第22話 どこでもいいよ


 見慣れたドアの前で、俺はゴクリと喉を鳴らした。


 財布からカギを取り出して、ガチャリと開ける。



 我が家のドアを開くだけなのに、俺はなぜこんなにびびってるんだ?



「えっと、ただいま?」



 落ち着け。東堂さんに不審がられたら人生が終わる。



 この瞬間の不審者は、普通に変態だ。



 俺たちは、普通に漫画を描くだけ。漫画を描くだけ、漫画を描くだけ、漫画を描くだけ……。



 そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと振り返る。



「東堂さんの家みたいにキレイじゃないけど、どうぞ……」



 ドアを手で支えて、東堂さんを家の中に招く。

 そんな形になったけど、果たしてこれは正解なのか?



 気持ち悪く思われてないよな?

 大丈夫だよな?


 そう思う俺の目の前を東堂さんがゆっくり歩いていく。



「……おじゃまします」



 東堂さんは両手を胸の前で握って、優雅にお辞儀をした。


 そのまま、1歩2歩と家の中に入っていく。



 怖がられないようにゆっくりとドアを閉めて、その背中を見詰めた。


「森戸のおうちって、こんな感じなんだ」


「え? あっ、うん……」



「なんかいい感じだね」



 小さく振り向いた東堂さんが、嬉しそうに微笑んでくれる。


 そうして何事もなかったかのように2歩3歩と進んでいく。



 だけど、ちょっと待って!


 なんかいい感じって、どういう意味ですか!?


 いい意味、であってるんだよな?


 なにかの隠喩、じゃないと思うんだけど……。



「なんか感動かも。あたしが思ってた主人公のお家っぽい」



「そっ、そうなんだ」


 えーっと?

 これは、褒められてる?


 玄関は母さんが掃除してるから、そこまで見苦しくはないと思う。


 でも、東堂さんみたいな美人が足を踏み入れていい場所じゃないんだよな。


 だって、男の家ですよ?

 クラスメイトの。しかも2人きり。



 不快に思ってないといいけど……。



 そう思っていると、東堂さんがぼんやりと天井を見上げた。




「森戸の香りがする。しあわせかも……」


 


「……え?」


 俺の香り? しあわせ?


 たしかにそう言ったよな?


 俺の聞き間違いじゃないよな……?



「あの、それってどういう……」




「ーーぴやっ!」



 肩を大きく跳ね上げた東堂さんが、悲鳴をあげる。


 そのままガバリと音がしそうな速度で体ごと振り向いた。



「えっと! 今のはちがくて! すっごくちがくて!!」


 あわあわと手を振りながら、首もぷるぷると横に振る。


 俺の手を両手で握って、祈るように首を横に振る。


「いろいろちがくて! ほんとのほんとにちがくて!」


 なにをそんなにって思うけど、かなり焦っているらしい。


 パニックって言っていいと思う。


 東堂さんは両手をさらに伸ばして、俺の肩に触れた。



「すっごくいい香りで、森戸に包まれてるとか思ってないから! ぜんぜん違うから!」



 両手で体をガクガクと揺さぶられるけど、さすがに倒れる程じゃない。


 でも、目の前に東堂さんがいて、体がありえないほど近い。


 本当に触れる寸前。



 このまま俺が力を抜いたら、ワンチャン……、


 なんて思うけど、



「それはダメだよな」



「ひぅっーー!!」



 うん。人としてダメだと思う。


 おしいけど、


 本当におしいけど、


「違うの! その、あの、えっと!」


「あっ、うん。大丈夫だから、ちょっと落ち着ける?」


 俺は泣く泣く東堂さんの肩に手を伸ばして、ぐっと体を離した。


 心の中で血の涙を流しているけど、これは仕方のないこと。


 そう自分に言い聞かせる。



 ぼうぜんと俺を見上げた東堂さんが、自分の胸に両手を当てた。



「……うん。ごめんね。ちょっとだけ待ってて」



 そう言って、東堂さんがくるりと背を向ける。


 華奢な背中に、ちらりと見えたくびすじ。



 やっぱり、もったいないことしたかな。


 などと思わなくもないけど、嫌われたくないしな。


 これで正解だったよな?


 俺は間違ってないはず。



(前回よりチャンス。だから頑張んなきゃ。……うん。よし!)



 小声でそうつぶやいた東堂さんが、両手をギュッと握りしめた。


 くるりと振り向いて、右手を俺の前に差し出す。



「えっと。手、つないでくれない?」



「……え?」



 手を、繋ぐ?



「なぜに?」


「えっと、えっと……。迷子になるかもじゃん?」


「まいご?」


「うん、迷子」


 東堂さんはそう言って、すーっと視線をそらす。


 頬も少しだけ赤くなった気がした。


「あたし、あんたの家はじめてだから、迷子になるかもしんないじゃん……」



「あっ、うん。それはそう、かも……」


 なんて答えたけど、本当にそうか?


 俺の家、普通の家なんだけど……。


 そう思っていると、東堂さんがもう一度俺の肩に手を置いた。


 さっきよりも近く、つま先立ちになって体を寄せる。

 


『お願い。あたしが迷わないように、手をつないで』



 耳元でそうささやいた。


 もちろん手を繋ぐのは嫌じゃない。


 こちらからお願いしたいほどだ。



『でもね? 手を繋ぐより、肩に手を回してくれる方が好き』




「……」



 これは、あれですか?


 手を回していい。

 東堂さんに触れていい。


 そういうことだよね?



「……」



 目の前に、東堂さん大きな瞳がある。



 視線が交わって、彼女がこくんと頷いてくれた。



『……ん。森戸の手。おっきいね』



『このまま、あたしを好きなとこに連れてって』



『どこでもいいよ』




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本作を『第1回「G’sこえけん」音声化短編コンテスト』向けに改稿し、別作品として投稿しています。


この作品の別視点でもあるので、読んでみてください。


【えっちな漫画家さんは同級生のギャルでした(こえけんver.)】

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054890680551


よろしくお願いします。


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