一章
学校に潜む非日常
教室の窓越しに外を見ると、グラウンドの遥か上は白い雲が空にどっかりと寄りかかっている。
教室の中はがやがやと騒がしい。クラスメイト達は友達と楽しそうに喋っていたり、他のクラスの奴の所に行ったり、休み時間を自由に過ごしていた。
いつもの変わらない休み時間だな、と刹那こと…オレは思いながら自分の席で次の授業の準備をしていると、後ろの席から声が掛かった。
「高原ー!予習やったか?」
「あ?……一応な」
友達の一人の村田だ。
後ろを向いてからいつものように軽く返すと、続けて「見せてくれ!俺!今日当たる日なんだよ」とパンっと手を合わせて頼んできた。
ちょっとめんどくさかったし、つーか自業自得じゃん。と言おうかと思っていたら、村田にはそんな気持ちがお見通しだったのか、持っていた紙袋を見せてきた。白い紙に『1-2 村田』の文字。よく見慣れた購買の袋だった、こいつ予約してきたんだな、と考える。
「もちろん、ただでとは言わない」
購買の袋からパンを取り出して、オレに渡してきた。それは
「…焼きそばコロッケパンじゃん!」
学園の購買で幻のパン、焼きそばコロッケパンだ。コッペパンの中に焼きそばとコロッケが半分ずつ挟んであるお惣菜パン。とてもシンプルなのに、すごく美味しい。
何故幻のパンかというと、幻のパンは購買のおばちゃんのその日の気まぐれで作るからだ。
因みに幻のパンは他に、シチューパンとフルーツサンドパンがあるとかないとか。
「マジ?……仕方ないな」
「よっしゃあ!」
パンを受けとる代わりにノートを渡す。
村田はノートを開くと『うおー』とか言いながらメモし始めた。こいつは根っからの体育会系でラグビー少年だが、勉強の方は苦手だそうだ。たまに予習したノートを見せているうちに仲良くなった。
村田は相変わらず暑苦しいなあと思っていると、見知った顔の奴らが二人近付いてきた。
明るそうな方が市島、冷たそうな方が田中だ。
「おっす村田。また高原に見せてもらってるの?」
「バカな奴だな、どうして勉強してこない」
「うっせえ!スマホいじってて気づいたら朝だったんだよ」
「寝落ちなー。ゲーム?」
「イベント今日までだったからオート周回してた」
「あー、わかる。おれもよくやる」
「市島ー!」
やって来た市島と村田がお互いの手を握り合わせて仲良くなっていた……と思ったら、それから何故か腕相撲を始めていた。
こいつらのノリ、なんなんだよ。ついていけなくなったので田中を見ると、相手は呆れ返っていた。
「お前らなあ。…どうした田中」
「まったく。理由がくだらないな」
「それな」
あくびを噛み殺しながら、こいつらはあれは知らなさそうだなと思う。
それから程なくしてチャイムが鳴り、教室に先生がやってくる。
また退屈な授業が始まった。
ここ最近、夢見が悪くて少し寝不足だった。今日の朝も早く目が覚めたので、たまたま予習をやってしまっただけだ。
オレは同じ夢を繰り返し見ていた……いや、見せられていた。退屈な授業を聞きながらその夢を思い出してみる。
ーー迎えに行きます、あなたをーー
(なんつーか……またシュミの悪い夢だな……)
夢には時にそれが夢だと知覚出来る事がある。それは明晰夢と言われる。自分も夢を見ている時、たまにそんな感覚になることがある。だが、これはまた事情が違っていた。
夢の出来事が自分を置いてけぼりにして進んでいく。自分はそこにいるのに、自分が他人の夢を見せられているという感覚だ。
簡単にいえば、映画を見ている時に近い。違いを出すなら、バーチャルリアリティの様に入り込めるが、触れることも認識されることもないことだろうか。
そこは和風な建物の中だ。寝所に和服の少女が寝ている。そこに外からの侵入者が入ってきた。
見た目は小綺麗な、金髪金眼に白い肌の和服を着た男。コスプレした外国人かと最初は思っていた。
そいつはゆっくりと少女に近づいていって、彼女の手を掴む。
初めに見た夢は、その男が遠くから彼女に語りかけるだけだった。しかし毎夜繰り返していくうち、少しずつ二人の距離が近づいているのだ。
(オレは何を見せられてるんだか、って思ってた)
一応思春期の男子だから、いちゃついている人達がいればそれなりにからかいたくなるし、勝手にやってろと思う事もある。けれどこの夢を数日見ていたら、奇妙な違和感に気がついた。
少女は好意的な男の視線に対して、明らかに彼女は怯えている。
(…夢見てるのは女の子の方だろ、だから余計に違和感がある)
男から一方的に迫ってるということ。
少女を通してその鮮烈な恐怖が伝わってきた。少女の夢の叫び、そう言ったらいいのか。
それに何故、毎日少しずつ進む夢なのだろう。続きからでもなく、はじまりから…。
『主!あの男なんかヤベェ』
いつの間にかオレの頭の上に、真っ白い柴犬の子犬が乗っかっていた。夢の中では重さがわからないせいかもしれない。
この白い毛玉の様な動物は刹那の式神の一体、
もふもふの手を使ってオレの頭をたしたしと叩いている姿は、本物の犬みたいだ。
どの辺が?と壱狼に訊くと
『あの男、獣臭いんだ。巧妙に隠しているようだが…我らとは違うな』
お前もいま犬の姿だよな?
と言いたかったけど我慢して、その代わりに「やっぱりこの夢は」と訊ねると
『ああ。これは誰かの心が溢したラプラスの泡。……声なき人々のSOSってこったな』
人々の夢や感情は人間の無意識が集まる空間〈ラプラス〉に漂っていると言われている。
たまに、抱えきれない程の感情がぽろりと溢れると、それは泡となり水面に浮かび上がろうとする。無意識から溢れる悪夢、ラプラスの泡として。
只の悪夢なら、本人が原因を解決すればいつか見なくなる。けれど影が関連していたら話は別。
オレの家…高原家は神社であり先祖代々神職を務めながら、人知れず悪夢を祓う事を家業にしてきた。
『恐らく人の姿になれる力を持った魔物が、この少女に夢を見せている』
じゃあ、先ずはこの人を特定しなくちゃな。と白い子犬に返すと、ワンと返事した。
夢に関する力のせいか、助けを求める人の悪夢が見えてしまう。ごくたまにだが。
たまに気持ち悪い夢を見てしまったりするが、強い悪夢と対峙することで結果的に強くなれるのなら、悪くはない。
それに、夢でもそれが怖いから、
(……手遅れになる前にやらなくちゃ、だよな)
『そうさな、主』
それからオレは、学校の合間にそれらしい人がいないか探してみた。自分の見る夢の範囲は、知り合いか自分が現実で活動する範囲の人達に限られるからだ。
夢の中で犬の姿になる壱狼は、ラプラスの泡の放つ感情の波長を『匂い』として記憶している。
優れた嗅覚を使ってあの夢に残っていた獣の匂いを探そうという訳で、壱狼を日中から召喚している。普通の人には見えないが、実は朝から刹那の頭の上に乗っかっている。もっふもふである。
鈴歌にも夢の中の話をすることにした。後から話すとめんどくさいことになるのだ。
「刹那にしては乙女チックな夢だね」
「オレの夢じゃないんだよ、誰かの夢だっての」
「分かってるもん。刹那くんは女の子じゃないもんね。わたし一回見てみたいなあ」
「そう言うもん?」
「好きな人が出てきたらうれしいよね。わたしまだいないけど」
「…鈴歌には早いんじゃね?見た目だってまだ子供だし」
「む。同い年なのに!」
鈴歌がむくれてしまった。こいつは見た目も中身も子供っぽい。
壱狼が頭の上からため息を吐いていた。何か言いたそうだな、こいつ。それから、頭から降りてくると、鈴歌の膝元にやって来た。
『鈴歌様、おいらをモフるか?』
「……うん。ふわふわ~。肉球ぷにぷにだあ」
『だろうだろう!この前、主の母上がトリミングに連れていってくれたのさ!』
完全に犬なのでは…?
心の中でセルフツッコミした。
壱狼の表情が分かりやすく、どやーっ!としている。こいつを見てると、本物の犬も表情豊かなんだろうかと考えてしまう。
『ところで主、今日は剣道部に行かないのか?』
「いや、地研の部室に寄ってから。部長にも聞いてみようと思って」
地研の他に剣道部を掛け持ちしている。といってもメインは地研の方で、週一でやってくる講師の先生が来る時だけ剣道部に顔を出している程度なので、感覚的には部員(仮)みたいな扱いだ。
「このままじゃ夢見が悪いんだよ。あの夢を視たままにしておけない」
「…本音は戦いたいだけだよね」
まあね、一石二鳥じゃん!と答えると、鈴歌に変な顔をされた気がする。
それから、地研の部室へ二人と一匹でやって来た。中に入ると、相楽先輩……こと相楽航星が座っていた。
「センパイ!」
先輩は、椅子に座ってパソコンをカタカタと動かしていた。少し癖のある暗灰色の髪を短めにしている。眼鏡の奥から見えるのはセピア色の瞳。
鈴歌が声を掛けると、先輩はオレ達の方に振り向いた。
「ん?柏木と…高原?たしか剣道部の方に出るとか言ってなかった?」
「気になる事があるんで立ち寄ったんですよ。……部長は?」
と訊ねる。
すると相楽先輩は苦虫を潰したような顔をした。
「会長の奴から呼び出しだ。たく、あのスカした面気に食わねえ…」
けっ、と舌打ちをして悪そうな顔付きを形づくる。会長とは生徒会長の事なんだなと思う。
会長の事を毛嫌いしている相楽先輩は、会長の話になるとガラが悪くなる。普段は大人しくてきっちりしてる人なんだけどな。
鈴歌は、そんな先輩に壱狼を両手に抱えてぱたぱたと近寄った。
「航星センパイ、言葉づかい荒れてるや。……この子モフる?」
『わふっ?!』
壱狼が驚いてるみたいだ。
先輩はもふもふの生き物にぎょっとして、鈴歌が抱えてる壱狼の首根っこをつかんだ。
椅子から立ち上がると、部室の窓の方へ行こうとする。
「お前達、どこで拾ってきたんだ?」
外に捨てられそうな勢いだ。そいつは野生の動物じゃないです!
「オレの式神です!窓から捨てないで」
『たすけてー!』
壱狼を窓の方へ持っていく先輩に駆け寄って慌てて止めに入る。オレの元に戻ってきた壱狼がちょっとかわいそうだったので頭を撫でてやる。なんか、ごめんな。
「悪い、てっきり拾ったのかと」
こちらこそ紛らわしくてすみません、と謝った。こっちも先に言えばよかった。
鈴歌もごめん、と口にした。
「センパイがトゲトゲしてるから、もふもふで落ち着いてほしいなと思ったの」
「ちびっこに気を使われたか。お前たちには関係ない。僕個人のも……」
あ、やべっ。
鈴歌がちび呼ばわりされたのに反応して、分かりやすく変な顔になってる。オレは「先輩」と小声で声を掛けた。
「ちびっこ言うのやめてやってくれますか。……鈴歌がまたむくれるので」
「は?……気にしてたのか?」
はい。むっちゃ気にしてます。
苦笑混じりでそう言うと、先輩は可笑しいのが堪えきれなかったのか、くくくと笑い出した。
「センパイひどい!」
「ごめん。そうかちっちゃいの気にしてるのか…くくく」
「笑うなー!ていていていてい!」
「うわっ!いたっ!やめっ、顔に当たるだろ!」
鈴歌が相楽先輩をぽかぽかと叩きだした。先輩は咄嗟に腕でガードしている。
ちょっと痛そうなので、オレは鈴歌に叩くのを止めさせようとグーの形の利き手を掴んで止める。
「やめろ鈴歌!こらっ!」
「邪魔しないで刹那くん!てやてやてやてや!」
今度は押さえてない方の手をブンブン回して叩き初めてしまった。
けれどその鈴歌の手が、相楽先輩の顔をかすった。その拍子で先輩のメガネに当たった。
顔から外れてかしゃーん、と落ちる。
思わず相楽先輩の顔を見ると、俯いていた。
……しかも黙っていた。まずい。
「あ、やば…」
「センパイ…」
先輩はオレたちに静かな声音で制した。
「……いいか、メガネをかけるまで僕の顔を見るな」
「え、なん…」
「ばか!先輩は『魔眼』なんだよ」
相楽先輩は見たものを魅了して操る能力を持っている。
が、普段は力を制御するためにメガネを掛けている。素の状態だとコントロールが出来ず、本人も知らない内に力を使ってしまうそうだ。
鈴歌の顔を手で覆って隠してやると
「何にも見えない…」
不服そうだった。知ったことか、つーかお前のせいだろうが。
そこにドアの開く音がして、顔を上げるとハイネ先輩が立っていた。
顔の造りが整っているせいで、ばっと見ると人形みたいでびっくりする。
「これは…仲良く何をやってるの?」
「え?」
「ちょっと僕がメガネを落としただけですよ」
