第20話 バレた!?

「なっ、なんでもない! あたしは、なんにも言ってないから!」


 観葉植物の影から、東堂さんの慌てた声が聞こえる。


 その姿をチラリと見た限りだけど、盗み見がバレたわけでなさそうだ。


 俺はほっと息を吐いて、漏れ聞こえる声に耳を傾ける。


「それでさ、当初の……。え? もう1回……? えっと、それは……」


 どうやら、ずいぶんと慌てているらしい。


 抜き打ちテストの予定が、ターゲットにバレたんだからな。


 調整役は、本当に大変なんだと思う。


 空気読めねえやつ、とか思われてたらどうしよう……。


「場所? ……うん。それは……。森戸の……、うん……」


 なぜか頬を赤くした東堂さんが、スマホを片手に膝を抱えた。


 頬を膝にくっつけて、小さく頷く。


「……うん。してみる」


 それで通話は終わったようだ。


 スマホをポケットに戻した東堂さんが、なぜか目を伏せながら席に戻ってくる。


 そのまま席に座って、無言のままスカートをぎゅっと握った。


 どうにもよそよそしいんだが、なにがどうした!?


「……東堂さん?」


 やっぱり、キスしそうになってたのがバレてたとか!?


 それとも盗み見の方!?


 などと思っていると、東堂さんがハッと顔をあげて首を横に振る。


「なっ、なんでもないの! うん! あたしは全然大丈夫だから!」


「……えーっと??」


 元気そうな声とは裏腹に、体はモジモジ動いていて、視線も合わせてくれない。


 だけど、漏れ聞こえた会話に、キスの単語はなかったからな。


『もう少しでキスしそうだった。やわらかそうな唇に触れそうだった』


 なんてことがバレてたら、今頃は氷の視線を向けられているだろうし。


 気持ち悪がられて、同じ席になんて座ってないだろうしな。


 とりあえずいまは、気にしないのが正解だな。


 そう思いながら、コーヒーを手に取った。


 東堂さんも自分のコップを両手で持って、小さく口を付ける。


「ねぇ、森戸。新田さんに許可をもらったからさ。今後の話をしたいんだけどいい?」


「あ、うん。よろしく」


 なるほど。そのための電話だったのか。


 拒否する理由なんて、どこにもないな。


 東堂さんは大きく息を吸い込んで、周囲に目を向けた。


 恥ずかしそうに身を伏せて、テーブル越しに顔を近付ける。


 その動きにしたがって、俺も東堂さんの方に顔を近付けた。



「えっとね。森戸が主体になって、えっちな漫画を描いてほしいの?」



「……ん? 俺が主体?」


「うん。前回は森戸がアシさんだったっしょ? 今回はあたしがアシってこと」


「え……?」


 思わず目を見開いて、東堂さんを見る。


 東堂さんは嬉しそうに微笑んで、大きく頷いてくれた。


 軽く胸に手を当ててから、両手を俺に向かって開いてくれる。



「えっちな感情をあたしにぶつけて。なんでも受け止めるから」



「……」



 相変わらずえっちだと思う。


 だけど、今回で2回目。


 それも俺の勘違いだってわかっているから、ギリギリ耐えられる。



「それって、どんなえっちな漫画でも大丈夫ってことだよね?」


「……うん。そういうこと」


 ん? 返事に間があった?


 若干残念そうな顔をしたようにも見えたんだが?


 まあ、気のせいだよな。


「さっきも言ったと思うんけど、森戸をあたしの専属ものにしたいの。そのためには、編集部に森戸の力を認めさせる必要があるんだよね」


 詳しく聞くと、おっきなイチモツランド先生は編集部期待の新人らしく、珍しい制限が付けられたそうだ。


 その将来性を見据えて、専属アシスタントにも将来性のある者だけを付ける。



(うそなんだけどね……)



「ん? なにか言った?」


「ううん、なんにも言ってないよ」


 ふるふると顔を横に振る東堂さんは、やっぱりすごく可愛い。


 ほんとに天使のよう。


「えーっとね。んー……、あっ、あったあった」


 そう言ってスマホに触れていた東堂さんが、画面を掲げてくれた。


『コミックマーケット公式サイトへようこそ』


 そう書いてある。


「開催日まで時間ないんだけど、あたしと森戸の2人で頑張れば大丈夫だと思うんだよね」


「……え? それって、つまり?」


「2人でえっちな漫画を描いて、夏コミに出さない? 編集部が認めてくれたら、あたしの隣に並べてくれるから」


「……!!!!」


 夏コミと言えば、日本最大級の同人誌即売会。


 しかも、東堂さんの隣と言うことは、企業ブース。


 それでいて、俺がメインで、ってことは……、


「プロ、デビュー……?」


「うん。編集部が認めてくれたらだけどね」



「!!!!」


 マジか! 夢にまで見たプロへの道が!?


 しかも、東堂さんと一緒に、楽しくえっちな漫画を描けるってことだろ!?



「だからさ。森戸のえっちな欲望を、あたしにぶつけてくれる?」



 東堂さんは更に声を落として、恥ずかしそうに手を伸ばす。


 その手を握り返して、俺は力強く頷いた。


「ああ。すべてぶつけるよ」


 俺が表現出来るものすべてを込めて、えっちな物を作ってやる!


 そう心に誓って、東堂さんを見詰める。


「ありがと。それじゃあ、早速だけど、……森戸のおうち、いこっか」




「……え?」



 指先で髪をくるくるいじっていた東堂さんが、恥ずかしそうに視線をそらした。

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