なんですか」
「あそこの山の神様とはそこまで仲良くなくてね。あまり怒らせたくないんだよ」
「先輩も神様は怖いんですね」
「基本的に彼らには、わたし達の常識は通用しないからね」
用心するのに越したことはないよ。
勿論、敬意を払うのも忘れてはいけないけどね。と先輩は淡々と話す。
それから、彼女は鈴歌の方へと向いた。
「すーちゃんはすっかり元気そうだね。あまり食べ過ぎたらダメだよ」
「うん。……食べ過ぎ?」
「そうだよ。洋館で見つけた時に、治すの困ったんだから」
「…ああ、アレが好き放題喰らってたからか…」
そういえば、と思い出す。
アイツは笑いながら白檀から影を奪っていたよな。しかも感想まで言ってたような。
そこまで聞いていた鈴歌は、ハッとした表情をした。
「わたしのアレ、解いたの?…いつもは嫌がるよね」
「ごめんな。悔しいけど、アレじゃないと白檀を止められなかった」
「…あの私は、影を食べたんだね。だからさっきから、胸の奥がもやもやするんだね」
どうやら府に落ちたようで鈴歌はそっか、と頷いていた。
「いつものやつか」と訊ねると、「うん、いつもの」と返ってくる。
あのスズカが影を取り込むと、戻した時に鈴歌はもやもやするらしい。原理はよくわからないけど。
『……封印を解くと、鈴歌にその間の記憶が無くなるのが厄介よね』
とエリカがぼやく。
「覚えていないんだね」
「うーん、今のわたしじゃない私が出てくるからかな」
『その記憶ごと蓋をされてる感じなのよね。……鬼は、感情に縛られるから』
「言い得て妙だね。確かに」
ハイネ先輩は、納得したように微笑む。
それから、少しだけ声を大きくして話を切り替え出した。
「さーて。茉莉嬢の様子も見に行かないとね。目が覚めたら説明をしないと」
「あっ…今はそっとしといた方がいいです。千草先輩が付き添ってますし」
もう少しほっといてもよさそうだと先輩に伝えると、目を丸くしていた。
「……成る程。折角の久方ぶりの再会だもの、そっと見守る方がいいね」
「そゆこと…?」
不思議そうな鈴歌の隣で、エリカは心底めんどくさそうにぼやき出した。
『あんたらのその、全力で見守り隊な空気感は何なのよ』
いや、そう言われても、と先輩に顔を向けると当然のように笑っていた。
「わたしはヒロの恋を応援したいだけだよ?」
「三角もまんざらじゃなさそうだし」
『約一名ぽかんとしてるわよ』
「……んーと。もしかして茉莉ちゃんと千草先輩を二人っきりにするために出てきた…ってコト?」
「え、そこから?」
やっぱり察してなかったのか…。
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