白昼夢と悪夢を祓う者
我ながら、平凡な人生を送っていると思っている。穏やかなパパ、優しいけれど怒ると怖いママと、将来をぼんやり考えながらも楽しく学校に通う娘の私。
絵に描いたような、一般的な家庭だった。
……そのはずだった。
だからそれは、
「あなたは高校を卒業したら結婚するの」
普段おっとりとした母が、急にそんな話を口にした。茉莉はぽかんとしてしまった。
「え……?」
母が急に言い出したから、少し前に流行っていたドラマ(主人公が政略結婚をする様な内容だった)を思い出し、また母の好きな冗談を言ってるのかと、そう思って。
私はそれに「もー、ママってば。私に婚約者いないじゃん」と冗談っぽく返すと、
「いるわよ、許嫁」
と至って真面目な顔で返された。
更に母は楽しげに話を続けた。
「覚えてない?小学生の頃に話したでしょ。お相手は親戚の…」
想像していなかった返しをされ、私は茫然としていたと思う。母の話はそれから殆ど耳に入ってこなかった。降って沸いた婚約者のことなんて、ちっとも興味が湧かなかった。
「本家のお祖父様が茉莉ちゃんの為に選んだ人なのよ」
きっと幸せになれるわ!と言って、にっこりと微笑む母の笑顔を見た。
私はこの時、どう返したのか。ただ曖昧に笑っていたと思う。
(……何も伝えてないのに)
幼い頃のあの人の顔が、ぼやけて思い出されて、じわじわと心が痛んだ。
………………
………。
頭の中を揺さぶる、誰かの感情。
何時かの記憶。
……ここは夢の中、その主の記憶や断片が見えてしまっても不思議じゃない。
「……くそっ、覗き見するつもりはないんだけどな」
これも、
『…何ぼさっとしてんの。やだ、あんたも中二病に憧れてるの?』
「何でもねぇよ…」
胡乱気に声のした方を睨むと、バカにしたような顔付きのエリカ(ぬいぐるみ姿)が、ぷーくすくすと笑い始めたので、オレはイラついて返した。
『あんたが黙ってるからさ、
「……は?」
少し離れたところに人だかりが出来ていた。その中心には、鈴歌がいるのが見える。あいつ、村人に囲まれて何してんだ…?
人だかりの方へ近づいていくと、人々が話しているのが聞こえて来た。
「おやおや、こんな幼い子が旅をねぇ」
「しっかしまあ嬢ちゃん、かぶいた格好しとるねぇ」
「う、うん!……あ、刹那くん!」
おお、こいつが兄ちゃんかい?と厳ついおじさんが呟いた。慌てて頷くと、おじさんはオレの肩をばしばしと叩きながら
「まだ苦労があるかもしれねぇが、がんばるんだよ兄ちゃん」
「あ、アリガトウゴザイマス」
現実だったら確実に背中が痛いな。
オレたちは『主役』を探す為に村人から話を聞いて情報集めをしていた。
だが……何故かこんな感じになっていた。
彼らにはオレと鈴歌は兄妹に見えてるらしく、オレ達の身の上話を聞いて同情してくれていた。
マジか、優しい世界かよ。
三角の夢の住人達はとても平和そうだ。
背中を叩いてきたおじさんは、気のいい笑顔でこんなことを教えてくれた。
「
「いやお前…今は駄目だろう」
すると、口を挟んできた別のおじさんがこう言う。何処か神妙そうな顔つきだ。
「姫様の輿入れ前だ。屋敷の連中はぴりぴりしとる」
「……輿入れ?」
「ああ、あの一際大きな建物だな」
村人達があっちだと町の中心を指さした。町の中心に大きなお屋敷が見えた。
村人達に詳しく話を聞いてみると、屋敷に住む一族のお姫様が結婚するらしい。
それで、近々婚約者の家へ輿入れをするということだった。
「輿入れ前に姫様に何かがあれば、縁談が無しになっちまうかもしれねぇだろう?」
「だから旦那様はぴりぴりしてんのよ」
そうなんすかー、と頷いているオレに鈴歌は小声で尋ねてきた。
「……輿入れって何?」
「嫁入りするってことだ」
『昔は婚礼の日に数々の嫁入り道具を持った人を連れて、お嫁さんを興に乗せて嫁入り先に担ぎ入れていたのです』
「なるほど」
オレの後に壱が詳しく説明をしてくれると、うんうんと頷いていたが…
こいつ……絶対にわかってないだろ。
隣で腕を組みつつ聞いていたエリカは、ふーんと考えてからつまんなそうに
『思ったより幸せな話じゃない』
「そうだな」
恐らくこの夢の『主役』が姫様なのだろうな。…とオレが考える一方で、村人からはこんな声も聞こえてくる。
「けどよぉ、姫様が用心棒を探しているとか言ってなかったか?」
若い村人達は、ぼそぼそとその話をしているようだ。
用心棒か…何となく荒事が起きそうな予感がする。
「ようじんぼう…って、ボディーガードみたいな人のことだよね」
『そうですな!』
あ、それは解ってるのか。
鈴歌に妙に感心してると、おじさんが思い付いた様な顔をして彼女に話しかけていた。
「そうそう嬢ちゃん、あやかしに…」
「これ!子供を脅かしてるんじゃないよ!」
すまないねえ、と恰幅のいいおばさんがおじさんをひっぱたく。おじさんは「いてぇ!」と叫んだ後におばさんに凄まれて小さくなっていた。
……なるほどな。
「かかあ天下か」
『かかあ天下ね』
エリカとハモってしまった。鈴歌に「二人、仲良しになったね」と言われて少しムカついた。
それから少し話をして村人達と別れた。彼らが十分離れてから、エリカが頭を捻りつつ、ぼそっと呟く。
『刹那がいう程変な夢じゃなさそうじゃない』
「……婚約者…か」
先程の三角の記憶が思い出される。
詳しいことはわからないが、さっきの記憶と輿入れ…妙に重なる様な気がした。
偶然ならいい、けれど。
そう思って、彼女に訊ねることにした。
「あのさ鈴歌、聞いていいか?」
ん?と鈴歌が首を傾げる。
「オレ、三角の事を良く知らないんだ。だから教えてくれるか?」
クラスが別なのもあるが、実は三角とはあまり関わってこなかった。
殆ど鈴歌から聞く印象しかないのだ、今更ながら少し話をしておけば良かったかもしれない。
それに「いいよ」と鈴歌が頷くと、誇らしげに口を開いた。
「茉莉ちゃんはわたしの友達だよ!」
「知ってるよ」
じゃなくて…どんな性格とか、最近何かあったか、とか知りたいんだよ。
と返すと、ぽかんとして首を傾げていた。
「何か…?」
「ほら、最近夢見が良くなくて保健室にも通ってたみたいだしさ。気になった事とかあるか?」
少しうーん、と考えたあと、鈴歌は「……そう言えば」と呟いてから、
「何か悩んでるみたいだったかも、変な手紙入れられたって」
変な手紙?
なんだそれ?と聞くと、鈴歌は詳しくはわからないらしい。
「わたしは中身見ちゃダメって見てないけど、こっそり見たミキちゃん達がスゴくキレてた」
手紙の内容が気になるが、録な内容じゃなかったことは想像がつく。
黙って聞いていたオレに何を思ったのか、鈴歌は急にはっとした表情を浮かべて慌てだした。
「も、もももしかして、……ラブレターだったのかな!!」
「キレる意味がわからない」
『違うでしょ』
オレとエリカがばっさりと言うと、鈴歌は苦笑を浮かべた。
「んー、じゃあ呪いの手紙?」
『は?バカじゃないの?』
主人に容赦のない物言いだなコイツ。
鈴歌は「えー、なんで!」って言ってたけどさ。
つかLINEを使う方が早いのに、今時手紙を使う意味がわかんねえよ。
そう思っていると、エリカの耳がぴんと立った。
『……騒がしいわね』
「エリカ?」
長い耳を立ててぴこぴこと動かしたぬいぐるみは、詳しい事は言わずに街の外れの方へ行こうとする。
「待ってエリカちゃん!」
『獲物の音がする。……先に行ってる!』
そのままエリカは宙を飛んでいく。その小さな背中を鈴歌が慌てて追いかけていく。
「おい、勝手に…」
こうなったら二人を追いかけるしかない。
うさぎを追いかける鈴歌、そして鈴歌を追いかけるオレ。…いや、なんだこれ。
鈴歌の足の早さについていくのがやっとだ。おかしい、いつもよりも上手く走れなくて少し焦りが浮かんでくる。
童話にこう言うのあったよな。
うさぎを追いかけるアリス……というより、おむすびころりんのお爺さんの方がしっくりくる様な気がする。
ああ、そういや夢の中なんだったなと、ふと考える。
何時かの記憶が浮かびあがる。
頭の中にリフレインする、昔の……。
“お前が……をこんな風にしたんだ!”
