第2話
「ほら食べろ」看守が朝の食事を牢屋の外から渡す。
「ありがとうございます」オカヤマは皿を受け取り中身を見る。焼かれた虫が入っている。ポリポリ食べる。「いける」全然いけなかったがそう言った。
「まだいるか」
「全然足りんわ」
看守が山盛りの焼いた虫を与える。「これでいいか」
「どーもあざーす」
食べまくって吐いたその日の昼過ぎ。彼は釈放された。外に出て新鮮な空気を吸いパクパクの家に行き水浴びをした。
「ごめんな俺のせいで」
「パクパクのせいじゃない。俺のせいだ。迷惑かけたな」
「へへ。今からケンさんが色々するみたいだから見に行こう」
「もう他人から石投げられないのか」
「うん」
2人は『広場』と呼ばれる集落で最も標高の高い高台に着いた。そこにケンさんと集落で暮らしている人のほとんどがいた。ケンさんの近くに神輿を担いだ他人達も待機している。観客は一か所に固まりケンさんの動向を眺めている。
「いい景色だあ」オカヤマが辺りを見渡す。「空気がうまぁい」
「静かに。ここはケンさんが唯一『ミラクル』を公開する神聖な場所だ」
ケンさんの目の前には観客とは別に五人の男女が横並びになっている。
「ほあちゃ。ちゃあ。あ~ちゃややややや」ケンさんが腕を振り回す。「たらんでぃあっ。やっ。はあっ」深呼吸をする。「気が整いました。では今から私の前に立っている男女五人に『ミラクル』を起こします」
観客が神妙な面持ちでケンさんを見る。
ケンさんは20cm四方の箱を両手で持ち五人の最右端の女性を指名した。女性は箱を開け中を見て手を入れ箱の中に何も入っていないことを確認する。片方の手に握っていたさび付いたネックレスを箱の中に入れ箱を閉じる。
ケンさんが笑顔で女性を見る。「はい。今貴女は確かにネックレスをこの箱の中に入れましたね」
「は、はい」
「それでは今から『ミラクル』を起こします」ケンさんは箱を振り回し始めた。「たらららんららんたらんでぃーやっ」振るのを止め女性に箱を開けるよう指示し女性は恐る恐る箱を開ける。
ケンさんは笑顔になる。「ネックレスを取りなさい」
女性が恐る恐る箱の中に手を入れネックレスを掴んで引き上げた。さび付いていたネックレスが金のネックレスに変わっていた。
「ひゃあ~~~~」悲鳴を上げる女性。
ケンさんは今したように他4人の年季の入った装飾品も同じく新品に変えた。5人の持ってきた品物を蘇らせたあとケンさんは指を上に立てた。「これが。『ミラクル』です」
「うおああああああああ」観客全員が叫んだ。ものすごい声量にオカヤマは耳をふさぐ。観客全員が膝を着きケンさんを崇める。「ケンさーーーん」「ケンさまーーーーーー」「私たちをお守りくださいぃぃぃぃぃ」
ケンさんは手を振りながら神輿に乗り高台から降りて行った。
「どうだった。ケンさんすげえだろ」歓声が沸き上がる中でパクパクが息を荒くしてオカヤマを見る。
「あれって何なんだ。魔法を使ったのか?」
「違う。『ミラクル』だ」
「いやアレは女性が仲間だったんだ」
「ネックレスを箱に入れた他人も。毎回そうだけど。観客の中から選んでるんだぞ」
「箱の中を見たのは女性一人だ。その女性がケンさんの仲間だったとしたら。箱に何もないかのように見せて初めから金のネックレスは箱の中に入ってたんだ。女性を仲間にすることで集落に住む他の人達から崇められる対象になったんだ」オカヤマはビンタされた。平気な顔でパクパクを見返した。
「……痛かったら泣いても善いんだぜ」
「痛くねえ」
「ケンさんを侮辱するなよ。ケンさんを侮辱するとこの集落の他人全員を怒らせるぞ」
「分かったよ」オカヤマはパクパクをビンタした。「お返し」
