現実も空模様も様子見
空にはどんよりと分厚い雲が垂れ込めている。ここのところの天気は、雨と曇りが続いていて天気がぐずついたままだ。
梅雨の時期ではないけれど、たまには晴れ間を見たくなってくる。
………
鈴歌と刹那…オレ達はあれから親や兄、それから部長に怒られてしまったが…どうにか許してもらえた。
今後は無茶をするな、というお叱り付きで。
…一応、結果的に被害者を守れたのでそこまで叱られなかった、というのもあるのだが。
そんなわけであるが、ここ数日は平和な日常を過ごしている。
「おーい」
今は昼休み。教室で何をするかと考えていたら、誰かに呼ばれた。
「なんだよ」と声の方へ向くと、クラスメートの
「一緒にクエストしてくれないか?」
「…狩りするやつ?」
まあ、別にいいけどとスマホを取り出して、ゲームのアプリを起動する。
すると、そこに
「なら僕も協力しよう」
「いいけど、下手に突っ込むなよ田中」
「わかっている」
周りはいつもと変わらず、がやがやと楽しそうにしていた。この空気感、最近は嫌いではなくなってきた。
それから三人で協力してクエストをクリアした。あのでかいモンスター、素早くて隙を見極めるのが大変だったな。
「…凄いな市島、あんなに素早く操作できるなんて」
「そうだな。避けるのシビアだし」
「あれね。分かりにくいけど予備動作があるんだよ、それを見極めて避けてるの」
「ガチだな」
「流石やり込み派」
オレと田中で市島を称えているとき、ふとあれ?と思った。いつも騒がしい奴が話しかけて来ない、珍しかった。
「そういえば
「あー、あいつは今それどころじゃないんだよ」
「追試の勉強中だからな」
……追試、だと?
そう言えば少し前にあったよな、テスト。オレも
「ラグビー部ってさ、赤点を取ると追試で赤点回避しない限り部活禁止されるからさ、あいつ必死なんだよ」
「そりゃ、御愁傷様だな…」
すると田中が、なら
「は?何でオレが」
アイツに教えなきゃならないんだよ。
「お前頭いいだろう?この前の考査、学年順位一桁に入ってたぞ?」
「別に、たまたまだよ」
つか、田中だってその時の順位は上から数えた方が早かったと思うんだが。
「それに、部活で少し忙しいんだよな」
「……それって、地域郷土研究部の活動?つーか何してるの?」
そんな話をしていると、クラスメイトの女子が割って入ってきた。
カースト上位の明るいグループの奴らだ。
「知ってる!今度読み聞かせ会するんでしょ?」
「……よく知ってるな」
「鈴歌チャンが話してたよ~。高原君が読み聞かせとか、マジうける」
「確かに似合わないよなー、コイツあんまり愛想無いもんな」
「言ってろよ」
何となく面倒くさくなりながら会話をしていると、別のクラスメートがおーい、と声を掛けてきた。
「高原、
「
慌てた様子で、茶色いボブカットの幼い幼馴染がこっちを目掛けて駆け寄ってくる。しかも、茶色の目が少し涙目になっていた。
うわ……面倒なのが増えた。
「……あーわかったよ、取ってくるから待ってて」
「やたー!」
席から立ち上がって、ロッカーに行って取りにいくことにした。
両手を上げて喜ぶ鈴歌に、市島と田中が刹那の方を見てあれ?と不思議そうな顔を作った。
……………。
「…マ?こっちでお菓子摘まんでるんだけど、分けたげる」
「やったー!」
ロッカーから電子辞書を持って戻ってくると、クラスの女子が鈴歌にお菓子をあげていた。
あいつが来るたびに餌付け感覚で分けるんだよな。いつもなら別に構わないけど。
「待て、今日は検診の日だろ。食べ過ぎると影響が…」
「あ、刹那戻ってきたや」
……あー、お菓子がブレザーのポケットに。
子供じゃないし、一気に全部食べないだろうと思って、今は言葉を飲み込んだ。
それから持ってきた電子辞書を手渡す。
「はい。必ず返せよ。あと、壊すなよ」
「うん、ありがとう!」
こういう時ばかりにっこりするんだよな…うーん。
次からは忘れないようにしろよ、とつい小言を言っていると、横から
「そういえばさ、柏木さん知ってる?」
と、別のクラスメートが鈴歌に声を掛けてきた。
「……はい?」
「柏木さんと同じクラスの三角さん、暫く学校来てないよね。病気になっちゃったの?」
「あ…えーとね」
鈴歌がオレと顔を合わせる。言っていいのか迷っている様子だった。
それに対して目を閉じると、鈴歌がゆっくり頷いて、クラスメートに向き直った。
「クラス担任の
そうなんだー、とその子は笑って納得していた。
本当は少し違っていた。
三角は先の事件を受けて検査入院という体で、国家機関の人間が経営する病院に保護されている状態だった。
機関の人間が捜索を続けているが、まだ白檀が見つかっていないからだ。
そのためか、知っている者達には箝口令が敷かれていた。
「なあなあ、いいお兄ちゃんムーヴはいいんだけどさ」
「なに?」
鈴歌がクラスから帰っていくのを見送ったオレに、市島が声を掛けてきた。
「本当に仲良しだよな、柏木さんと」
「あいつは昔から知ってるから別なだけだし」
そもそもあいつとは、今は一緒に居ることが多くて家族に近い感覚になってるし。
「…市島、多分コイツ無意識にやってる」
「マジかよ…」
市島と田中が、「無愛想のコイツの表情筋が仕事してた…」「何気にスゴいな彼女」
とか話していて、余計に意味分からなかった。
……何、オレなんかした?
少し時間が経ち、放課後。
うちのクラスの方が早く終わり、珍しく鈴歌のクラスへ向かってみると、教室から出てきた幼馴染は少し凹んでいた。
「……茉莉ちゃん来ないと寂しい」
「そうか。ならミキちゃんとやらに構ってもらえば?」
「だってミキちゃん、彼氏が出来たばっかりで…そっちばっかり行っちゃうんだもん」
「……友達よりも彼氏優先するやつか」
たまにいるよな。
そう言う奴だからと言ってしまえばいいんだけども。
鈴歌にはその辺の…友達と恋人の区別というか、その辺の成長が止まってるみたいで、本人も理解が難しいらしい。だから鈴歌は、その辺友達の延長だと思ってる。
心の成長も、体に引きずられるのだろうか。
と、ここでスマホに通知が来ていたので見ると、兄からだった。
「…悪い、ちょっと先に行ってて」
「わかった!」
取りあえず鈴歌を部室に行かせてから、オレは学校の正門に向かうことにした。
「いた、
正門の近くに、黒髪ショートにサングラスを掛けた男が立っていた。自分の上の兄の蛍吾だった。
服装はスラックスにジャケットにワイシャツという、シンプルなものだ。
多分、外に出るから慌てて和服から着替えたんだろうな、と思う。
それはそれとして、だ。
「そのサングラスなんなんだよ。眼鏡は?」
「いや、一応目の色対策に」
相手はちらりと、サングラスをずらして目を見せる。兄はオレと同じ紫色の目をしている。
大多数の日本人が持つブラウン系の瞳に比べて、日差しや光に少し弱いので光を遮る目的と、他の人から目を隠すためだ。
それは自分も同じで視力が良い方ではない。授業中はメガネをするが、あまり似合わないから普段は掛けてない。
「サングラスは却下。不審者に見える」
「…わかったよ」
相変わらず僕にはキツイな。とか言いながら、サングラスを取ってメガネに変えていた。
因みに、この兄は視力がとても悪い。いっそコンタクトを付ければいいのでは?と思ってる。
「はあ。つーか、ただの鈴歌のお迎えだろうが。わざわざオレを呼ばなくても…」
「保護者でもない人が勝手に入ったら、それこそ不審者扱いじゃないか」
それは、ごもっともですがね。
兄と一緒になって学園の方へ歩き出す。
少しだけ懐かしそうな顔をしている、高校の時の事を思い出すのだろうか。
「母さんは仕事?」
「…来客が入ってね。それで代わりに来たんだよ」
兄は現在、実家の神社を継ぐ為に神職の修行をしている最中だ。
……表の仕事を引き継ぐということは、悪夢を斬る能力を使って、人々を夢を守る裏の家業も継ぐということ。
「あ、そ。…何か楽しそうだな」
「いや、僕が通ってた頃と変わらないなと思ってさ」
穏やかに微笑んでいる。
兄はここの卒業生だ。色々思い出すことでもあるのか。
「……でも、まさかお前があの地域郷土研究部に入るとは思わなかったよ。興味無さそうだったから」
「気が変わったんだよ」
入部してから聞いたが、兄達も高校時代は入っていたそうだ。
「いやさ、僕も入部してたし、お前の事言えないが…あの部活は何かと危険が付きまとうだろう?」
この間も、夜遅くに帰ってきたし。
ぎくり、と背中が跳ねた。
…そうだ、あの時最後まで怒っていたのは蛍吾兄さんだった。付いてきたハイネ先輩には気にしないでとフォローしつつ、身内には容赦なかった。
寧ろ……先輩を巻き込んで!と叱られた。その通りなんだが。
「……、部室に行くとか言わないよな?」
「行ってもいいのかい?」
「くんな。ぜったいに来るな!」
あんまり長話をしているとめんどくさそうなので、オレは兄を保健室まで引っ張って連れて行った。
母が来る時は、いつもここで待っているのだ。
「兄さんはここで待ってろ」
「…おや、蛍吾くん。珍しいお客さんね」
「こんにちは、
ぺこり、とお辞儀をする兄を横目に先生に「鈴歌が来るまで待ってもらって下さい」とお願いをした。
先生が軽く、「はいはい、りょーかい」と行ったのを聞いて、ばたむと扉を閉めて保健室から出た。
刹那はばたばたと廊下を駆けて行ってしまった。
残された二人の大人は、
「いやー、本当に久し振りだわ。銀くんはそうでもないけど、刹那くんは君に似てるわね」
「そうですか?……僕には似てほしくないですね」
「そんな謙遜しなさんな」
金色の髪をかきあげた女性は、ポットの方へ向かって珈琲を淹れていた。
あ、そうだ。と女性は男性の方へ向くと
「…すずちゃんの通院する病院、君は行くの嫌がってなかった?心境の変化でもあったのかい?」
「特には。ただ、久し振りに野暮用が出来ただけで」
「……そう。きっとあの子も喜ぶわよ」
「先輩、僕は何も言ってませんよ」
ふふふ、と不適に微笑む女性と、
つかの間のお茶会はそのあと暫し続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます