白狐の見せる夢
それは小学生の頃の記憶。
窓を開けていると、甘くていい香りがした。それが気になった私は、ママに聞いたことがある。
ママは「それはキンモクセイよ」と教えてくれた。
お隣のお家もそろそろ咲くはずよ、と。
その話を聞いた私は、お隣のお庭が気になっていた。ママが家事をしている時にこっそり外に出てお隣の庭を覗いてみるのとにしたのだ。
すると、大きな木に小さなオレンジ色の花が咲いていた。
「お花が好きなの?」
唐突に背中から声がした。
思わずびっくりして、後ろを振り向くと
「……だれ?」
自分よりも年上のお兄さんが、背中に大きな道具を背負って立っていた。
「僕はここの家に住んでるんだよ」
うちは、お母さんが色んな花を植えてるから色んな花が咲いてるよ、とその男の子が続ける。
私は何て言えばいいかわからず、ぽかんとしていた。
「え、えっと」
「あのね、ここにいると車が通るから危ないよ」
「わ、私、隣の家に住んでるの」
「……そうなの?」
あれ、いたっけ?って顔をされる。
私もこの家に来たのはつい最近だった。
「今のママとパパと住むようになったの、最近だから」
と言ったら、少年は「そっか」と言ったまま。
私も何を言えばいいか分からず、少しの間沈黙が続いた。
それから少年は、何かを思い出したのかちょっと待っててといって家の方に入っていってしまった。
戻ってくると、その手にキンモクセイの枝が握られてた。
「はい。よかったら」
「え、でも」
「それ、今朝引っ掛けて折れちゃったやつなんだけど」
私はそれを「ありがとう」と言って受け取った。嬉しくて、少し胸が温かくなったような気がした。
それから私は、この男の子とよく遊ぶようになっていって、それは私が中学に上がるまで続いたのだった。
………
………………。
「わあ、お屋敷だ…」
「そうだろ?この屋敷には村の長を務める一族が住んでるんだ」
オレ達は魔物に襲われていた村人を助けた。
その人は
そんなオレ達は、青年に連れられて村一番の屋敷の玄関口に来ていた。
「その一族は、貴族か武士の一族なのか?」
「武士様だぜ。それに、代々不思議な力であやかしから村人達を守って下さるんだ」
「…ほへぇ」
青年に、命の恩人のオレたちをただで帰すわけにはいかない、お礼をしたいと言われてしまい……案内されたのが、このお屋敷だった。
ここに来たかったし手間が省けた訳だが。
のほほんと隣を歩く鈴歌に、小声で訊ねた。
「鈴歌、目的忘れてないよな」
「もち。『主役』の
…まあまあ、合ってる。
二人でひそひそと話をしていると、ヒロがどうかした?と声を掛けてきた。
「あのさ、お屋敷にはお姫様がいるんだよな」
「ああ。そうだよ」
「わたし達、その人に会ってみたいんです!」
ヒロが、へ?とびっくりした様な顔になった。オレ達は、慌てて言い訳を捲し立てる。
「村の人達に聞いたんだ。近いうちに結婚するんだよね」
「お姫様の輿入れが行われるって聞いてさ。村の人達がすごく喜んでいたから、興味が沸いて…な、鈴歌!」
「うん、そうだよ!」
「ああ……知ってたのか!」
ヒロは納得したように、にこっと笑った。
やっぱり千草先輩に似た爽やかフェイスだな、なんて思う。
「姫様か。今の時間は自室にいる筈だから…行ってみるか」
「いいの?」
「その姫様が俺の仕える主人なんだ」
思わず鈴歌と顔を見合わせた。『主役』とご対面出来るかもしれない。
ヒロに聞こえない様に声を潜めた鈴歌が
「お姫様って、やっぱり茉莉ちゃんそっくりなのかなあ」
「そうかも。でも気をつけろよ。似てても本人の意識そのままじゃないんだからな」
「そうだよね。気をつけなくっちゃ」
夢の中はあくまでも……出てくる人全員が本人の分身の様なもの。いま、オレたちの前を歩くヒロも
その彼が『主役』に近しい所にいるのは……
先輩が彼女にとても信頼されているのがわかるな。
屋敷の大きな門が開く。観音開きをされた門をくぐって屋敷の中に入ると、和服のメイドさんの様な服装の人達と、ヒロの様な着物を来た人々が忙しなく働いていた。
とても忙しそうだ…つーか、服装が和洋折衷だった。……いや、これ夢だったな。
三角の頭の中では、女中とメイドがごっちゃになってるのかもしれない。
「悪いな、屋敷の使用人達は今、余裕がないくらい忙しいんだよ」
屋敷の中を歩きながらヒロがオレらに話してくれる。余裕ないから部外者が一人二人増えても平気、だと言っている。
…ピリピリしてるって村人達言ってなかったか?
