第14話 え? ここで描くの!?
カランカランと鳴るベルの音を聞きながら、俺たちは喫茶店に入る。
案内された席に座り、東堂さんがメニューをめくりながら、綺麗な笑顔を見せてくれた。
「ここって、このチョコレートケーキが絶品なのよ」
彼女の綺麗な指先が、大きな写真をさしている。
編集さんとの打ち合わせに使って、そのおいしさにハマったらしい。
時々ここに来て、ストーリーを練ったり、原稿をしているのだとか。
「え? ここで?」
「うん。環境が整ってる家でやるのもいいんだけど、気持ちを切り替えたいときってあるっしょ?」
「まあ、それはね」
頭が煮詰まりすぎて、藁にもすがる思いになるやつな。
なんの根拠もないのに、『ここじゃないどこかに行けば、作業が格段に早くなる! 間違いない!』って思うんだよな……。
すげーわかる。
でもさ。東堂さんが描いてるのって、えっちな漫画だよな?
「大丈夫なのか? その、色々と……」
「ん? なにがー?」
「えーっと、ここで描いてるとさ。見られたりするんじゃないのか? 描いてる絵とかを」
「あっ、うっ、うん! それはそうなんだけど、どうせ赤の他人でしょ? あたしはなんとも思わないかな!」
「へー、そうなんだ」
そこまで言い切るのか。
すごいな。
「それにあれじゃん? 向こうが見てくるのなら、遠慮しなくていいっしょ?」
「あー、まあ、それはたしかに」
R18マークなどで一応の配慮はするけど、最終的には自己責任。
それがえっちな漫画家の心構えってヤツか。
さすがは おおっきなイチモツランド先生! 俺の見習わないとな!
そう思っていると、東堂さんは俺の視線を避けるように、メニュー表で顔を隠した。
(新田さんがそう言ってたけど、見られたらやっぱハズいよ! まわりの人に見られるかもとか、1ミリも思わなかったし。あたしのバカ……)
「ん? なにか言った?」
ちいさな声でなにか言っていた気がしたけど、ジャズの音に紛れて聞き取れなかった。
お客さんが出て行くカランカランって音にも重なったし。
「うっ、ううん! なんにも言ってない!」
そんなことよりも! と、東堂さんがメニュー表を机の上に置き直す。
「森戸はなににする!? お金は気にしなくていいから!」
「え? いや、大丈夫だよ。この前のアシスタント代も貰ったし」
俺にもちっぽけなプライドがあるからな。自分が頼む分くらいは出さないと……。
そう思っていると、東堂さんがくすりと肩を揺らした。
「新田さんに『編集部の経費で落としていいですよ』って言われたんだよね。だから、高いのいっぱい食べちゃわない!? 新田さんがびっくりするくらいに!」
小学生が悪さをするときのような笑みを浮かべて、東堂さんが自分の頬に人差し指を当てる。
瞳を輝かせながら、メニュー表をゆっくりと眺めていった。
「チョコケーキと、あとはなににしよっかなー? あっ、パフェもいいよね! でも――」
ちいさく首を傾げながら、あっちを見て、こっちを見て……。
あらためて思うけど、ほんとに可愛い人だよな。
お風呂あがりの時のようなえっちな時とのギャップにクラクラする。
「ねぇ、森戸はー? 決まったの?」
「あっ、う、うん」
やっべ。
東堂さんに見とれてて、なんにも決まってない!
えーっと……、
「おすすめしてくれたチョコレートケーキのセットにしようかな」
それが無難だよな? 間違ってないよな?
そう思ってドキドキしていると、東堂さんは嬉しそうに頷いてくれた。
「ここのチョコ ほんとに美味しいから、森戸にも食べて欲しかったんだよね!」
「そうなんだ」
これはアレだな。 美味しくなくても、うまいって言うしかないやつだ。
まあ、さすがにないと思うけど。
「んー。あたしはどうしよっかな? パフェもいいんだけど、パンケーキ系も美味しそうなんだよね」
んー……、と声を漏らしながらページを行き来させる姿も可愛い。
胸の前で腕を組み、天井を見上げていた東堂さんが、俺の方を見てパチンと手を叩いた。
「森戸ってさ。チョコパフェとティラミスパフェ。どっちも食べれる?」
「ん? うん。普通に食べれるよ?」
質問の意図がわからず素直に答えた俺に目を輝かせて、東堂さんはメニュー表を指さす。
「これとこれ、あたしとシェアしない!?」
机に手をついて身を乗り出した東堂さんが、無邪気な笑みを浮かべていた。
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