二人は家に帰りオカヤマは旅の記念にベロンの牙を入手しようと森に入った。盗賊BCDが仲間五名を連れて歩いているところに出くわした。
Bが怒る。「お前この前はよくもやってくれたなあっ」
「いや逃がしてあげたじゃん」
「知るかっ。やれっお前らッ」
オカヤマは攻撃してきたB以外を魔法で沈静化した。Bを見ると彼は逃げていた。オカヤマは追いつけたが追わなかった。
一生懸命立ち回ったオカヤマは汗だくで上を向く。ベロン2頭を仕留めたあとに大鳥が空から降りてきた。殺めたベロンを横取りする気だった。
オカヤマは笑顔を作った。大鳥はベロンとオカヤマの間に着地して彼を威嚇する。大鳥も殺めたあと3頭を解体し魔法で凍らせた。
「食事が豪華なキャンプするか」
食事が豪華なキャンプするか。魅力的な言葉だった。オカヤマは興奮した。「隠居したあとも食事は宅配だったからな」
寝床を作り火を起こした。辺りは真っ暗。木の枝が折れる音がする。モンスターの唸り声のみ聞こえる。「怖くて一睡も出来ない他人もいるだろうな・・・・・・」想像したオカヤマは死ぬと思ったが眠りについた。朝早くに起床した。「生きてた。この惑星に感謝」立ち上がり朝飯(大鳥の心臓)を食べ準備体操をして散歩に出かけた。「カモンベイベーカモカモカモンっ」一人で歌を歌いながら日が差す森を歩き踊る。「あああああっカモカモカモンあっ」散歩中のおじいさんに見られた。気まずくなって下を見るおじいさん。オカヤマは自由に踊った。汗を一掻きした彼は散歩を続け湖を見つけた。「ラッキー」服を脱いで水の中に身体を落とした。「ひゃっほう」バタフライをして湖の中央まで泳ぐ。水中に潜ったりクロールしたりして遊ぶ。眼が慣れてきて濁った水の中も見えるようになってきた。水中に潜り眼を開けると近くにワニに似たモンスターが居た。水から顔を出し全力で逃げた。陸に上がるとモンスターは水から目だけ出してゆったり泳いでいる。オカヤマは本気で石を投げまくった。寝床に戻った昼頃。大鳥の肝臓とベロンの舌を食べた。「帰ろ。寂しい」集落に向かった。そこでは人々が身体に包帯や固定具を付けていた。「どどどうした」
パクパクが杖を突きながらやって来た。「ケンさんの怒りを買った」
「なんだと」
「昨日オカヤマが森に出かけてすぐだ。機嫌が悪かったんだろう……。ケンさんは老若男女問わず周りに暴力を振り始めた。俺たちはただ謝ることしか出来なかった」
「そうか。ケンってどこにいるん?」
「やめてくれ」
「くっ……すまない。暢気に森でキャンプなんかしてて」
「いいんだいいんだ。こういうことは年に1・2回あるんだ」
「パクパクは大丈夫なのか」
「ああ。幸い命は在る。脚は痛いけど」
「そうか善かったぁ」
「うん。命が在れば喜怒哀楽が起きるしな」
近くでお金を賭けた腕相撲が賑わっていた。その周囲に人だかりが出来ている。
「俺に勝ったら今まで勝ってきた分全部やる」大男が肘をつけている机に大量のお札がまとめられてある。大男も右腕に包帯を巻いていた。「腕をケンさんにやられて全力が出せねえ。お前ら。今が勝ち時だぜ」
オカヤマが人だかりに混じる。「にいちゃん何連勝したの」
「30連勝中」
「そうか。じゃあ俺が参加しよう」
パクパクが止める。「やめとけ。負けるって」
「30回してて使う腕は怪我してる。余裕だろ」オカヤマは椅子に座り相手の右手を握る。オカヤマの合図で腕相撲が始まった。彼の手の甲が一瞬で机に当たった。
大男が力を抜く。「はい終了~~~」
オカヤマは周りをチラチラ見ながら咳を出して立ち上がりパクパクにもたれかかった。「ごめ。げほっ。最近風邪っぽくて。がはっ。しんど」パクパクに全体重をのせた。二人は倒れる。