いつの間にかメガネをかけ直して立ち上がる相楽先輩。それに対して、にっこり笑うハイネ先輩。
「そう。てっきりセイくんがすーちゃんをからかい過ぎて反撃されたのかと思ったよ」
すーちゃんおいで、と鈴歌を呼ぶその声に、オレははっとする。鈴歌はてくてくとハイネ先輩の側に行ってしまった。
「そうそう。メガネを落とさないように気をつけてね、セイくん」
「…相楽先輩」
言わなくていい、と相楽先輩は言うけども、ちょっとかわいそうになった。
心なしか、ハイネ先輩がちょっと怖かった。
それから夏実部長が入ってきて、すぐにミーティングをすると言い出した。
「みんな揃ってるね。早速で悪いけど、二週間後に市民図書館で子供たち向けの読み聞かせ教室のボランティアをやるわよ」
「へえ、楽しそうだね」
「表向きの活動をしろって会長の奴が…」
「どういうことですか?」
と部長に訊ねると、「一年生には言ってなかったわね」と言って答えてくれた。
地域郷土研究部は、部活と言う体で国家機関に所属している学生達が、学校でそちらの活動をしやすくするためのものである。
だが学校の人々の評判もあるので、表の活動もしなければならない。なので表向きは、地域に根付く伝承や昔話を勉強して伝えていきましょう、ということにしてある。
この高校がある、
「まあ、その伝承ってあやかし達や、魔物のことが殆どみたいなんだよね」
夏実先輩の後からハイネ先輩が付け足す。部室に仕舞ってあった和服の女の子の人形を取り出しながら。
「ここは特に魔物が集まりやすい土地だから、不思議な話に事欠かなかったんだよね」
彼らにとってこの町はパワースポットだからね、と続けるハイネ先輩は動物の人形を取り出して並べはじめた。
まあ、魔物もだけどその話を求める作家達もアレな気がする。
「よく知ってますね、そんな昔話」
「あまり役に立たないけどね」
そんなわけで三月町は自然と能力者も集まり易かったそうだ。
女の子の人形に新しく男の子の人形を取り出すと、並べていた動物の人形を倒していった。
「倒れちゃった」
「可哀想なことしちゃったね」
鈴歌とハイネ先輩は話しながら倒した人形を直していた。すると部長が、話を戻すように切り出した。
「それで今日は、せっかくだし読み聞かせでやる物語を決めたいのと…もう一つ」
会長から何か言われたんですか?と相楽先輩。彼女は頷いた。
「本部からの話よ。最近、三月町の周辺で狐の姿の影が多数目撃されているんだって。だから狐型の影には気をつけること」
「……かわいいのに?」
「子供の発想だな」
相楽先輩の言葉に、またむっとしてる鈴歌。オレはそっと壱狼を渡してもふもふさせて落ち着かせる。またさっきみたいな事になるのは御免だ。
「同じような姿の影または同一の行動をする影がいる場合、それより強い影か強力な魔物がそれらを操っている可能性が高いと言うことだ」
「その時は一人で対応せずに、すぐさま本部へと救援を要請しなさいってことかな。流石にわたしらみたいな学生には荷が重いからね」
そっかあ、と鈴歌が壱狼を抱えて頷いた。鈴歌に何か言いたそうな部長だったが、オレの方を向くと「高原は特に喧嘩っぱやいんだから注意すること」と言われてしまった。
どういう意味だよそれ思ったが、わかりましたと頷いた。ならいいけどね、と部長が呟く。
「部長、一つ聞きたいんですが」
なに?と首を傾げる部長に、オレは、周りに夢見の悪い人はいませんか?と聞いてみた。
「さあ、あたしは知らないよ。……高原、また何かに首を突っ込んでるでしょ?」
「違います。これはオレの家業の方です」
部長の中のスイッチを押してしまった。
面倒な事になる前に部室から出よう。そう思ったオレは椅子から立ち、すみません剣道部の方に行くのでと言って部屋を出ようとする。
「あっこら!勝手に物語を決めちゃうよ?」
「大丈夫です。終わる頃にまた寄ります」
どっちにしても、鈴歌を拾ってから帰らなければならないのだ。
部室を出てきたオレの後ろから、壱狼が追いかけてきた。
『おいらを忘れちゃ困るぞ!』
一人と一匹(?)で廊下を歩く。
剣道部に行くのが大分遅くなってしまった。
週一で顔を出すだけの微妙な参加だが、普段は地元の道場で活動していると話してある。それと、知り合いの先輩が上手く言ってくれているためか、今のところ他の部員にとやかく言われたことはない。
とは言っても、剣道において礼儀をかかしてはならない。すみません遅れますと先にメールをしたが、着いたら謝らないとな、そんなことを考えていた。
黄昏時に、悲鳴が聞こえるまでは。
「……!!」
体育館の方角だ。
丁度向かっている方角だ。オレは反射的に走り出していた。その後ろから壱狼が追いかけて来るのが聞こえる。
オレたちが体育館にたどり着くと、裏手のほうに人だかりが出来ていた。思わずその方へ近付く。
その中に友達の市島の姿を見つけた。
「高原!お前タイミングすげえな」
市島は驚いているようだ。彼も剣道部員なのだが、部活の途中で出てきたのか胴着と袴の姿のままだ。
「部活に遅れて悪い。何があったんだ?」
「ああ。何かやっかいなことになってて……」
人だかりの中心には、髪の長い女子がいる。その傍らには、動揺する女子達が立ち尽くしていた。
救急車が到着したらしく、救急隊の人が倒れた女子の様子をチェックしている。彼女の傍らには、花の鉢植えが割れてしまっているのが見えた。
「……刹那、市島くん。何これ…」
聞きなれた声がして後ろを向くと、鈴歌と相楽先輩がやって来た。仲直りをしたんだろうか。
地研の部室の方にも悲鳴が聞こえてきたので様子を見にきたそうだ。
「何があった?」
「先輩、それがオレも友達とさっき会ったばかりで」
オレは、相楽先輩に市島を軽く紹介する。
市島が軽く頭を下げた。
「部活中に、体育館の方で何かが割れる音と悲鳴が聞こえて。見に来たら人が倒れてたんです」
「倒れてる人、運動部の人っぽくないな」
「それが……」
オレ達が話している間、黙っていた鈴歌が急に声を上げた。慌てて鈴歌の方を見ると、倒れた女子の方を凝視して表情が一変していた。
「……茉莉ちゃん!なんで!どうして!」
あっ!バカ!
鈴歌は人だかりの方へ駆けていく。小柄な彼女は人をかいくぐり、倒れた女子の元へ向かっていった。……いや、それよりも倒れた女子が三角?
「こらっ!君、入ってきちゃダメだ!」
「やだ!友達なの!」
近づこうとして救急の人達に止められている。その人達の邪魔しちゃ駄目だ!
オレはあいつを止めようと人の波を掻き分けて追いかける。鈴歌は救急の人達から、近くで立ちつくす女子達に目を向けた。
「誰がこんなことしたの、ねえ!……ねえ、もしかして、あなた達なの……?」
「……ひっ!!」
鈴歌の纏う空気がひりついていた、それは怒りか、悲しみか。怯える女子達にくるりと向いた彼女は、ゆっくりと近付くと青白い手を伸ばし…
「鈴歌、やめろ」
鈴歌の腕を掴んで動きを止める。間に合ってよかった。
腕をとられてぎょっとしている彼女に、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「この人達は違う。だから手を下げろ」
「……ご、めんなさい」
よし。落ち着いたみたいだ。怯えた女子達に刹那からもすみませんでしたと謝って、鈴歌を引っ張って市島達の所に戻った。
「鈴歌、感情のまま動いちゃ駄目だ。また外出出来なくなるぞ」
「ごめんなさい…」
「え?柏木さんどこか悪いの?」
「こいつ、感情を高ぶらせると体調が悪くなるんです。だから小中あまり通えてなくて」
相楽先輩が驚いた様な顔をしていた。普段のこいつが元気だから判りにくいし、意外だったと思う。
「そうだったのか。……無理はするなよ」
「航星センパイ、心配してくれてる?」
先輩、鈴歌の自業自得だからあまり心配しなくて大丈夫です。
「けどな鈴歌。帰ったら母さんにお説教してもらうからな」
「…ひぃっ!おばさんのお説教やだ…」
「駄目だ」
涙目になった鈴歌の事は相楽先輩に任せることにした。二人が部室へ戻っていくのを見送ってほっと息を吐き出したあと、オレは傍らに壱狼がいないことに気付いた。
白い子犬は、倒れてる女子の側にいた。
『ふむ、匂うな』
見えてないのをいいことに少女の側でふんふんと匂いをかぎ、それから傍らの割れた鉢植えに近づいてすんすんと鼻をならす。
それから戻って来た壱狼は、尻尾を振っていた。
『あの倒れた娘から、件の夢と同じ匂いがする』
……。
知ったら、鈴歌はどんな顔をするだろう。
そう思いながらオレは頷いた。
「…そうか」
「……高原?」
市島がどうしたんだ?急に変な顔して、と声を掛けてきた。
これじゃ独り言みたいだ。そう思って慌てて市島に何でもないと言ってごまかした。
少し変な顔をされたが、「柏木さんなら心配いらないって」と変な心配をされた。
全く別の事を考えていたとは言いにくいな。
「そろそろ戻らないと」
「やばい、途中だった!」
市島と話しながら練習場に向かって、剣道部の稽古を受けたが、その日はあまり身に入らなかった。
学園からの帰り道は、雲の隙間から夕日の光が差し込んでいた。
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