「本当に大丈夫なのか…?」
「大丈夫、二人は俺の客人ですと言って通すさ」
それから長い廊下を歩いて、やがて大きな部屋の前に着いた。ヒロが襖の側に、オレと鈴歌はその後ろにいる。
「只今戻りました、
すみません、連れがいるのですが」
「構いません。入って」
ヒロが襖を開く。広い部屋になっていた。
部屋の中に入ると、部屋の奥にピンと綺麗に伸びた背中が目に入った。その人は此方に振り向くと、
「お客人、まずは座って下さい」
と言った。
畳の上に人数分の座布団が置かれている。
凄いな、不思議と実家の様な安心感がある。
オレは座布団の上に正座して座った。鈴歌はぴしっと正座をして座っている。
畏まり過ぎると疲れるぞ…。エリカはぬいぐるみの姿で鈴歌の膝に乗っていた。
落ち着いてから、祭姫と呼ばれた少女を見る。黒く長い髪に深い緑色をした目。歴史の教科書でよく見るような昔の貴族の女性に似た姿をしていた。
日本人形の姿と言った方が分かりやすいか。
顔付きはやはり、三角に似ていた。
真っ白い顔の目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。
……彼女の深層心理が表れているのだろうか。
「姫様、俺は村の外れであやかしに襲われそうになっていました。
ですが、この者達に命を救われました」
ヒロが祭姫に報告をしている。
オレは小さな声で壱狼に小さく訊ねる。
「どうだ壱、彼女は『主役』か?」
『……解析完了。
間違いありません。彼女はこの夢の『主役』です』
「了解」
とりあえず、第一段階はクリアと。
ヒロと祭姫は、話を続けていた。
「討伐依頼が出ていたあやかしですね?」
「ええ。ですから、その報酬は彼らに」
祭姫はオレたちの顔を見て、瞬きをして驚いていた。
「まあ…そこの少女はまだ子供ではないですか」
「驚くのも無理はありません」
ですが、彼らは…と話を続けようとするヒロ。
それを祭姫の方から「いえ、説明は結構です」と止めた。
「それよりも、あなた方…」
まだ年若い姫の目線がオレに向けられる。深い緑色の奥に、宵闇に似た紫色の光を見た。
「何でしょうか、…あの」
「その目の色、それにあやかしを倒す力…それに旅人であることを考えると、
初めから信用されると思ってないが、目の色を言われると思ってなかった。
「……異端者!?」
それにどうして、三角の夢にそんな言葉が出てくるんだ?
驚くオレ達に対して、ヒロは顔付きを固くしていた。
「…ヒロ。おやめなさい」
「はい、姫様」
祭姫は、すうっと鈴歌の方へ視線を向けた。
「そこの面妖な人形も、化けているのでしょう」
ずっと大人しくしていたエリカは、鈴歌の膝からスッと立ち上がる。
ピンク色のぬいぐるみは、赤いフード付きケープを纏った少女の姿に変わった。
「……ハロー、お姫様。よくわかったわね」
「ええ。そうですね。
表情は崩さぬまま、彼女は事も無げに言い放つ。
オレたちの頭の中で?が浮かんでいる。
「姫様…それは」
「
そして、オレとエリカを交互に見た。
日本人の目の色は殆んどが茶系、ごく稀に灰色や緑色の人もいるが…彼らは遠い先祖に異国の血が入っているから。
協調性を大事にするこの国では、他人と違うことで迫害の対象になりやすい。
「あなた方もそうでしょう。黒や茶色とは違う色をしているわ。それを持つものは、あやかしか…彼らの様に人ならざる力を持つものです」
と、彼女が言う。
異端者…って言うのは、オレ達が異能力者と呼ばれる前に言われていた蔑称の事だ。……見た目が他の人と違うから、変な能力をもっているから、そんな理由で畏怖の対象になっていた。
現代はたまにハーフやクォーターの人もいるし、そこまで珍しがられることはないが…。
改めて言われて、驚いていた。
「確かにオレの目の紫色は能力の影響ですね」
……あの時、三角は白檀の力に影響されていたからオウマガトキに迷いこんだと思っていた。
