幼馴染だけど全然違う
「……で、三角さんが心配だって?」
柏木さんはいつも突発的だよねぇ…と鈴歌のクラス担任の
先生は20代後半くらいの男性。
見た目は整った顔をしているが、周りに押され気味で眉尻下がりっぱなしの性格をしてる。生徒からは度々「先生大丈夫?」とよく言われてる。
後は大きめの眼鏡かけてるのもそれに拍車かけてるみたいで、女子にはからかわれてる事が多い、と友達の田中から聞いた。
「先生だって、クラスの生徒が救急車で運ばれたら心配だよね?!」
「そりゃあ。急だったからね、
あれから1日経っていた。
三角
あれから周りの生徒達に詳しい話を聞く事が出来た。
彼女は園芸部員で、体育館裏の花壇の世話をしている最中だったそうだ。そこに上から降ってきたサッカーボールがぶつかったらしい。
その近くには、彼女がお世話をしていた花の鉢植えが砕けた状態だった。
けれど不審な点も多い。
確かにその日サッカー部は活動していたし、サッカーボールを飛ばしてしまったらしいが、彼女がボールにぶつかる瞬間を目撃した人はいない事と、物音に驚いて出てきたバスケ部の女子達の話によれば、サッカーボールの側には黒い動物みたいなものの姿が見えたそうだ。
「でも三角さんの保護者も大した怪我じゃなくて安心したって言ってるし…いたっ、叩かないでもらえるかい?」
「こら鈴歌、先生にそんなことすんな」
「刹那くん?!」
鈴歌に止めるなという顔をされたが、駄目に決まってるだろ。
先生に大丈夫ですかと訊くと、にこにこしながら大丈夫だよと朗らかに笑っている。
目上の人を叩く鈴歌もアレだし、先生もちょっと怒っていいんですよと刹那は思った。
鈴歌には三角が悪夢の持ち主かもしれないと話している。だから、昨日の今日でまだ荒ぶっているんだと思うが。
オレたちが尾方先生の所に来たのは、別の理由がある。
「実は三角のこれ、ただの事故じゃないかもしれないんです」
「どういうことだい?」
「影の仕業の可能性があるんだ」
先生の顔が神妙な顔付きに変わった。オレ達を見ると、静かに椅子から立つ。
「二人とも、こっちで話そう」
先生は大きめなメガネが光を反射して表情が読めなかった。オレ達二人を職員室から連れ出すと、黙ったまま廊下を歩いて保健室までやって来た。
「保健室?」
「普通の人がいるところでこの話をするわけにはいかないんだよ、柏木さん」
それはそうですがね。
具合が悪くて寝てる人もいるんじゃないっすかね。
保健室のドアを開けると、尾方先生はその部屋の主に声を掛ける。
「喜多先生、進路相談を受けたのですが」
「珍しいですね尾方先生。それと高原くんに……はいはい」
保健教諭の喜多先生がこちらの見て、軽く頷いた。彼女は急な訪問者に顔色を変えずに胸に下げているペンダントを触った。その一瞬、部屋全体が光の幕に包まれた、が、その一瞬だけで保健室の中の見た目が変わったように見えない。
「…人払いの結界を張ってやったわよ。けど、手短にお願いしますよ」
濃い金色の髪を一つに纏めて緩い三つ編みにしており、白衣を着た女性…喜多亜矢子はこの学園で数少ない『地研』の活動を知る大人だ。
一見すると、真面目でクールといった印象をうける。
「先生、いつもありがとうごさいます」
「いいのよ末っ子くん。君の兄ちゃんズもよく知ってるからさ!」
中身はざっくばらんで気さく。仲良くなった生徒とは砕けた調子で話す悪癖がある。
刹那に対しては、刹那の兄達を思い出すらしく初めから砕けた感じで話してくれる。ありがたい話なのだが、少しびっくりする。
「うん、銀くんもこんな顔してたわ。あのしかめっ面が懐かしいわあ」
悪気、ないんだろうなあとは思う。
「ありがと、喜多ちゃん!」
「せんきゅーすずちゃん!」
鈴歌とは秒でこのノリである。この人ある意味すごい。
「話、始めていいかい?」
あ、ごめんなさいというと尾方先生は大丈夫だよと首を振った。
尾方先生は、見た目こそ頼りないが地域郷土研究部の顧問であり、この人自身も国家機関の退魔士。
雀宮学園には異能力者の子供達を集めて教育する側面があるそうで、異能力者の先生がいるのは珍しくないそうだ。
「さて、君たちにも話は来てると思うが、最近狐の影が多いのは知ってるね」
部長から聞きました。と返すと、うんと先生。
「狐は人を化かす。知っての通り、この学園には影が集まりやすい」
パワースポットなんだよね、と鈴歌が相槌を打つ。
「最近小さな悪戯が多発していてね。
三角さんも、その悪戯に巻き込まれてしまった可能性がある」
「うん。近くの子達も怯えてたし、なんか不自然だった」
「お前も怯えさせてたよな?」
「あう」
