お返しと茉莉の密かな疑問
ざわざわ、ざわざわ。
今日は休日。ショッピングモールの中は沢山の人で賑わっている。
最近は少し暖かくなってきていた、そんな陽気のお昼過ぎ。
刹那と鈴歌と…茉莉の三人はここに集まっていた。休日なので三人とも私服であるが、少し新鮮だった。
「悪いな三角、付き合ってもらって」
「私は構わないよ。でも…」
少年に声を掛けられ、返事をしながら…私こと茉莉はちらりと鈴歌を見る。
幼い友達は、きょとんとしていた。
「お出掛けに付いてきてよかったの?」
「全然いいんだよ!」
とても屈託のない笑顔。
この二人のあっさり感に拍子抜けしてしまう。
鈴歌は続けて、「刹那くんと一緒に来ても、あまり反応良くないしつまらない」とぼやきながら、辺りを見回して楽しそうに歩いている。
その姿は、何だか子供っぽい。
「あまり先に行くなよ、また迷子になるぞ!」
刹那が鈴歌に呼び掛けているが、彼女は聞いてないのか…「あれ美味しそうだよ」とか、「あっちで何かやってる!」と走って行っていたようだった。二人が気付くと、遠くの方でこっちに手を振っている。
……え、うそいつの間に?と茉莉は心の中で驚いていた。
「ああもう……鈴歌!一旦戻ってこい!」
それから少し後、走って追いかけていった刹那に捕まった鈴歌は、びくっと肩を強張らせてこちらに戻ってきた。
「……ご、ごめんなさい」
「ほんと、毎回何かやらかすから…オレ一人だと大変で」
「困った妹に苦労するお兄ちゃんて感じだね…」
想像とは大分違ったな。と茉莉は思った…というか。
……二人が出かけると聞いて、デートの邪魔になるかなと一瞬考えてしまったが、杞憂だったのかもしれない。
(一緒に暮らしているから、半分家族のようなものだ、と言っていたけど)
……確かに、これは兄妹としか思えない。と少女は思う。
「はー、次やったら手を繋いで歩くからな」
「やだ。子供扱いが恥ずかしいから、いやです」
「なら落ち着いて歩いてくれ」
「はーい」
鈴歌はうって変わって素直に大人しくなった。気になる所はちらちら見ていたが…。
それくらいは仕方ないと思う。
「二人とも、じゃあ目的の場所に行こうよ」
「ん、行くか」
今日三人がショッピングモールにやって来たのは、ホワイトデーのお返しを買う為だった。
数日前の事、茉莉は刹那に相談を受けた。
曰く「何を渡せばいいかわからない」らしい。クラスメートからチョコレートを貰ったはいいが、変な期待をさせたくないし、でも返さないのは違う気がするから……という話である。
変な話。告白を断ったのだから、それ以上追い討ちをかけるような真似はしなくていいと思うけど……お返しを渡しておけば後腐れ無さそうかな、とも思う。
「でも、どうして私に相談を?」
「三角は知り合いの女子の中で、いい助言してくれそうだから」
真面目に聞いてくれそうだし。と彼は続けた。
思っていたよりも良く思われていて茉莉は驚きだった。普段、そう言うことを言うタイプではないから。
「部長とハイネ先輩に話すと……面白がられそうだし、鈴歌は論外だしさ」
「うん、納得…」
とってもわかりみが深い。
あの三年生コンビは…特に魔女先輩は面白がりそうだと思う。
そういえば鈴歌の反応は、何だか意外だったなと茉莉は思う。てっきり、ちょっと嫌そうな反応をするのかと思ってた。
そんな訳で、話を聞いた茉莉は彼の相談を引き受けてついて来たわけだった。
「わー、可愛いの沢山あるね」
「チョコレートも売ってるんだ」
意外かも知れないが、ホワイトデーコーナーでもチョコレートを取り扱っているところはある。というか珍しくはない。
ホワイトデーは季節のいちご、桜等々……春を思わせるフレーバーのお菓子もけっこう多い。
他には飴やマシュマロ、クッキーにマカロン、ダックワーズ等々多種多様なものが並ぶのだが。
「…好きなの選んでいいの?」
「いいよ。クッキーのお返しだしな」
「やった!一人で見てきていいかな?」
鈴歌は楽しそうにホワイトデーコーナーを見に行ってしまった。
ついでなので、鈴歌を連れて来るなら、お返しは本人が喜ぶものを選ばせることにしたらしい。
友チョコ1つで、意外と律儀なのねと思ってしまう。
「…こういうのって、相手が選んでくれた物を渡されるから嬉しいんじゃないかなと……」
「そうなんだろうが、去年母さんと選んで瓶詰めの飴を渡したんだ。でも全く手をつけないで飾ってるんだよ」
何で?と聞いたら、飴が宝石みたいで綺麗だから飾っておきたい。と言ってたようだ。
「…飴が好きじゃないのかと思って。
だったら本人が欲しいものの方が良くないか?」
「うーん、それはまた違うんじゃないのかな……?」
少なくとも、鈴歌は方向性は違うけど信頼感は一番みたいなのよね。
この二人の関係性は、茉莉にとってはすごく不思議だった。
幼馴染でお互い仲良くしてて、だけどあくまでも兄妹のような気安いもので、恋愛感情のようなものはなくて。
なのに……たまに距離感がバグってる様な感じもする。
茉莉にも幼馴染のような存在の先輩がいる。けれどすぐに憧れから好きになったので、本当に人それぞれなのだなと思ってしまう。
「なあ三角、これはどう?」
「マシュマロは“関係を終わらせたい”って意味にとらえられる事があるから、ちょっと」