けれど、そもそも魔物に魅入られる人間には、元々素養がある人間が狙われる場合が多い。
何故かといえば、普通の人よりも異界との親和性が高いから。
もし、彼女にもオレ達の様に何かしらの素養があったとしたら…。
『…それで?』
エリカが不遜な顔つきで祭姫に問い掛ける。
『わざわざ
「……!?」
虚をつかれたように驚いている祭姫。
おい、あまり『主役』を刺激するな…と止めようとしていたオレ
だが、鈴歌がおもむろに立ち上がった。
「……祭姫、あのね!」
「な、何ですか?」
祭姫が思わずぎょっとしている。オレもびっくりして鈴歌の方を見た。
鈴歌は、そわそわして落ち着かないようにしていたが、思いきったように口を開いた。
「異端とかそうじゃないとか、関係ない。
あのね、さっきから辛そうな顔をしてるよ」
「……そんなことは」
「してるの!……だからわたし達に何か困ってる事があるなら言ってみてよ」
驚きながらも、「ですが」「…貴女方には…」と言い淀んでいる彼女に、鈴歌が「あのね」と一呼吸置いてから言葉を続けた。
「わ…わたし達は、何言われても笑わないし、冗談だって思わないよ。
祭姫は優しい人だと思うから」
だから頼りないかもしれないけど、何かあったら話してほしい、と鈴歌は言った。
言った後に、オレとエリカ、ヒロの呆気に取られた顔を見て我に返ったようだった。
「あ、えと……ご、めんなさい」
「……貴女。初対面の人に、無遠慮な方ですね」
しゅんとなって小さくなって座る鈴歌に、祭姫は目を閉じて「解りました」と呟いた。
ヒロはまだ動揺しながら祭姫に訊ねている。
「姫様。よろしいのですか?」
「…そうね、初対面の方ですもの。恥も性分も関係ないですね」
少し、
「もちろんだよ」
鈴歌の返事を聞いた祭姫は穏やかな顔つきになり、ため息を一つ吐き出した。
それからぽつぽつと話し始めた。
ーー始まりは、私の婚姻相手が決まり、嫁ぐ日取りが決まった頃でした。
私ね、何年か前に友達になった狐の子がいたの。金色の毛に、金色の綺麗な目の可愛い子でした。
いつも山の麓で会って遊んでいたのだけど、ぱったりと来なくなってしまった。
それから何日か経って、その子と思われる狐が町の外れで亡くなっていました。
それを見つけて、寂しくなっていた。
ですが時間が経って、嫁入りの準備が進んでいく内に、その気持ちが癒えていったの。
そうしたら、ある日の夜の事。
私の部屋の前に、人影が見えたのです。
それは、人ではない瞳の色をした者でした。
銀色の髪に、金色の目をした
けれど、綺麗な姿の青年でした。
私は、それが恐ろしかった。
似ても似つかないのに、あの子を思い出して。
まるで、私に訴えているようで。
寂しかった、怖かった、寒かった、と
遠くへ行くと知ったあの子が、
私と一緒にいるために
私の命を奪いに来たようで、
その人影はそれから毎日来るのですが、この部屋には入らずに佇んでいるだけでした。
ですから、私も知らない振りをして目を閉じて過ごしていました。
「……ですが」
そう話を切った祭姫は、すっと立ち上がると、部屋の奥へ行った。
それからすぐに戻って来ると、オレたちの前に一枚の紙切れを出して目の前に置いた。
何か書かれているが、昔の言葉で書いてあって読めない。
夢の中補正、何でもありじゃないんだよな。
「すまん、壱。解析してくれ」
それにやや呆れたような声音で、壱が返事を返してきた
『はいはい。……解析完了。
【次の満月の夜、お逢いしたく存じます…
お逢い下さらないのであれば…
その命を奪ってでも】』
文面は思ったよりも丁寧だ…と思ったら、やっぱり恐ろしかった。
「ありがとう、壱」
「…あ、これ読んだことある。ヤンデレだ!」
『あんた、また懲りずに異世界物の漫画読んでるわね』
エリカが呆れているのを、鈴歌は「面白いのに!」と言って口を尖らせていた。
祭姫は「そして」と躊躇うように続けて
「今日の夜が…満月の日なのです」
と固い声音で告げた。
彼女の顔は、ただただ強張っていた。
「
「…姫様。それはお家の為ですね」
「ええ。
昔の価値観は今とは違う。昔の日本の貴族や武士の女の人は、家の為の政略結婚は普通だったんだよな。
分かってたけど、オレたちにはわからない感覚で戸惑う。
「…どうされました?」
いや、別に気にしないでくれ。と返したオレは、確認がてら彼女に話を返した。
「祭姫は異端者だと言ってたな、その力で祓うことは出来ないのか?」
「
「そっか。ならオレたちが、その狐の影から祭姫を守ればいいんだよな?」
「本当に宜しいのですか?」
祭姫はやっぱり旅の者に任せるのは気が引けるのか、見ず知らずのあなた方にそんなことをさせる訳には…と言っていたが、
最終的に鈴歌が強引に祭姫を頷かせていた。
……どうやら、祭姫(というよりは三角)は不器用で、他人に頼ることが苦手な性格なんだろうな。
あんだけ遠回しに言っておいてこれだ、とことん不器用なのだろう。
「お、お願いします…あの、本当に…」
「今更遠慮しなくていいんだよ」
…いっそ鈴歌の強引さを少し分けてやれば、いいんじゃないか?
それから、祭姫達と夜に向けて作戦会議をした。
ヒロには引き続き協力をしてもらうことになった。ここで話を聞いてしまったからには引き下がれないってさ。
…ま、本物の千草先輩もそう言うだろうなあ、と思う。
「あそこの裏はよく見渡せます」
『あたし、狐を叩く役がしたいわ!』
「…それだと祭姫に負担が…」
「だったらさ…こうするとか」
何だかんだと話している内に、すっかり日が暮れて夜になった。
「……雲に隠れてますね」
「お月様?」
本来なら満月であるが、空は段々と雲に覆われて来ていた。
そんな空模様を見ながら、祭姫と鈴歌が話していた。
そこから少し離れた所で、これからの作戦を頭の中で擦り合わせていると、ピンクのぬいぐるみがふわふわと浮いて話しかけて来た。
『どうでもいいんだけどさ、あんた忘れてない?』
「何が?」
『このまま悪夢を変えても、夢の主が目覚める訳じゃないでしょ。
これはあの狐が彼女に掛けたものよ』
「だから、いいんだよこれで」
エリカは、はあっ?と小馬鹿にした様な表情を作って固まっている。
…仕方ない。「あのな」と言って、エリカに説明することにした。
「この夢はループしている。毎回同じ展開で終わるんだよ」
『……そう、お姫様はあの狐に捕まってしまうのよね』
「でも、その後の続きはまだ無いんだ」
『勿体ぶるわね、あんた』
さっさと言いなさいよ、と言いたげなコイツに、オレは頭を振った。
「バカうさぎは余計な事を考えんな。作戦通りに動けばいい」
意地悪とかじゃない。
コイツは、頭で考えるよりも体を動かしてくれた方がいいと思ったからだ。
……というか、コイツが此方の思った通りに動くことは少ないからだ。
『……あそ。でもいいのかしら。
あたし、この子の事は思い入れもないし、いっそ食い散らかしてもいいのよね』
「その前にオレはお前を殺す」
オレが反射的に返したそれは、純粋な殺気と怒気が籠った声音になっていた。
ポップなぬいぐるみの顔が崩れそうなくらい、ぎょっとしていた。
『ほんっと、手厳しいわねあんた。
……しないわよ、鈴歌の大事なお友達だものね』
「ならいい」
『…精々、あんたに殺されないようにするわよ。折角、鈴歌に拾われた命だし』
エリカは心底つまらないものを見たかのように、鈴歌の方へ去っていく。
オレは、その後ろ姿を見送りながら、ぼそっと口にしていた
「……魔物のくせに。いつか必ず殺してやる」
『おい、主。言い過ぎだ』
目の前に、紫色の光が見つめ返していた。
「なんだよ」
『そんなんだから、エリカ殿にからかわれるんだぜ?少しは余裕を持てよ』
「…余裕なんて、無いよ」
どんなに取り繕っていたって。
あいつも……今は協力していたとしても、魔物は敵だ。
……鈴歌をあんな風にしたのも、
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