「ああああああ。脚があああああ」
「ごめ。げほっ。風邪が」立ち上がると眼帯を付けた知らないおじさんに頬をぶたれた。
おじさんはパクパクを指さす。「彼に謝れ」
「ご……知るかっ」オカヤマはパクパクの家に帰った。
パクパクも後から家に帰ってきた。
「パクパク……」
「……なに」
「あのな……」
「…………」
「ご飯くれぇ~~」
次の日。オカヤマは朝早くから山頂で魔法を使ってケンさんを観ていた。ケンさんが本当にミラクルマンなのか知ろうとした。
ケンさんは集落の人々の寄付で建てられた豪邸に住んでいた。椅子に座り朝食を食べていた。仮面は外している。「パンうまぁい」ホットミルクを飲んで背伸びをする。立ち上がって壁に貼られた手紙を見る。集落の人々が書いた感謝の手紙だった。
「いつも守ってくれてありがとう」手紙の言葉をまとめるとこういう事だった。
ケンさんはそれを間近で見ながら後頭部を掻く。「みんな長々とよく書いてくれるよなぁ。嘘なのに。こんな一生懸命書いてくれて。それで俺はこんな豪邸で毎日のんびりと生きるなんて。心苦しいぜ」手紙を眺めながら体操をして「あああああああ」ソファに倒れて二度寝した。
オカヤマは魔法を解いた。「やっぱり嘘か」山頂から集落に帰った。キャンプして帰った昨日と変わらず外では包帯を巻いて痛がっている人が大勢いる。両足に包帯を巻いてほふく前進で移動している人もいる。
その他人にオカヤマは近づく。「おじさん。大丈夫かい」
「大丈夫だ。心配してくれてすまないね」
「ほふく前進しなきゃならなくてもケンさんには居て欲しいのかい」
「ああもちろん。ケンさんにはこの集落をこれからも守ってもらいたい」
オカヤマが向こうを指さす。「あ。あそこにケンさんいる」
「ひいいいいい。ごめんなさいごめんなさい許してください」
「嘘だよ」
「え……。ほんと?」
「うん。ほんとう」
「なんだよ驚かすなよ」
「そんなに恐怖してるのにケンさんには居て欲しい?」
「おうもちろん。ケンさんが居るから今も俺は生きてる。昔は盗賊によく集落の人々が殺められていたことは知ってるか?」
「知ってます」
「盗賊だけじゃねえんだ。俺が子供のころはお前みたいな旅人が来て俺達の血が高く売れることを知ると近くの街から仲間を集めて俺達を拉致するってことも多々あった。だからあの頃は旅人であろうとなんだろうと外部の人間を見かけただけで石を投げたり銃を持ってたら撃ったりしてた。それがケンさんが来て以来そういうことは無くなった。ケンさんの敵味方関係なく攻撃する暴力性がきっと外部の人間を牽制してるんだ。ケンさんが居るから外部から来た人間を集落が受け入れる姿勢になった。そのおかげで旅人の口伝てでケンさんの強さが有名になった。それでここ数年盗賊が襲ってきたことはない。だから俺の両足が包帯で巻かれたってそれは構わない」
「ケンさんも旅人だったのか」
「ああ。ケンさんも元旅人でこの集落に行き着いた。初めは俺たちも威嚇したんだがそれを彼は『ミラクル』によって無力化してココに住み始めた。今は彼も集落の立派な一員だ」
「この集落の人達は魔法を使えないのか」
「使えるが魔力が弱い。だから石を投げたり銃で撃った方が善いんだ」
「そっか。じゃあ威嚇したときもそんなに強い威嚇はしてないわけだ」
「いや銃は強いだろ」
「そうだね」
「おいこれは集落から出た後に他人に言うなよ。ケンさんが初めてココに訪れた時に集落の他人が銃を持ってたから撃ったんだ。そしたらケンさんの胴体に当たったんだな。やっちまった、と撃った奴は思ったらしいがケンさんはなんと『ミラクル』により自ら立ち上がったんだ。それも胴から血が一滴も流れてなかったんだ!」
