第15話 ホントに誘惑出来る!?
「えーっと、シェア?」
そう問いかける俺に向けて、東堂さんが更に距離を詰めてくる。
無邪気な笑みも一段と深まっていた。
「そう! あたしひとりだと食べきれないかもじゃん!?」
「……あー、なるほど」
どっちも食べたいけど、物理的に無理って話か。
色々と思うところはあるけど、賛成しておけば悪いようにはならないはず……。
「わかったよ。それじゃあ、シェアして食べようか」
「ん! ありがと! 早速頼んじゃうね! 店員さーん」
俺の手を握ってから身を引いた東堂さんが、両手を大きく振る。
なにをするにしても、本当に楽しそうだよな。
氷の天使なんて呼ばれてる学校とじゃ大違いだ。
(これが俺だけに見せてくれる姿とかだったら、すげー嬉しいんだけどな)
「ん? ねぇ、森戸。なにか言った?」
「いや、なんにも言ってないよ?」
まあ、さすがにそれはないか。
女友達とかと同じジャンルで、無害認定されてるとかその辺だろうな。
せめて男として見てくれないかな……。
じゃないと、あまりにも無防備過ぎて……。
「森戸はー? ブラックでいいの?」
「あっ、うっ、うん」
やばいな。本当はミルクも砂糖も必要だけど、流れで頷いてしまった。
いまさら言い直すのもあれだし、ブラックで飲むしかないか……。
「えっと、あたしはカフェモカで」
頼む物まで可愛いのは反則だと思います!
などと思っていると、東堂さんはポケットから小さな紙を取り出した。
彼女はその紙に目を向けて、
「うぇっ――!?」
なんて声を漏らす。
大きな瞳をさらに見開いて、紙を慌てて閉じる。
「ごっ、ごめん! 編集社に連絡しなきゃダメみたい! すぐ終わると思うんだけど……」
「大丈夫。俺の事は気にしなくていいよ」
なにをするでもなく、商品が届くのを待っているだけだからな。
急ぎですることもないし。
そう思っていると、東堂さんは早々に編集社にメールを送ったらしく、焦ったような顔で画面を見詰めていた。
スマホから音がして、東堂さんが電話に出る。
「はっ、はい、東堂です。ちょっと待ってくださいね」
喫茶店を見渡して。
出入り口を流し見て。
最終的には、その場にとどまる事に決めたらしい。
東堂さんは俺に背を向けて、スマホに手を添えた。
(新田さんっ! あのミッションおかしいっしょ!? ホントにそれで誘惑出来るの!?)
俺に気をつかって小声で電話をしているように見えるけど、周囲に客がいなくて静かだから、普通に聞き取れるんだよな……。
誘惑ってなんの話しだろう?
「う、うん。……うん。そのシチュはいっぱいみたけど、あたしの趣味じゃないっていうか……。うん……」
状況から考えて、電話の相手は担当編集さんだろうな。
だとすると、えっちな漫画の話なのは間違いない。
ヒロインが主人公を誘惑するシチュエーションの話でもしてるのか?
「……うん。わかった。新田さんがそう言うなら、してみる。……うん」
どうやら前向きな方向で話がまとまったらしい。
2日前に原稿を仕上げたばかりなのに、早くも次に向けての動き出し。
やっぱり、えっちな漫画家ってすごいな。
そう思っていると、東堂さんはスマホを持つ手を下げて、ふーっと大きく息をした。
「ごめんね。急用は終わったから。うん……」
「そうなんだ。仕事の電話?」
「うっ、うん。そう! そうなの!」
なんだか慌てているように見えるけど、仕事なら守秘義務とかあるだろうし。
出版業界って、その辺が厳しいイメージもあるしね。
そう思っていると、東堂さんは背筋を伸ばして、俺の方に向き直った。
「それでさ。本題に戻すんだけど……」
そう前置きをして、深く頭を下げる。
「今日は本当にごめんね。教室ですっごい暴走しちゃって……」
最初に声をかけてくれたことは別として。『将来につながる話』だとか、『みんなの前で手を繋ぐ』とか。吐息が耳にかかるくらい近付いて『ふたりきりの静かな場所に行く』とか……。
確かに、教室での東堂さんは『暴走中!』という表現がピッタリだった。
だけど、
「それはいいよ。ここに来る前にも謝ってもらったし」
正直な話、改めて謝られるまで忘れてたしな。
だけど、喫茶店に来たのは、その説明を聞くだめだったか?
「どうしてあんなことを?」
東堂さんに嫌われないためには、聞かない方がいいのかも知れない。だけど、やっぱり気になるし……。
東堂さんは恥ずかしそうに視線を俯かせて、制服のスカートをギュッと握り絞めた。
「みんなが森戸の悪口を言ってるのがキモくて……」
聞こえたのは、かすれるような小さな声。
「悪口?」
それって、教室内で、ってことだよな?
言われてたか?
「えっと『なんであいつが!』とか。『森戸のくせに!』とか。そんなの……」
「あー、確かに言われてたな」
クラス全体がそんな感じだった気がする。
でもさ。それって悪口か?
俺と東堂さんがつりあわないのなんて、誰が見ても明らかだよな?
美女と野獣とまでは言わないけど、ヒロインとモブくらいの差はあるし。
なんて思っていると、東堂さんは俺の手を握り、まっすぐに目を見た。
「森戸はこんなにステキなのに! ほんと、みんなは見る目がな――」
そこまで言って、東堂さんはハッと息をのむ。
彼女の頬が、カーッと色付いたように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます