第16話 喫茶店デート?

 恐る恐ると言った様子で、東堂さんが顔をあげる。


 俺と視線を合わせて、彼女は大慌てで首を横に振った。


「いっ、いまのはちがくて! 森戸がステキなのは違わないんだけど! ちがくて!!」


 キレイに整えられた長い髪が、ブルンブルンと揺れて乱れる。


 なにもそこまで必死に否定しなくても良くないか? そう思わなくもないけど、東堂さんは美人だからな。


 小さな勘違いが面倒な事態を呼び寄せると、実体験で知っているのだろう。

 いまの反応やクラスメイトの顔を思い浮かべると、そんな気がする。


 あいつら、ほんとバカだからな……。


 そう思いながら、俺は東堂さんの目を見返した。


「大丈夫。深い意味で言ったわけじゃないのはわかってるからさ」


 モテるような人間じゃないし、ステキと言う言葉を額面通りに受け取れるほどカッコイイ人間でもない。


 夢見心地で東堂さんに惚れてる訳でもないから、変な勘違いもしない。


 それでもやっぱり、優しい言葉をかけて貰えたことが嬉しくて、口元が緩むのを止められなかった。


「ありがとね」


 優しいくて、可愛くて、キレイで、ちょっとえっち。

 ほんとに完璧だよな……。


 などと思っていると、顔を上げた東堂さんと視線が混じり合い、互いに顔を背けた。


 膝の上で両手を握り、東堂さんが恥ずかしそうに俯く。


「……えっと。あのね……」


 なにかを言いかけて口を開いて、そのまま言葉を飲み込む。

 また開いて、閉じる。


 そんな東堂さんの瞳に決意が宿り、大きく息を吸い込んだ。


――そんな時、


「おまたせしましたー。こちらから失礼しまーす」


 それまでの空気を切り裂くように、店員がコーヒーとケーキを運んできてくれた。


 東堂さんの前にカフェモカとチョコレートケーキが置かれて、彼女の瞳が輝く。


「すごーっ! ハートの中に音符がいっぱい!」


 東堂さんの言葉通り、カフェモカの泡に、大きなハートと音符のマークが描かれていた。


 東堂さんはスマホのカメラを構えて、嬉しそうに写真を撮る。


「見て見て! キレイじゃない!?」


『まあね。でも、キミの方がキレイだよ』そんなイケメンのセリフが、一瞬だけ心に浮かんだ。


 俺みたいなヤツが口に出したらドン引きだな。


 でも、目を輝かせる東堂さんが本当に可愛くて、模様なんかよりそっちに目が向くのだから余計にたちが悪い。


「おまたせしましたー。チョコパフェと、ティラミスパフェです」


「わーっ! こっちも可愛い!!」


 テーブルの上が次第に賑やかになって、東堂さんの笑みも深まっていく。


 さっきまでの気まずい空気なんてなかったかのように、東堂さんが幸せそうな笑みを浮かべてくれていた。


 そんな彼女を横目に見ながらホッと力を抜いて、俺はコーヒーを手元によせる。


「コーヒーもいい香りがするね」


 感じていた焦りを飲み込むように、熱いコーヒーで唇を湿らせた。


 かなり苦いけど、出来るだけ慣れてるを心がける。


 そんな俺を見て、東堂さんは無邪気に笑ってくれた。


「ブラックで飲むとか、森戸って大人だねー」


 純粋な目でそう言ってくれるから、『実は苦いのダメでさぁ。砂糖とミルク貰ってこようかなー』なんて言えないし……。


 でも、いい香りがするのは本当なんだよな。

 これで苦くなければ……。


(やっばー! 無理して耐えてる森戸 可愛いー!)


「ん? なにか言った?」


「ううん! なんにも。気のせいじゃない?」


 いや、なにか言ってたのは間違いないと思うんだけど?


 まあ、深く追求するような事でもないか。


「あたし、苦いのダメなんだよねー。だから、ブラックで飲める森戸のこと、素直に尊敬するなー」


 そう言われて、俺の心はさらに華やいだ。


 でも、本当は飲めません。

 騙してます。ごめんなさい。


 そう懺悔する俺の前で、東堂さんはパフェ用の長いスプーンに手を伸ばす。


「どっちから食べよっかな? ティラミスもいいし、チョコパフェもいいし……」


 スプーンを口にくわえて、2つのパフェをマジマジと見比べる。


 口の端からチラリと舌を覗かせた東堂さんは、ティラミスの方に手を伸ばした。


「この子があたしを呼んでた! だから、この子にする! あーむっ!」


 言葉の意味は理解出来ないけど、ほんとに瞳が輝いてるな。


「ん~! んーふー!」


 スプーンをくわえたまま頬に手を当てた東堂さんが、もだえるように体を揺する。


 無邪気で幸せそうで、それでいてどことなくえっちに見える。


 本当に、可愛らしい天使だよ。

 

 そう思いながら苦いコーヒーを飲み、正面に広がる幸せな光景を記憶に焼き付ける。


「それじゃあ、つぎも──」


 そう言葉にしながら上機嫌でスプーンを伸ばした手が、パフェをすくう直前で止まった。


 なぜか東堂さんの頬が赤くなり、パフェとスプーンと俺の顔を交互に見詰める。


「東堂さん?」


「ひゃぅ!? やっ、違うの!」


「……えーっと、なにが?」


「……」


 東堂さんの手がスプーンから離れて、膝の上で握られた。

 視線は俯き、肩がプルプルと震えているように見える。


 そんな彼女が、チラリとだけポケットを流し見たような気がした。


(はしたなくないよね? えっちだよね? 新田さんのこと信じるよ?)


 口の中でぶつぶつとつぶやいた彼女が、もう1度スプーンに手を伸ばす。


「シェア、するんでしょ? ……あーんって、してよ」


 恥ずかしそうに視線をそらした東堂さんが、俺の方に手を伸ばしてくれていた。

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