「防弾服着てたんだろ」
「なんだ防弾服って」
「今度言うかも」オカヤマは森に入って座り込み考える。「ケンさんがインチキであることを集落の人達に言うべきか言わないべきか」
夜。オカヤマはパクパクの家に戻った。パクパクと一緒に夕食を摂る。椅子に座って二人は食べる。
「パクパク……」
「なに? 謝る気になった?」
「ケンさんインチキだわ」
「おいふざけたことを言うなよ」
「いや本当なんだ。魔法でケンさんのプライベートみたんだ」
「…………」
「信じるも信じないもパクパクの自由だ」
「…………」パクパクは食事を止めた。椅子にもたれ天井を見てため息を吐く。「…………知ってる」
「うん?」
「ケンの『ミラクル』は『ミラクル』じゃない。……というかね。昔この集落は外から来た人間に攻撃されてきた。ケンさんを外の人間の恐怖の対象とした。だから俺が脚に巻いてる包帯は嘘だ。怪我してない。お前が見てきた他の人達もそうだ。怪我してない。『ケンさんは強い』と外の人間に思わせようとして怪我をしてないのにみんな固定具をしたり包帯を巻いたりしてるんだ」パクパクは立ちあがりスネに巻いてある包帯をほどいた。傷はない。「これが俺たちのすべてだ」笑って椅子に座った。「だから本当はケンさんと会話禁止じゃないんだ。『ケンさんは弱い』と思われるようなことをしたらダメなんだ。他にも旅人は集落に来てるからね」
「それは申し訳ないことをした。それで真実を知っちゃった俺はこれからどうなる」
「豪邸には魔法で観察出来ないように強力な防御壁を張ってあったのにな」
「そっか。おれ元魔王なんだよ」
「……ま。いいさ。このことを他の街で他人に言う?」
「言わない」
「そうか」パクパクは信じてくれた。「それじゃあ別れないとな」
「んー分かった。また会う事があったら一緒にご飯食べようぜ」
「うん元気にな」
「お前もな」
パクパクは夕食を見ていた。オカヤマも外に出て行った。
オカヤマは人間国に向けて旅をしていると再び別の村に到着した。その瞬間に彼は倒れた。飢餓だった。「たすけて……」
「大丈夫かあんちゃん!」村人Aが慌てて近づく。初老の男性だった。
オカヤマは立とうとして手をジタバタさせ諦める。「助けてください……。お願いします。なんでもしますので……」
村人Aは肩を貸してレストランに連れて行ってくれた。「なんでも食べれ」
オカヤマはパンとステーキとジャガイモと米とコーンスープを食べた。「なんでも食っていいんやろ!」そう言って彼は食べまくり眠った。気づくと暗い部屋に居た。椅子に座り身体をロープで縛られている。目の前で足音がした。
「起きたか」奢ってくれた村人Aだった。スタンガンを持っている。
「ななななんで村人さんこんなことを」
「内緒。そういうお前は旅人か」
「そうです旅をしてます。これからも旅を続けなきゃ」
「なんで旅をしてる?」
「……それは。なんとなく…………やんなきゃなんねえと思った」
「そうか。かっけえな」村人Aはオカヤマの腹にスタンガンを押し付けスイッチを押した。
「ああああああああ」
「どうだ痛いか」
「ああああああああ」
「これが俺の心の傷みだ」
「んおおおおおおお」
「お前に俺の気持ちが分かるか」
「うおああああああ」
村人Aはスタンガンを離した。「どうだ分かったか」
「……ひどい」
「またバチバチされたいか」
「んひいぃぃぃ。ごめんなさい許して。分かりました」
オカヤマはスタンガンで気絶させられた。気づくと村のはずれに倒れていた。辺りは真っ暗。夜だった。立ち上がり腹の痛みに悶えながら歩く。倒れた。
「大丈夫ですか!?」村人Bが近づく。助けた。家に招いて食事を作った。「いくらでも食べなさい」