“……ああそうね。あたしの事は憎めばいいわ。あんたがそれで……を果たせるなら”
“…絶対に、お前を殺してやる……!”
“……そ。期待しないで待っててやるわ”
記憶の底の自分が、赤いフードの少女を憎々しい表情で睨んでいる。
底意地の悪い笑みを浮かべる少女に、怨み言しか言えなかった自分がいた。
焦って、足掻いて、必死になっていた。
夜の空に沈む、沈む。
『主、その道の先に妙な気配がする!』
思考が逸れていたオレに、
「…了解、武装準備を頼む」
『承った。……夢祓具、
〈
及び、
くれぐれも…』
「わかってるよ!ーーこい、
直ぐ様、符を指と指の間で挟みこんで式神を召喚する。すると、青色の髪に紫色の目をした少年姿の小人が自分の側に現れた。
小さな相棒は、元気よくオレを先導しながら宙を飛ぶ。
『主、すぐそこだ!』
鈴歌達の姿が見えてきた。
エリカが人の姿になって武器を構えているようだ。
程なくして到着すると、そこには真っ黒い狐の形をした影が人を襲おうとしていた。
その人は、刀を構えて魔物を睨みつけていた。
『大人しく狩られなさい!』
真っ赤なフードを被ったエリカはゴツい猟銃を構えると、朱く燃える弾丸を狐の体に打ち込んだ。
ギャア、と獣が悲鳴を上げてエリカの方を向く。刀を構えた人はこっちを向いた気がする。
オレはエリカの攻撃の隙をついて間合いを詰めるために駆け出していた。
狭霧を刀の姿に変え、それを握りしめて
「ーー無意識の悪意よ、この夢から去れ!」
呪文を呟きながら、刀を振り抜く。
怯んだ魔物の腹を一閃。
瞬間、切り裂かれた腹から黒い塵が零れ、あっという間に霧散していく。
『ちょっと!何あたしの獲物をとってるのよ!』
「うるさい、祓うのはこっちの専売特許なんだよ!」
『空気を読めっつってるの!』
祓った魔物そっちのけでぎゃーぎゃー言い始めるエリカから顔を背けると、此方を凝視している人と目があった。
ああ、襲われそうになっていた人か。
「……すまない。助かった…」
あ、と声が出そうになって飲み込んだ。
その人の顔立ちがあまりにも似ていた。
…… よく知っていた顔、
………
………………。
光で作られた画面を二つ三つ確認をしながら、これまた光で作られたキーボードを前足を使ってかたかたと動かし続けるのは、刹那の式神の壱狼。
子犬の姿の彼が器用にパソコンみたいなものを操作している姿は、結構シュールである。
『よし、夢の主の体調、及び精神の異常は無し。
ご主人及び鈴歌様の波長も問題無し。
……後は、おや?』
はたして、キョロキョロと辺りを見回すと、ハイネと弘樹はいつの間にか眠りこけていた。
そこにメイド姿の小さな精霊、ウルディがやって来た。
『我が主と弘樹様はお休みすると言って仮眠を取られています。…起こしますか?』
『…いや、いいよ。それよりも…』
そろそろ深夜という時間帯で、窓を叩くような雨が降り出している。
『これは、雷も鳴りそうですね』
『大きい音がするのは勘弁したいですな…おいら、苦手なんだ』
『否、わたくしはとても大好きですよ』
『おお、なんと豪胆なお嬢さん』
『ふふふ。だってあの音、竜が啼いているようじゃないですか。とても懐かしくて』
壱狼は驚いたように冷や汗をかいているが、ウルディは穏やかに微笑んでいた。
冗談にしても洒落にならないのでは?と、言いたげな表情を作る子犬に、彼女は少し間を置いて口を開いた。
『……冗談ですよ。お仕事の邪魔をしてしまいましたよね』
『だ、大丈夫さ』
…ええと、ご主人達は…と、と呟きながら壱狼は再び空中に浮かぶ光の画面を見つめていた。
ウルディはすっと窓を見つめると、事務的に唇を動かした。
その声色に、一切の感情は消えていた。
『……是。現在の天候は雨。近隣に異常無し』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます