からかう先輩と部長の気掛かり
雀宮学園、部室棟。
地研の部室で、鈴歌は絵本を見つめて唸っていた。彼女が手にしている本のタイトルは【いばら姫】。
とある国のお姫様は、悪い魔女のかけた呪いで糸車に刺されて百年の眠りにつく。
そして百年後、お姫様の眠るいばらに守られたお城の前を通りがかった王子様が姫の呪いを解いて、めでたしめでたし。
ペロー版では更に続きがあるのだが、一般的にはここで終わっている事が多い。
今度、部活で読み聞かせをする事に決めた童話だ。
この前そんなあらすじと共に夏実に「貸してあげる」と絵本を渡されたので、家で何度か読んでいた。
「ねえ、
「なに、変な唸り声をあげて」
「これなんだけどね」
わたしは、不思議に思ったので部長の夏実ちゃんに気になったページを見せる。
絵本のイラストは、眠るお姫様が起きる所だ。
「あー、いばら姫が目覚めるシーンね」
「なんで、寝てたところをちゅーされて、起きたお姫様は王子様に恋しちゃうのかなって」
すごーく不思議だった。
この話だけじゃないけど、わたしが読んだことのある漫画の女の子たちも、ちょっとしたきっかけで誰かに恋しちゃってる。
……うーん、何で?
「それは王子様が、お姫様の呪いを解いたから…じゃない?」
「キスで魔法を解いて目が覚めるって、お話としては定番だよね」
「子供の頃はいいな、って思うわね」
夏実ちゃんにハイネ先輩も加わり、二人は共感していた。
えー、そうかな?
わたしは、何となく怖く感じる。
自分の視界いっぱいに誰かの顔がぬっと現れるの…怖いし嫌だ。
いくら友達でも何か怖い、多分刹那くんでも、エリカちゃんでも。
「…でも、王子様っていばら姫の知らない人だよ。知らない人なのに怖くなかったのかなって」
「んー。知らない人なのもどうでもよくなるくらいイケメンだったから」
「それ、但しイケメンに限るってやつ」
それよく言うやつだ。
イケメンはスゴく大事だって、ミキちゃんも言ってた。
確かに千草先輩を見てると、何となくイケメンはスゴいなあ、って思う。
クラスの友達が毎回なんやかんやと騒いでいるんだもん。
…すると、この王子様は千草先輩みたいな人なのかな。
「ようはこのお姫様は、恋に落ちたってことだね」
とんとん、といばら姫と王子様が笑っている絵を指でつついている先輩に、
その感覚があまり分からなくて、うーんと首を傾げる。
「え……友達を飛ばして好きになれるの?」
「すーちゃん、もしかして恋したことないのかな?」
「恋……うーん、多分ない」
嘘ついても仕方ないので、正直に答えた。
読んだことのある漫画にあるような、ドキドキ感を今までこれっぽっちも感じた事がないのだ。
……そうだ、後で刹那くんに聞いてみよう。中学の時彼女がいたとかおじさんが言ってたし、きっとその人がすきだったんだよね。
「…そっか。ならしょうがないか」
「確かに、柏木はそういうのは縁遠そうだからな」
ふと上から声がしたと思ったら、ずしんと頭に圧力がかかってきた。刹那くんじゃない割と酷い言葉のこの人は。
「
「セイくん、やめなさい」
女の子相手なんだから、とハイネ先輩が苦言を申していたけど、航星先輩は悪びれた感じもなくこう返していた。
「丁度よく腕が置けそうだったもんで」
「むー。ひどいよ先輩のばか!」
なんかムカついた。
頭の上の手を退かしてから航星センパイをぽかぽかと叩いていると、そこに刹那くんがやって来た。
三年生二人のほうに歩いていって、挨拶をし、それからわたしの方を向くと、呆れたような顔をした。
「それより鈴歌、
な、ん、だ、と、?
「ちがうもん!航星センパイがひどいんだもん!」
わたしの頭の上を、うで置き場にしてきたんだよ!すっごく重かったんだから!
って刹那くんに訴えた。失礼なのは先輩の方だよ!
「柏木がアホっぽいこと言ってたから、つい」
「ついって、なんなの?!」
「僕は事実を言ったまでだ」
「ううー!」
「……あんたら、案外仲良しよね」
「オレもちょっと安心しましたよ」
そっちはそっちで和まないでほしいかな!
納得いかなくてむっとしていると、少し落ち着けと声を掛けられた。
「今日は病院に行くんだろ。保健室に蛍吾兄さんが待ってるから」
「…え!蛍吾お兄さんが来てるの、早く行かなくちゃ…!」
珍しい、おばさんじゃないんだ。
お兄さんは優しいけど少し厳しい人だ。待たせたら良くない。
「鈴歌。悪いんだけど検診の後に三角さんの様子を見てきてくれる?」
「へ?いいの?」
最初お見舞いに行こうとして止められていたのに、茉莉ちゃんに会いに行っていいの?
「許可が出たそうよ。先に尾方先生がお見舞いに行って待ってるって」
尾方先生、やっぱり生徒が心配なのかな。頼りなく見えるけど、わたしのクラスの担任だしね。
「わ、わかった。それじゃバイバイ!」
「気をつけて行けよー!」
部員の皆に見送られたわたしは、鞄を持って部室を出る。
保健室にいかなくちゃ…、あ、走ったらダメなんだった。落ち着いていこうっと。
………。
鈴歌がぱたぱたと出ていった。
その後で。
部長の夏実は皆揃った事だし、と口を開いた。
「さてと。この通りハイネも風邪から復活したことだし、やるわよ」
「……なにするんすか?」
「なにって、気になったら調べましょって話」
にっこりと、だが有無を言わせないと言いたげな表情だ。
「部長、まさか……高原達が関わった狐の事件に首を突っ込む気ですか?」
機関の本部から、こっちで調べるから手を引けと言われたって…と相楽先輩が声を上げる。
妖怪退治は君たちの手に負えない、本職の我らに任せなさい、ということらしい。そう言われても仕方ない気もする。
白檀を退けたのも、それこそ運が良かっただけだろうし。
「言われたわよ。でも、気になることがあるのよね」
「気になること?」
部長の言葉を聞いてオレは思わず訊ねると、彼女はそうね、と頷いた。
「まず一つは、このところ校内で頻発してる狐の怪異ね。
被害者の彼女、
「ヒロに関係あること…?」
「あいつのファンが引っ掛かることを言ってたんだわ」
「過激派がいるってやつかな?」
気にしすぎならいいんだけどさ、と部長は呟きつつ、彼女は続けて次の話を始めた。
「それと…あんたらの夢の話を聞いてから、独自で狐に関する逸話が残されてないか調べていたんだけど。
それっぽいのがあったのよ」
それがこれよ。と言いながら部長は、小さな冊子を机の上に出す。
そこに書かれた、とある一文を指差した。
【白い狐を命をかけて封印した姫巫女】
「……これは?」
「これはね、今から100年ほど前の記事よ。
どうも、戦国時代に西の方で封印されていた狐の妖怪が、その封印が解けて復活し、この辺りにやって来て暴れていたらしいのよ。
で、その時に妖怪を封じたのがさる名家の姫巫女さま」
その冊子に写る白黒写真には、長い髪の少女の後ろ姿と、狐を封じた場所らしき祠が写っていた。
さらさらの長い髪に、何となく既視感を覚える。……気のせいなのか?
「それと何の関係が…?」
「姫巫女の名前は、
……偶然とは思えないのよね」
部長は、腕を組みながら悩むような仕草をする。それを見ていた相楽先輩は、少し考えつつも呟いた。
「単なる偶然かもしれませんよ?」
「そうね。なので…相楽と高原は、街の資料館に行ってこの辺りの伝承を調べてきて欲しいのよ」
なるほど、先輩とオレに調べてこいと。
でもまてよ。
「…え、でも影の事件はどうするんですか?」
「それは、あたしらで調べる」
「あー、わたしもなんだね…」
なんなら、千草を呼んで協力させるわと部長は笑っていた。
「……調べもの、ですか」
「分かりやすく落ち込むな」
まあまあ、といって相楽先輩がオレに気を使ってくれていた。
…すみません、面倒だなと思っただけで嫌ってわけじゃないです。
「たまには先輩に任せなさいよ。それにあんたは、現実だと能力的に影に対応するのがキツイでしょ」
それを言われると痛い。
異能力は本来、現実でもオウマガトキでも使える。だから能力者は世間から隠しているのだが。
〈悪夢を斬る〉能力はそれに特化しているので、いくら現実やオウマガトキでは影を斬る事が出来るようになるとはいえ、能力の質は若干落ちてしまう。
オウマガトキならともかく、夢と対極の現実では尚更だ。
「……はい。すみません、部長」
「セイくん。後輩のことを守れる?ダメだよ、すーちゃんみたいに手荒な扱い方しちゃ」
「しませんよ!」
……いや、どんな?
全くもう仕方ないなと、ハイネ先輩は青い小鳥を呼び出した。
『やっほう、おひさー!』
青い小鳥はぱたぱたと飛んでくると、オレの掌に収まってから、丸い形のキーホルダーに姿を変えた。
「……クラウ、君が気に入ったみたいだから散歩がてら連れて行ってあげてくれる?」
「いいですけど…キーホルダー?」
鞄にでもつけとけば?と相楽先輩。
あまり趣味じゃないかわいいデザインなんだよな、これ。
「資料館の館長にはあたしが連絡しとくから。二人とも行ってきて」
部長にそう言われたら、頷くしかなくて。
相楽先輩と二人で部室を出る。
「仕方ないな。行くか…」
「そうっすね…」
「雨が降りだす前にな」
夕方になる前に戻ってこよう。
そんな話をしながら、調べものが面倒だと思いつつも先輩と出かけることにした。
******
外から聞こえる鳥のさえずりが、何処か遠く聞こえる。覚醒したばかりの頭でここはどこだと訴えるも、人の気配はない。
「……」
あれから何日が経過したのだろうか。
雨の日の夜に山の中で気を失って、気がつけばこの見たこともない場所に閉じ込められていた。
ここはどこだかわからない状況で、スマホを手に連絡を取ろうと電話やLINEをしようとするが、どちらも繋がらないし送れない。
(何かしらの力で邪魔をされているのか…?)
幸いにも手足は縛られてないが、やれることは少ない。
入り口を開けようとするとそこに見えない壁があるかのように触ることが出来ない。
そうだと思い立ち、彼は掌に力を集中してみるが、いくら頑張ってもそこに何かが出てくる気配はない。
「…やっぱり、出ないか」
本来なら、彼の異能…掌から炎が出ている筈だった。
やはり、何者かによって封じられているのは明らかだ。
『人間。余計な事をするな』
がつん、と何かに体をぶつけられた感覚と、頭に語りかけられる謎の声。
彼は思わずその場に倒れこんだ。
「……くっ」
(誰か、僕が居ないことに気付いていたら…)
一体何が起こっているのか訳もわからないまま、男は意識を失った。
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