第19話 えっちに魅了

「えっちに魅了する?」


「……うん」


 東堂さんは消えそうな声を絞り出して、顔をうつむかせた。


「新田さんにそうするのがいいってアドバイスしてもらって……。ごめん……」


 スカートを軽く握り、しゅんと目を伏せる。


 なんとなくだけど、状況が見えてきたな。



 どう考えても俺の早とちり。

 東堂さんの言葉足らず。



 そんな感じだ。



 新田さんとは面接の時に話をしただけだけど、


『創作のために男に好き放題されてこい!』


 なんて言う人には見えなかった。



 と言うか、そんなことを言う人がこの世に存在すると思えないし。


 本当に危なかったー。あのままキスしてたら、マジで人生終わってた!



 ……まあ、後悔はしてなかったかもしれないけど。


「えー、おほん。それでさ、担当編集さんになんて言われたのか聞いていい? 1字1句、間違わないように」


「……うん。仕方がないから、言ってあげる……」


「ありがとう」


 言葉が強かったかも知れないけど、これ以上の勘違いは避けないとまずいからな。


 気を付けないと、クラスメイトに八つ裂きにされる未来がマジで有り得る。


 頭を研ぎ澄ませろ!

 ささいな情報も聞き逃すな!


 そう気合いを入れて、東堂さんの言葉に注意を払う。



 ゆっくりと話してくれた内容は、



『森戸さんにえっちな漫画を描いて貰いませんか?』


『そうすれば、森戸さんの求めているえっちなものが見えてきますよね?』


『えっちに魅了して、森戸はあたしのもの! それが合言葉です!!』


『えっちな報告を期待しています』



「えっと、そんな、かんじかな……」



 そんな感じらしい。



「んー、なるほどね」


 などと言ってみたが、なるほどわからない。


 と言うか、『えっち』の量が多すぎて気が散る!


 いや、まあ、えっちな漫画家さんとその編集さんの会話だから仕方ないんだろうけど……



「……本当に仕方ないのか? そんなことないよな?」


「ん? なんのはなし?」


「あっ、ごめん。ちょっと考えごとしてて、気にしなくて大丈夫」



「????」



 なにはともあれ、『えっち』の文字を抜いて考えるのがいいよな。


① 『俺に漫画を描かせる』

② 『東堂さんの物にする』

③ 『その結果を編集さんに報告する』


 たぶんだけど、これ、②と③の順番間違ってるな。


 そうすると、


『俺に漫画を描かせて、編集さんに報告して、俺を東堂さんの物にする』



 そうなるわけだ。


 つまり!



「テストしてくれるのか!? おっきなイチモツランド先生の専属アシスタントの!」




「……え?」


「え……??」



 あれ? 違った?


「えーっと、あれだよな? 俺が描いた漫画を編集さんが評価して、俺を東堂さんの物──つまりは専属のアシスタントにする。ってことなんじゃ……??」



 それ以外の選択肢が思い浮かばなかったんだが?


 なにか間違えた?


 そう思っていると、東堂さんの目が大きく見開いた。



「……うっ、うん! そうなんだよ!」



 東堂さんは俺の手を握って、『うんうん!』と何度もうなずく。


 一瞬だけ首を傾げていたようにも見えたけど、どうやら気のせいだったらしい。


「あっ、あたしとしては、テストなんて要らないと思うんだけどね! あははー」


 東堂さんは指先で髪をいじりながら、なぜかすーっと視線をそらした。


 そうしてそのまま言葉を続ける。


「抜き打ちテストの予定だったんだけどね。森戸ってほんと頭いいよね。うん!」


「あー……、なんか、ごめんな」


「全然大丈夫! あんたが謝ることじゃないし! けど、ちょっとだけ待ってて。新田さんに確認の電話? をしてくるから」


 ポケットからスマホを取り出して、取り出して席を立つ。


 周囲を見渡して、東堂さんは壁際にあった観葉植物の側に駆けていった。


 葉や幹に体を隠すようにしゃがんで、スマホに手を添える。


「あっ、新田さん? 相談と言うか、報告と言うか、例の話しなんだけど……。失敗したような、成功したようなーな感じで……」


 そう話す東堂さんの声を遠くに聞きながら、俺はコーヒーに砂糖を2本流し入れた。


 ブラックで頼んだけど、席にスティックシュガーが置いてあって助かった。


「えっとね、もうちょっとで……。うっ、うん、すっごく惜しかったんだよね! 本当にあとちょっとで……」


 出来るだけ小声で話しているように見えるけど、声が漏れ聞こえる。


 制服姿で隠れるようにしゃがむ姿も、なんかちょっとえっちだ。


「ん? だいたん……? そっか、ここ、喫茶店……」


 東堂さんの肩がビクンと跳ねて、大きな瞳が周囲を見渡した。


 そうしてさっきよりも体を丸めた東堂さんが、スマホに手を添える。


「……森戸しか、見えてなかった、っぽい。あたし……」


 東堂さんの視線につられて俺も周囲を見たけど、3つほど先の席でお客さんがコーヒーを飲んでいるんだよな。


 店員も普通に接客してるし。


 この中で東堂さんにキスをしようとしていたとか、正気に戻るきっかけくれた店員さんにはマジで感謝だな……。



 そんなことを思いながら、東堂さんの姿をちらちらと盗み見る。



 ……やっぱ、可愛いよな。




「でっ、でも、……森戸がしてくれるなら、あたしは、ぜんぜん……」



 頬を赤らめた東堂さんがこっちを見た気がして、俺は慌てて視線をそらした。

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