「いや、嫌われてもいいし…」と少年は頬をかいていたが、茉莉は少し直接過ぎるかな、と感じた。
「ならせめてクッキーにしようよ。“友達”って意味らしいから」
「友達になりたい訳じゃ…」
「後腐れなくお断りするなら、その方が相手の傷も浅くなるから」
といって、茉莉は手頃なサイズのクッキーの包みを渡した。そこまで聞いて、刹那は少し怪訝そうにした。
「つか、お返しのお菓子一つに意味とかあるんだ」
「うん。不思議だよね。好きな人にお返しするなら、キャンディが無難かな。“好きです”って意味なんだよ」
「うわ、全く知らなかった。…というか、これマシュマロが可哀想になってくるな」
「そうなの。マシュマロに罪はないよね」
その意見は同感だった。
ちなみに、チョコレートは特に意味はないらしい。
「それなら、鳴海達のもクッキーでいいか……」
鳴海と言うのは、刹那のクラスメートでカースト上位の陽キャ系の女子である。
よくクラスでお菓子を摘まんでいたり、鈴歌にお菓子をあげたりしている。
「それは義理ですか」
「男子に殆んど渡してたよ、あいつら」
ポッキーだったけどな、とぼやいている刹那だったが、なんのかんのとお返しをする辺り、やっぱり律儀なんだねと感心してしまう。
「……そういや三角、この中で好きなやつある?」
「?」
なんのことなのだろうかと思っていると。
バレンタインデーのフォンダンショコラのお返しだよ、と返ってきた。
…あ、考えていなかった。
「そんないいよ。あれは、相談のお礼みたいなものだから」
「いや、でもさ」
「…じゃあ、あそこのお店のプリンがいいかな」
茉莉は、少し離れた所のプリンのお店を示した。少年はプリンね、と頷いた。
そんな話を二人でしていると、ようやく鈴歌がプレゼントを持って戻って来た。
「これがいいな。マカロンがいい」
「珍しいものを持ってきたな」
「わたし、結構好きなんだ」
「あそ、わかった。じゃあ買ってくるから待ってて」
少女が持っていた包みをひょいと掴むと、刹那はさっさとレジへと向かっていく。
残された茉莉は、鈴歌に聞いてみた。
「鈴歌、マカロン好きなんだ」
「この前食べたら美味しかったんだ。だから一緒に食べてみたかったの」
こう聞くと、好きなのかな?
と思うのだけど、本人の認識は普通に友達なのだから、本当に不思議だなと思う。
マカロンの意味は“特別だと思っている”…ある意味合ってるのかな?
「茉莉ちゃんもマカロンいる?」
「それは、鈴歌が貰ったものだから。私はもらえないよ」
「むむむ。そっか……」
鈴歌は、何かハッとして考えているような仕草をしていた。たまに、友達は自分なりに考えている事がある。
それから、買い物を終えた三人はカフェで休憩してからその日は解散になった。
ーーーそれから数日経って、ホワイトデーの日。
茉莉は部室で、ちゃんと返せたのかなと思っていた。お断りをした相手なので、今更お返しを求めているかは別としてだけども。
そんな事をぼんやり考えていると、部室のドアが勢いよく開いた。
「茉莉ちゃー…」
「三角!千草先輩が体育館にいる!」
同級生の二人が、ビックニュースだ!と言いたそうに慌てて入ってきた。
「二人して慌ててどうしたの」
「今日剣道部の方に行ったんだよ、そうしたら千草先輩が指導に…」
「それで、皆が集まって来てるんだって」
先日卒業式をした時も、千草先輩は後輩の女子に囲まれていた。彼は卒業しても変わらず人気があるようだ。
「三角、行こう」
「え、いいよ私は…」
茉莉が二人の勢いに圧されて、席を立とうとしていると…三人の背後から少し低めの声が掛かった。
「おいおい、俺が来たらいけないの?」
千草先輩がこっちの部室にやって来た。
爽やかな青年に対して、刹那は少し渋い顔をしている。
「なにこっちに来てるんですか」
「いや、茉莉に用事があってさ」
「……あ、そっすか。ほーん」
「ほほーう」
一転して、刹那と鈴歌の二人はすんっとテンションを落として瞳をすぼめていった。
「その反応、何!?」
「え、いやホワイトデーだから…」
「先輩が美味しそうなもの、持ってるから」
やっぱりそうなんだね〜、と鈴歌はにこにこしながら千草先輩に向いた。
何となく茉莉と刹那の目線が合う。少年はわかったと言いたそうに頷いていた。それと同じタイミングで、鈴歌は両手をぽんと合わせると。
「あ、先輩と約束してるんだったや」
「オレも、あっちに忘れ物したわ」
「じゃあね、二人とも!」
とかなんとか理由をつけて、刹那と鈴歌は部室から出ていってしまった。
「…何なんだ、あいつら…」
「一応気を利かせてくれた…のかな?」
そんなあからさまにされると、逆にやりづらいんだよなあ…と千草先輩が頬をかく。
「ところで先輩、その手提げは何ですか?」
「あー、いや、これは……」
………………。
「うん。いい空気読みだったね!」
「驚いた。鈴歌にしては上出来」
「君たち、何をそんなに笑ってるのかな?」
白髪の先輩が苦笑まじりに何かあったの?と聞かれた二人は、いたずらっ子の様に口の端を上げて笑った。
「ないしょー!」
「……ふうん。ま、きっと良いことなんだろうね」
二人につられて、魔女も淡く微笑んだ。
ラプラス・ダイバー 相生 碧 @crystalspring
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