「い。いいんですか」彼は感動した。相手の女性が天使に見えた。
「いくらでも食べなさい」
オカヤマは食べまくった。出された食事を全て食べたあと新たな食べ物を要求した。「いくらでも食っていいんやろ!」そう言って出された食べ物を食べた。部屋のソファに座り一服する。部屋の隅では檻の中に居る四足歩行のペット用小型モンスターがキャンキャン鳴いている。
村人Bは彼の近くの椅子に座った。途端にペットの声が止む。「あなたは旅人ね」
「そうだあ」
「どうして旅をしてるの」
「それは……俺がしなきゃならない事だから」
「どういうこと」
「やってやんなきゃなんねえんだよ」
「……そう。なるほど。恐いわ」
「そうですか」
「その気持ちで旅をするのは自分で異常だと思う?」
「する人は少ないでしょう」
「私も若いころにそういう事すれば善かった」
「はい」
「朝起きて朝食を摂って働いて遊んで眠って生きてるのが今の私」
「はい。善いと思います」
「私は異常に為りたいの」村人Bは立ちあがりペットを檻から出した。ペットの上顎と下顎を持ってペットを殺めた。村人Bはペットを上に掲げ頭からその血を浴びる。「あははははは。興奮する~~~~」
オカヤマはおしっこを漏らしながら家からダッシュで逃げた。外を爆走し倒れた。腹が痛い。もがく。悶える。後ろを見る。追ってこない。息を吐き吸う。「ししし死ぬ。ココに居たらダメだ」
「そんなことないよぉ」血を浴びた女性が走ってきた。「そんなことないよぉ」
「うおおああああああああっ」
血を浴びた女性は彼の近くで止まり歩いて近づく。「そんなことないわよ。ここは良い村よ」
「ああああああああああっ。誰かあっ。誰かあっ」
「何か用かね?」村人Aがやって来た。
「Aえぇぇぇえぇぇあああああ。誰か助けてくれえええええ」
「だからワシが助けてやるよ」村人AはBを見た。互いの距離は4mほど在る。
BはAを見た。手を伸ばしてAを襲った。Aは手に持っていた警棒でBの顔を叩くがBは無視してAの首を掴み持ち上げる。Aは苦しみながらポケットからスタンガンを取り出しBの手首に電撃を浴びせた。
手を離すB。「ぐるるぅうるるるるるがああっ」
「獣よ原始に帰りなさい」Aは首に掛けていた十字架の下の方をBの額にぶっ刺した。BはAに張り手を決めた。Aの顔が背中側を向いた。Aは死んだ。
「うおあおあおあおあ」オカヤマは手足をジタバタさせながら這って逃げる。
Bは苦しみ始めて死んだ。
「はあ、はあ、はあ」オカヤマは立ちあがる。服に付いた土を落とす。「あー楽しかった!」大股で歩き始めた。
「人間国まであと少しか」魔王ことオカヤマは十分な装備で砂漠を進んでいた。
「み。水をくれぇ」倒れている男性が居た。「頼む……」
オカヤマは魔法で男性に水を与える。
男性は立ちあがり礼を言う。「あなたは旅人ですか。そうですか。オカヤマさんは命の恩人です。あなたには砂漠で死んでほしくない。だから言います。今はこのニビ砂漠を歩かないでください。ココには時々珍しいモンスターが寝床を作ってここらのモンスターを食らいつくします。一年周期で拠点を変えるのですが今年はそのモンスターの寝床がニビ砂漠なのです。私は傭兵です。そのモンスタ―を狩る依頼を受けチームでモンスターと戦ったのですが私以外は皆死にました。ですからニビ砂漠を通るのは止しなさい。そのモンスタ―と出会ってしまえば命は在りません」
「どんな形のモンスターですか」
「体長が10メートルほどの人型モンスターです。皮膚が乾燥し表皮が常にポロポロこぼれ全身から煙が噴いているように見えます。手には鋭い爪があり刃物ほどの斬れ味が在ります」
「どういうモンスターなのか詳しく教えてください」
「その巨人はゴーレムと呼ばれています。全身肌色ですが乾燥したボロボロの表皮が剥がれずに付いている箇所は白く見えます。昼に狩りをし夜に5時間から7時間眠ります。寝る場所は固着性のある唾液を垂らし簡易な家を造ってそこで寝ます。今ニビ砂漠に住むゴーレムは私の仲間だった者が右足に怪我をさせました。生殖能力は無く何らかの理由で死んだ次の年に魔人国の何処かの砂漠の砂の中から新たなゴーレムが生まれます。獲物を見た時に行う攻撃は人型の典型となるパンチとキックと体当たりとひっかきですがゴーレムは強力な胃酸を吐いて相手を攻撃することもあります。それと声が大きいです。耳栓をしていなければ巨人の声で鼓膜が破れます。人型ですが内臓器官は我々と位置が大分違います。心臓は下腹部に在り肺は両方の上腕部分に在ります。肉食で砂漠に住むゴリラ的モンスターが好物です。我々のチームは15人で挑みましたがゴーレムには魔法への耐性があり歯が立ちませんでした」
「分かりました。通ります」
「止してください。死にますよ」
「それでも通らせていただきます。というか勇者と会うまでは死にません」オカヤマは耳栓を頂戴しニビ砂漠を歩いた。昼に歩き夜はテントで就寝した。四日目の朝に目が覚めるとテントの外で唸り声が聞こえた。顔を出して周囲を見るが何者もいない。身体を出して後方を見ると巨人が居た。巨人が30メートルほど離れていたことに驚いた。聞こえた唸り声から近くに居ると思ったから。
巨人はゴリラに似たモンスターを握っていた。そのモンスタ―をテントに向かって投げた。投げられたモンスターは地面に落下し砂塵を舞いあげる。巨人は吠えて威嚇した。攻撃してきた傭兵たちのことを思い出していた。オカヤマに向かって走ってスライディングした。テントは壊れ砂埃が舞うと彼を見失った。左胸に細い穴が空いた。後ろを見ると彼が魔法で撃ちぬいた様子だった。巨人は吠えながらパンチした。オカヤマを吹っ飛ばしたが攻撃した手に火が点いた。パニックになり砂に手を押し付けて火を消しオカヤマの方に向かうと彼は倒れて燃えていた。巨人は燃える魔人に嘔吐して降りかける。強烈な酸が砂も魔人も溶かしそして自分の右胸に細い穴が空いた。巨人は倒れて苦しむ。
「燃えてたのはゴリラ的モンスターだ」オカヤマは近づいて巨人の頭に人差し指を向けた。「痛くない。これで終わらせる」
巨人が悲しい顔をした。オカヤマは撃つのをためらわなかった。
罪悪感が起きた。「人間国に行かなきゃならないんだ」
巨人の亡骸を視界の端に収めながら彼は旅を続けようとしたが全身を怪我していたので倒れた。
オカヤマは起き上がった。ゴミがゴミ箱に移るように幼女に動かされたオカヤマは進む。
「着いた。人間国。待ってろ幼女。今カタキを討ってやる」魔王オカヤマは高い壁を見上げる。人間国が建てた壁。魔人国との明確な境界を作った。オカヤマが眺める壁の向こうに人間国が在る。壁の外側にいた警備している兵士は魔法で時を止めて突破した。「あと数十秒で気絶する」
高さ五メートルほどの壁。魔法で小さくしていた梯子を原寸にして壁を登り梯子を閉まって壁から降りた。
揺れる柳。雲は流れる。焚き火の火は小さい。
ジオラマみたいな風景。
「まるで古着でキメた俺だな」気絶した。起きると同じ場所にいた。「勇者は何処だ。探す」
湿気はあるが寒い。歩く。目の前に石が在った。右に避けたら左足が当たってこけた。彼は慟哭した。
国民Aを発見する。Aは砂利の地面に座り短冊を持って前を見ている。Aの前方には人工池が在った。
Aに近付く。「こんにちは」
「生きてたか。死んでると思ったぞ」
「寝てたんです」
「自由だな」
「戒律があるから自由と呼ばれる。俺はアナーキーです」
「犯罪者?」
「いや違わない」
「おいおい」
「偵吏です」
「どういうこと」
「そのままです。ところで何してるんですか?」
「俳句を書いてる」
「俳句って何?」
「575で書かれる短詩だ」
「へえ。どんなの?」
「前の池を見てみな」
向くと蛙が池の縁に居て池の中に飛び込んだ。
Aは短冊に俳句を書いた。「古池に カエル飛び込む チャポンポ」
「それが俳句ですか」
「うん。するか君も」
「すいません。聞きたいことがあるんです。勇者様に会いたいのですが何処に行けばいいですか」
「なんで何処に居るか知らないんだ?」
「生まれてから今まで洞窟に監禁されて生きてきたので外のことを何も知りません」
「おおお。それは可哀想に。勇者様を知らないなんて! 分かった。今地図を描いてやるからな」
「勇者様は様付けされるだけあって人望が厚いんですね」
「勇者様は篤志家だから。学校を作ったり公園を作ったり。長年魔人国の侵略に怯えていたが勇者様という存在が侵略抑止になったんだから勇者様を嫌いな人間はおらん」
「そうなんですか。勇者様は活動家なんですね。取れば直ぐに出てくるティッシュペーパーみたいだ」
地図を頂き丘を越え谷を越え山を越え川を越え彼は勇者の居る御殿にたどり着いた。
「警備はいないんだな。民衆は本当に勇者を尊重し感謝してるってことか」
御殿近くの大道店で短冊と小さなハサミを購入した。
緑色の
勇者が現れた。
「エキゾチック。雰囲気あるね」オカヤマは勇者の目の前に立った。横から国民にぶっ飛ばされて気絶した。
遠くの月明かり。貼られた湿布。腫れた顔。虚ろな瞳。座り込む。オカヤマ笑う。
深呼吸して合掌して立ち上がる。「じゃあ行くか」
御殿の塀を登り中に入った。魔法で窓の鍵を開け中に入り廊下を渡り一室ずつ扉を開けて見ていく。勇者が居なければ閉めるのも忘れない。鍵の掛かった扉が在った。魔法で鍵を開け扉を開くと正面の壁に背を当てて体操座りをしている勇者が居た。鎧布を着ている。
「ハロー」勇者は手をヒラヒラさせる。
「よう。俺のこと覚えてる?」
「うん覚えてる。幼女は人間だ。魔人を殺めた訳じゃないから」
オカヤマは勇者を思い切り蹴り突いた。胸ぐらを掴まれた。「幼女のカタキを取りに来た」
勇者をパンチした。
薄暗い景色。足と手の音。放つ拳。
魔王オカヤマと勇者は互いにパンチしまくった。
鏡と鏡を合わせたときに鏡の中に鏡が延々と映し出されるようにオカヤマと勇者は返し続けた。
オカヤマは魔法で身体を金属に変えていたが先に音を上げた。「あはぁ」
「まいったか」
「いや全然」
「・・・・・・魔人は魔人。人間は人間。隔絶されて過ごすべきだ。俺たちは分かりあわない。今だって闘っている」
「隔意はある。でも隔絶しなくたっていい。闘うことで分かることもある」
「過去の戦争で十分分かった」
「それが人間の回答か。その考えは時代と共に変遷する。お互いに歩み寄ろう」
「一応言っとくけど攻撃してきたのはお前だぞ」
オカヤマは勇者を突き飛ばして部屋から出た。窓から外に出て塀を登って逃げた。
雨が降り。服は濡れ重い。今日はストーブをつけて部屋でぜんざいを食べようと隠居した家では思っていた。
今は勇者が空からオカヤマの目の前に落ちてくる。「逃がさなーい」
オカヤマは魔法を使った。手のひらを勇者の胸に当てる。「けしずみっしゃあらあああ」
異次元モストロスト空間レーザー。
魔法は発動しなかった。勇者にパンチされて倒れた。「なんで」
「この鎧布は俺達の国に落ちた隕石の中に入っていたものだ。魔法をすべて消滅させる事が出来る今の状態をクリアモードと呼んでいる」
