第3話 高川さんの赤いペン

「今度は何?」

 キサ様の涼しげな目元も、クールな物言いも、野郎には効果無い。

 少なくとも、俺には、無い。

「見学」

 不貞腐れたような言い方が、我ながらガキっぽいと思う。

 担いだエレキギターが肩に喰い込む。

 クソぅ。俺だって練習したい。だけど、発表の場が無かったら、モチベーション上がらないじゃないか。俺は兎も角、寄せ集めたメンバーたちの。

 本当は、ドラムのホウチンはブラバン部だ。部員数が多くて中々選ばれない事に嫌気がさして、抜けた所に目をつけた。

 ベースの尚は楽器自体始めたばかりだ。

 音を鳴らすと言う意味では、ベースは比較的簡単だ。そう唆して始めさせたが、バンドで突き詰めたら、実は1番難しいかもしれないポジション…って事はその内気がつくかもしれない。気がついた頃には辞められなくなってる…って寸法だ。ふははははは…俺って策士♪その為には、人前で披露して悦に浸る場面を提供したい。しないといけない。ここでコケたら、俺のバンド活動暗礁だ。


「見学は良いけど…演劇に興味あるのかな?あるなら、出てみない?男子部員が少なくてね。歓迎するけど?」

 キサ様に口説かれた。

 …が、俺の思いっきり嫌そうな顔に、固まった。

「ステージで歌うんでしょ?度胸はあるよね?」

 背に腹は変えられない。

「百歩譲って、時間削って俺らのバンドにステージ使わせてくれるなら考え無いこともない」

「それは無理!」

 そう言って、盛大にため息をつかれた。かなり芝居ががっている。

「君、しつこいね」

 そりゃ、こっちも真剣だからな?

 バサリと、分厚い紙の束が手に押しつけられた。

「台本。コレだけのストーリー、演じるんだよね。分かる?それだけ時間が必要なわけ」

 はぁ…とこめかみに指を当て、

「特別に読ませてあげるから、やる気になったら言って」

 そう言って、犬を追い払うように手を振った。

 そして俺は、負犬宜しく退散する他無かった。


 教室の自分の机にバサリと台本を放って、乱暴に座る。持て余す長い足を投げ出して。

 俺に活字を読めとか、アホか。

 長いと言う事だけは分かる。

 まさかイラストでページ増やしてる訳じゃないだろうし。

 奴らも本気で、嫌になる。

 どうしろってんだ。

 机に突っ伏して、ページを適当に開いて覗き込んでみる。

「はぁ…」 

 細かい活字がびっしり並んでいるのが見えて、そのままがくりと手を落とした。

 コツコツコツ…と規則正しい靴音が近付いて来た。

 机に上半身投げ出したままの俺の側で止まり、ばさばさと、放り出してあった台本を拾い上げた。

 キサの奴が回収に来たのか?と、チラリと視線を送って、俺は、固まった。

 最初に目に入ったのは、絶妙な長さのスカートから伸びた白い足。折り曲げられた太腿とふくらはぎの重なりだぞ、おい。

 まさかの、高川さん!

 片手で髪を抑えながら膝を折って床から台本を拾い上げる姿が、マジで、エロい!

 これじゃ盗み見じゃないか!と思うけど、立ち上がり、半開きの口元に指を当てて、台本を読む姿が、更に、エロい。

 ついつい荒くなる鼻息を必死に堪えていたんだけど、フイと視線がこっちに向いた。瞬時に目を閉じたが、ツツ…と汗が伝い落ちた。

 キモがられるのだけは、勘弁して!

 …と緊張したが、来た時と同じようにコツコツコツと靴音が遠ざかって行く。

 そしてピタリと止まったのでそっと視線を向けると、麗しい臀部の後ろ姿…ではなく、くるりと振り向いた物憂げな瞳に見据えられていた。

「ひゃっ」

 と変な声が出て、姿勢を正すと、

「来て」

 そう言った?

 え?幻聴?妄想?え?俺夢見てる?コレ、夢?

 穴という穴から煙出るかと思うくらい興奮して、椅子ガタガタ言わせた末ひっくり返して立ち上がり、直そうとして勢い余って指挟んで、痛っ‼︎イヤコレ夢じゃない…え、手、手握って良いかな…と思いながら駆けつける途中にくるりと向きを変え歩き出した高川さんの背中に、着いて来て…って言う意味ね…と理解した。いやいやそりゃそうでしょ。放課後…って燃えるシチュエーションとは言え、学校よ?そりゃねえ…と1人問答しながら着いて行くと、

「あれ…今度は援軍付き?」

 辿り着いたのは演劇部だった。

「これはこれは。高川女史…」

 言いかけたキサの目前にポンと丸めた台本を掲げると、ポケットから赤ペンを取り出しにっこり微笑むと

「な、何を!」

 と叫ぶキサの前で、台本をめくりながら赤ペンを入れて行く。

 ページ半分位を四角く囲んで大きくバツを付け、

「必要ない」

 と言い、行を勢いよく線で消して、

「コレで充分」

 と、前後を繋いだり。

 目の前であたふた阿鼻叫喚なキサに同情する位。

 あっという間に全ページ手を入れられ涙目のキサに

「文芸部時代に学ばなかった?」

 そう麗しい流し目を送り

「だらだら長い芝居はつまらないよ?」

 と追い討ち。

「そ、そんな…文化祭まで描き直す時間が…」

 キサは格好付けるのを忘れて床にへたり台本を抱えて途方に暮れてて、ざまみろより、ちょっと気の毒になった。

「まとめてあげようか?」

 キサの前にしゃがんで小首を傾げる姿も天使だけど、スカートの中が見えないか心配…

 項垂れたキサが頷くのを確認し、立ち上がりこっちに向き直り、真顔で可愛いVサインを向けて来た高川さん、マジで天使…

 思わず、キサに並んでへたり込んだね、俺は。






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君の世界で歌う 月島 @bloom

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