第18話 なんでも受け止めるから!

「あの、えっと……」


 思わず見返した東堂さんの目は、どこまでも本気に見えた。


 握りる手に力がこもり、東堂さんが頭をさげる。



「お願い! どんなえっちなことでも、あたしは大丈夫だから!」


 東堂さんの額が俺の手に触れて、長い髪が机の上にたれた。



 ……これは、どういうことだ?



 東堂さんはなんて言った?



「俺のえっちな感情を受け止める……?」


「うん!」



「東堂さんが……?」


「うん!」



「どんなえっちなことでも……?」


「うん!」



 いや、まじで意味がわからないんだけど!?


 言葉通りに受け止めるとすると、


『東堂さんにえっちなことをしていい』


 ってことになるよな!? 間違ってないよな!?



 いや、でもそれはさすがに……。


 でも、もしかしたら本当に?



 いやいやいや……。でも……。



 なんて思いが頭を占領して、自然と腰が浮く。


 俺の手に引かれて東堂さんの顔が上がり、視線が交わった。



「「…………」」



 目の前に見えるのは、柔らかそうな唇と、二の腕に挟まれた胸。


 第2ボタンまで開けられた制服。


 その隙間に見える肌色の谷間。



「……なんでも」



「うん」



 ゴクリと俺の喉が鳴り、東堂さんは頬を赤らめて視線をそらす。



 女性は視線に敏感だと聞く。


 思わず見てしまったことがバレた? と言うか、いまの反応はバレたよな?


 そう思うけど、『なんでも受け止めてくれる』って言ってくれてるし……。



 大丈夫、だよな?



 そんな俺の思いに答えるかのように、東堂さんがぎゅっと唇に力を込めた。


 俺の方に向き直って、こくり頷く。


 

「えっと、さきに……」



 そこで言葉は途切れて、東堂さんの肩の力が抜けた。


 顎がすこしだけうえを向いて、大きな瞳が閉じていく。



 ふっくらとした唇が、アヒル口になって見えた。



『さきに、キスから……』



 そんな幻聴が聞こえた気がした。



「いいんだね?」


「……ん。あんまり、いじわるしないで」



「わかったよ」



 断る理由はないし、その意思もない。


 やわらかそうな唇に、ゆっくりと唇を近付ける。



 心臓のドキドキがヤバい。



 無防備な東堂さんの顔はすごくえっちで、近付けば近付くほど、彼女の体温を肌に感じる。



──そう思った時、パリーンと皿の割れる音が聞こえた。


 

「「っ!!」」


 

 思わず動きが止まり、東堂さんもビクンと肩を跳ねあげる。


「しっ、失礼しました」


 皿を落としたらしい若い店員が、いまにも泣き出しそうな声を周囲に響かせていた。


 ぼんやりとした目で俺を見ていた東堂さんが、恥ずかしそうに視線をさげる。



「「……」」



 これはどうしたらいいんだ?



『もう1回 顔を近付ける?』


『目を閉じてって言う?』


『それらしい雰囲気を醸し出してみる?』



 いや、無理でしょ。


 キスしたことのない人間に、ハードルが高すぎるって!


 というか、今更だけど、ここって喫茶店だったんだな……。


 俺たちの方を見てる人はいないけど、周囲には普通にお客さんがいるし……。



 そう思った瞬間に、俺の背筋をヒヤリとしたものが駆け抜けた。



「……森戸?」


「あっ、えっと……」



 東堂さんが、人前でキスをしようとしている? 俺を相手に?


 ありえないよな!?


 ダメだ。落ち着け。


 まずは、これまでの傾向を思い出せ。


「ごめんね。ちょっとだけ待ってね……」


 これまでの東堂さんとの会話は、言葉足らずのすれ違いが多くあった。


 今回もその可能性が高いんじゃないのか?


「ちょっと、額から汗が……」



 本当に危なかった……。



 あのままキスしてたら、どうなってたか。


 逮捕? 処刑?

 クラスメイトによるリンチ?


 考えるだけでも恐ろしい……。



「えっとさ。ちょっと深呼吸してもいい?」


「え? う、うん。いいけど……」


 待てをする子犬のような目をした東堂さんから離れて、大きく息を吸い込む。


 ゆっくりと目を閉じて、煩悩を追い出すように首を横に振った。


 暴走しないように椅子に深く座り直して、背もたれに体を預ける。



「えっとさ。情報を整理したいんだけどいいかな?」


「え? あっ、うん……」



 パフェの時の『あーん』は、そういうシチュエーションを体験したかったから。


 それが今回は、『えっちな感情をあたしにぶつけて欲しい』だからな。


 さすがに『男に好き放題されるシチュを体験したかった』ってのはない。


 どう考えても、俺の読み解きが間違ってる。


「間違ってたらごめんなんだけどさ。担当編集さんになにか言われてたりする?」


 どうにも東堂さんらしくないと言うか、行動と言葉があってない気がした。


 内容がえっちな漫画関連だったから、もしかしたら。


 そう思ったんだけど、



「……『えっちに魅了して、森戸はあたしのもの』って言われた、かな」



「…………え?」



 東堂さんの口から、予想外の言葉が飛び出した。


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