鈴歌は昨日の事を思い出して涙目になっていた。
オレは先生に、昨日の事件の不審な点を伝えた。すると先生は腕を組んで考えているようだった。
「…三角さんは、あれから意識を取り戻して自宅に帰ったそうだよ。……しかし、三角さんの様子が気になるな」
「ああ、三角さんね。最近寝不足だったみたいよ」
と言うのは喜多先生。
「寝不足?」
「そう。夢見がよくなかったようね。ただ、保健室で寝ると夢を見ないから安心するってここに来てたのよね」
ここは結界張ってあるからねと先生は続ける。
「結界?そんなのあるんですか」
「そうですよ。それが私の力。見えない壁を張って外部からの干渉を遮断できるのですよ」
「すると、三角は何らかの干渉を受けて夢見が悪くなり、事故にあった可能性があるって事?」
そうなるね…と尾方先生が眉を寄せた。
「あの、わたし茉莉ちゃんのお見舞いに行きたい!」
そんな鈴歌に、先生は
「うーん、…そうだね。友達の方がうれしいだろうね」
「いいんですか?」
「正直、あんなことがあった後で本人も学校に行きづらいと思うんだよ。それと、三角さんの状態把握もした方がいい」
それは高原に任せるよ、と先生。
尾方先生は、鈴歌の方を向くと
「柏木さんは、あとで先生に三角さんの様子を教えてね」
「らじゃー!」
「じゃ、お願いしますね」
三角さんのお家には連絡いれておくからね。と先生ににっこり微笑まれてしまった。
話が終わると保健室で解散になった。
「ただの使い走りじゃん…」
「いい口実になったね!」
「まあな……で、三角の家に行ったことあるのか」
「お邪魔したことあるよ!」
三角の家は、学校から歩いて15分くらい。閑静な住宅街の中にある一軒屋だそうだ。
学校の周りはマンションや商店街が広がっているけれど、それは駅に近い方面だけで、反対側に歩いていくと、こんなにも静かなんだなあと思ってしまう。
「あんまりこっち、来たことないね」
「んー、そうだな」
オレは先程立ち寄ったコンビニで買ったアイスクリームを食べている。
お見舞いに何か買っていこうって話になったオレ達は、あーだこーだと言いつつスポーツドリンクと食べやすいゼリーやおかしを買ったのだ。
鈴歌はアイスバーを持った男の子のイラストが書かれているパッケージを開けて、ソーダ味のアイスをしゃくしゃくと食べていた。
こんな感じの鈴歌だが、あまり身体が強くないので主治医からの食事制限がある。
買い食いは滅多にやらないし、言うと母さんにも怒られてしまいそうだが…
(たまにはいいって、医者のじいちゃん言ってたし…)
暗黙の了解で買い食いに関してお互い秘密にすることになってる。
「雨、降らなくてよかったよな」
「でも最近晴れないね」
「……そうだな」
雨は降ってないけれど、空はどんよりと曇ったまま。
暑くなるのもあまり好きじゃない。けれどくもり空を見てると、雨が降らないか心配になってしまう。
なんてたわいもない話をしながら歩いていると、三角の家が見えてきたらしい。
鈴歌が
「…あれ、あの人」
家に近付くと、その隣の家から見たことのある人が出てきた。
「千草先輩?!」
「え?…おまえ、高原か?」
隣の鈴歌があれ?と首をかしげた。
千草先輩は、オレの剣道部の先輩で三年生。持ち前の人当たりの良さといい人気質で学園では有名人になっている人だ。
で、オレは同じ剣術道場で習っていたので幼い頃からよく知っている兄ちゃんみたいな人だ。
「どうしてって、家の近くだし」
「そうなんですか」
この辺に住んでたんだな。
「今から道場に向かう所だったんだ。師範代が使っていいと言ってくれてさ」
なるほど。
因みに剣術道場はハイネ先輩のお父さんが開いていた道場なのだが、最近は先輩のお姉さんが師範代になってしまった。
そういえば、暫く行けてないんだよな。
「そうだ高原。師範代がたまには顔を出しなさいって言ってたぞ」
「師範代って…あの人容赦ないんだよな」
行けば稽古になるんだろうが、あの人とやると、いつの間にか対影用の模擬試合になるんだよな。こっちが能力者だと思ってるのか、阿呆みたいに能力使ってくるし。
あと、単純にめちゃくちゃ強くてオレは勝てた事がない。
ところで、とセンパイは鈴歌達に問いかけた
「二人はどこかに行く途中?」
「ああ、えーと。鈴歌の友達のお見舞いを」
「ちょうどその家なんです」
鈴歌が三角の家を指すと、千草先輩がえ?と声を出して驚いた。
「茉莉の友達だったのか」
「え。センパイ知ってるの?」
「彼女とは幼馴染なんだ、昔はよく遊んでたよ」
幼馴染の話をたまに聞いてたけど、そっか、三角のことだったんだな。
千草先輩は、ぽつりと「…そうか、お前達も」と呟く。
……も?
「いや、別に……何でもないよ」
鈴歌と顔を見合わせた。何か怪しいよね、と言いたそうな鈴歌にうんうんと頷く。
「センパイ、その手に持ってるもの何?」
「え?……これは、母さんが持っていけって、言って……鈴歌ちゃん…なんで笑ってるの」
先輩が持っていた紙袋には、美味しそうなものが沢山入っている。たい焼きにクッキー、それからプリン。
鈴歌が袋の中を見た途端に屈託なく笑った。
「んーん。これ全部茉莉ちゃんの好きな物だね。センパイはやっぱりスゴいね!」
「………えーと、うん。ありがとう」
あー、千草先輩が恥ずかしさと鈴歌の言動に振り回されてる。
「二人にお願いがあるんだ。悪いんだけど、これをあいつに渡してくれないか?」
先輩は下げていた紙袋を此方に手渡そうとした。先輩が若干、気恥ずかしそうなのは黙っていよう。
「……いいんですか?」
「何か、鈴歌ちゃんの前だと……何て言うか」
「なんで?」
鈴歌にこっちの言いたいことを先に言われそうだもんな。
先輩は三角の事が気掛かりなんだろうけど、行きづらいんだと思う。本当の気持ちはわからないが、何となく察したオレは、頷いた。
「あー、わかりました。伝えますね」
「それに俺は…ここ最近避けられてるようだったから。助かる」
「……そうですか」
千草先輩は、そのまま歩いていってしまった。オレたちに任せてくれたけど、心配なんだろうな。
「変なの。自分で渡せばいいのにね」
「先輩にも色々あんだろ。避けられてるって言ってたじゃん」
「ふむう。謎ですね……ここは名探偵の出番かな!」
「いらないから」
鈴歌の言動をばっさりいった後、インターホンを鳴らす。
少し後、インターホン越しから『はい?』と返事が返ってきた。
鈴歌は途端に嬉しそうな声になる。
「茉莉ちゃん!私だよ!鈴歌!……隣の無愛想なのは私の幼馴染!」
『え?…あ、先生が電話で言ってた』
「そうそう!お見舞い持ってきたんだ」
『少し待ってて』
声が終わった後、オレは
「三角が思ったより元気そうでよかったな」
「うん!」
安心していると、玄関のドアが開いた。
刹那達と同い年の少女、三角茉莉が現れた。暗緑色の長い髪をした頭には、包帯が巻かれている。
きっと、昨日の怪我のせいだろうか。
「入って」と彼女がオレたちを招く。
通されたのは、彼女の部屋だった。
「ママは買い物に行ってていないの」
「オレたちこそ、急に押し掛けて悪いな」
「気にしないで高原くん。鈴歌に付いてきたんでしょ」
わたしこそごめんね、大した怪我じゃないのにと三角が言うので、「別にいい」と返す。
「えー、刹那の事は気にしなくていいんだよ」
はいこれ、と鈴歌が持ってきたビニール袋を差し出した。二人で買ってきたやつだ。
それから、とセンパイから預かった物を三角に渡す。
「あと、これ預かってきたんだ」
「え?…わあ、たい焼き?」
千草センパイからだよ、と鈴歌が伝えると、三角が驚いたような顔つきになった。
「さっきそこで先輩に会ったんだ」
「渡してほしいって。それより、幼馴染だったの初めて聞いたよ!」
「あはは。ばれちゃったね」
どうして隠してたの?と鈴歌が訊ねると
「遊んでたのは本当に幼い頃で、中学に上がる時はお互い疎遠になってたの。まさか人気者になってると思ってなくてさ、高校に入ってびっくりしちゃった」
今更言い出すのもどうかなって、と三角が呟いた。わかる、タイミングを逃して言い出せなくなっちゃうやつな。
「うん、あるある」
「そうなの?ふむう…」
そこで何で腕を組み始めるんだよ鈴歌。
「……お返ししてないのに。昔と変わってないなあ」
「茉莉ちゃん嬉しそう。そんなにたい焼き好きなの?」
鈴歌の言葉に、三角が大袈裟に驚いていた。
…ん?
「そ、そう!えっと、こんなに食べきれないから飲み物取ってくるね、待ってて!」
爆発しそうな顔してたぞ……三角。
……ああ、つまりそういうことですか。
「茉莉ちゃん、やっぱり具合良くないのかな。顔まっかだったね」
「……え、気付いてないのか?!」
「ほわっ?」
こいつにはまだ早いみたいだな。
窓から見える空は曇り空だというのに、雲の隙間から漏れる日差しは、オレンジ色。
お茶をいれてくると言って三角が出ていってから少し経った。
「おい、少し遅くないか?」
「何か変な感じがする」
影とオレンジの色に二極化する世界、オウマガトキに入り込んでしまっていた。
これはちょっとまずい。
普通の人間にはオウマガトキを認知できない。三角からすれば、いつの間にか彼らが消えてしまったように思うだろう。
が、それよりも
「早く戻らないと茉莉ちゃんに怪しまれるね」
「それもだけど、もっとまずいパターンがあるだろ。三角が魔物にこっちに引っ張りこまれてる場合」
「あ」
「あ」じゃない。
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