第21話 うちにくる?

 俺の家にくる? 東堂さんが?



 本当にそう言ったのか?


 俺の間違いじゃなくて??



「えっとね? お家の人って、いたりする? ママとかパパとか」


「いや、いないけど……」



 今日は普通に平日だし。


 というか、ママパパ呼びなんだ。



 東堂さんらしいような、そうでもないような。


 そんな感じだけど、可愛いことだけは間違いないな。



 そう思っていると、東堂さんがほっと肩の力を抜いた。



「そうなんだ。それなら良かった、かも……」



 よかった!?

 俺の家に誰もいないことが!?


 頬を赤くした東堂さんが、嬉しそうに微笑んでいるように見えるんだけど!? 



 繰り返しになるが、家に誰もいないんだぞ?


 俺の家で、俺とふたりきりになるんだぞ!?



「えーっと、ホントにくるの?」



「……うん。森戸が嫌じゃなければ、行きたい。……かも」



 恥ずかしそうにうつむいて、東堂さんが制服のスカートをぎゅっと握る。


 いやとか、そんなこと絶対にないですから!


 もうね。ほんとに彼女は天使なのかも。



 このまま抱きしめていい?



 そう一瞬だけ思ったけど、普通にダメだよな。


 普通に逮捕だ。

 知ってる知ってる。



「嫌とかそういうことは全然ないから」



 むしろウエルカムです。


 いやまじで。




「それじゃあ、ふたりで森戸のおうちにいこっか」



「……うん」




 おうち、って言うのも可愛くない?


 見た目とのギャップと言うか。普通に心臓が早くなる。



 それに、ふたりでって……。



 いや、うん!

 漫画を描くために来るんですよね!


 わかってる、わかってる!



 ……でもさ。もしかしたら、って思うじゃん?


 だって、男の子だもん。仕方ないよね。


 そのくらいは許してください。



「それじゃあ、お支払いしてくるね」



 そう言って、東堂さんが席を立つ。


 机の脇に置いてあった伝票を手に取った。


「言ってあったと思うんだけど、ここの支払いは経費で落とすから。森戸は気にしなくていいからね」


「あー、えっと、……うん」



 いや、ここは俺が――。


 とか、そんなことを言えたらかっこいいんだろうけどな。



「ごちそうさまです」



 お小遣い前で、ほんとすいません。


 おせわになります。



「それじゃあ、えっちなお金で払ってこようかな」


 ふふふ、と幸せそうに微笑んだ東堂さんは、そのままレジに向かって歩いていく。


 えーっと、それって『えっちな(漫画で稼いだ)お金』って意味だよな。



 編集さんとの会話を聞いた時にもあったけどさ。

 “えっちな”って枕詞に付けすぎじゃないですか?



 なんかこう、ドキドキするし、いろいろ考えちゃうから、やめてくれないかな?



 なんてことをぼんやりと思っていると、東堂さんにだいぶ置いてかれていた。



「お支払いは?」


「カードでー」


 あわててその背中を追いかけたけど、レジで支払いをしているだけなのにやっぱり可愛い。


 それになんだか、凜々しくも見えた。




「ごちそうさまでしたー」



 なんて言いながら2人で店を出る。



 東堂さんは太陽に向かって両手を上げて、


「んー……」


 と体を伸ばしながら、満足そうに口元をゆるめる。


 その姿に見惚れていると、東堂さんは輝く瞳を俺の方に向けた。



「どうだった? あたしオススメの喫茶店。良かったっしょ?」



「うん。そうだね。雰囲気も良かったし、チョコレートケーキが本当に美味しかったかな」



 東堂さんには言えないけど、デートみたくて幸せでした。


 俺みたいな凡人の一生の思い出には、十分すぎる。



「でしょでしょ! 森戸なら絶対にわかってくれると思ったんだよね!」


 ふふん! と胸を張って、東堂さんが誇らしげ笑って見せた。


 そうしてなぜか恥ずかしそうに毛先をいじりながら、すー……っと視線をそらす。



「えっとさ。つぎも、誘ったら来てくれたりする? あたしとふたりなんだけど……」



 え……?



 それは、あの、えっと、



「……うん。もちろん」



 これは次のデートのお誘い……?



ーーなんて勘違いしたらダメなやつだよな……。



 たぶんあれだ。


 ここは、えっちな漫画が煮詰まった時に来る場所。



 1人で描きにくるのは気が引けるから、ってことだよな。


 うん。わかってる。

 深い意味なんてないんだよな。


 ……わかってるけど、『俺はデート中だ!』って思い込むくらいは許してくれないかな。



「いつでも駆けつけるよ。東堂さんの誘いより優先するものなんてないしね」



「……ありがと。……森戸ってさ。ほんとに、優しいよね」



 そう言って、東堂さんは指先で髪の毛をくるくると回していた。


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