タイムロック。オカヤマは時間を止めた。勇者は止まらずそしてパンチされた。オカヤマは気絶した。
勇者はオカヤマを担いで移動し国の壁の外に置いた。「もうするなよ」
勇者は御殿へ帰った。水と油。光と闇。相容れない二人の心は流動する。
1ヶ月後。オカヤマは人間国に隣接する魔人国内の地に居た。定食屋でモンスターの肉を食べながら隠居して初めて新聞を読んだ。「勇者の鎧布って有名だったんだな」
水をがぶ飲みした。涙が出てきて手で拭った。「・・・・・・さて。どうするか。帰るか」涙が出てきたので両手で顔を押さえた。「・・・・・・いや幼女は泣いている。自分は泣き寝入りかと言っている。計画を立てよう。クリアモードの勇者と渡り合うにはどうするか。肉弾戦。鎧布の勇者にやられる。あの鎧布の耐久性はどれほどか。車でアタックすれば」
スパイ新聞を読む。「【ミサイル直撃。勇者は無傷】か。なるほど。車でぺしゃんこになるのは俺か。鎧布を外した勇者を攻めるのはどうか。【便利!鎧布の自動洗浄】か。着ている者と鎧布の中を同時に洗うことが出来るのか。便利だな。それでも蒸れるだろ。【通気性抜群】か。なら毒ガスで。【毒は自動感知でシャットアウト】なるほどな」
スパイ新聞を見て色々考えてみたが鎧布がスゴいことは分かった。なので勇者のことを考え直してみた。「なんで幼女を殺めた? 逃げだしたからだとしてなんで殺めた? 裏切り者だから。愛国心が無いから。情報の漏洩を防ごうとした。また魔人国に行かせないように殺めた。国民の勇者への尊敬心は本物だ。なら幼女のこともそれで善かったのか」
店を出て道を歩いて考える。「いや本当に国民は勇者に尊敬、感謝をしてるのか? 鎧布の使用者で自分たちの命を守ってくれる存在だから尊敬しているフリをしてるんじゃないのか?」
魔王オカヤマは口を指で隠す。「でも俺は勇者の前に立ったら攻撃された。尊敬してるフリで俺を攻撃したりするかな。やはり尊敬してるんだ。幼女を殺めたことを含めて。いや国民は知らないんじゃないか? 確かめてみよう」
魔王オカヤマは再び人間国に入った。壁際で三日間気絶したあと立ち上がり歩いたら前に会った俳諧師と出会った。「こんにちは」
「こんにちは」
「幼女が勇者に殺められたことを知っていますか?」
「昨年のね。知ってるよ。国中で話題になった。賛否両論合ったが9割は賞賛の声だった。オラも勇者のことを褒め称えたい。幼女は次世代の勇者候補だった。その子が魔人国に逃げるというのは国の危機だ。でも国のリスクだからといって子供を殺めるなんてなかなか出来る事じゃない。勇者の愛国心は本物だ」
「そうなんですか」オカヤマは国境近くの魔人国に帰った。夜になり空き家の屋根で寝る。「幼女を殺めることが国民の総意なら勇者はそれを行い賞賛されたのも頷ける。そうだよな。人間国の重要な情報がコッチに入ったら人間国は攻められて皆死んじゃうもんな。やはり勇者のしたことは正しい」
眠った。朝になり公園で水を飲んだ。「やっぱりおかしいよ。殺めなくたっていい。魔人国に行こうとするなら殺めなくてもそれを防ぐことは出来る」
オカヤマは人間国に入った。深夜に勇者の御殿の前に立ち魔法を放つ。御殿が塵になった。鎧布は少し傷ついていたが勇者は無傷だった。二人は話し合って空中に移動した。オカヤマは全身全霊で魔法を放ちまくった。勇者はクリアモードになって魔法を消していく。オカヤマの魔力が無くなり彼は気絶した。勇者は落ちるオカヤマを受け止めて彼の尻尾を切って魔人国に置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます