第13話 こいつ、あたしのだから!


 東堂さんと手をつないだまま教室を出て、廊下を進む。


 チラリと後ろを見たけど、尾行するようなヤツはさすがにいないらしい。



 校舎を出て、閑散とした住宅街に入る。


 俺たちはどちらともなく手を離して、ふぅーと大きく息をした。


 そんな時、


「えーっと、ごめんね! すっごくやり過ぎた!」


 頭上で手を合わせた東堂さんが、深々と頭を下げた。


 教室にいたときは自信満々に見えたけど、彼女は彼女で反省していたらしい。


 深く追求する気はないけど、目的くらいは聞くべきだよな。


「どうしてあんなことを?」


「えっと、それは……」


 東堂さんは胸の前で手を握り、恥ずかしそうに周囲を見る。


 なにかを言いかけて、ぷいっと顔を背けた。


(森戸はあたしのだから! って宣言して、誰にも盗られないようする作戦だったんだけど、熱が入っちゃって……)


 もぞもぞとなにか言っている気がするけど、通り過ぎる車の音が邪魔でうまく聞き取れない。


 それでも、答えづらい問いなのはわかった。


 でもさぁ。言い淀む姿も可愛いとか、最強だよな……。


「えーっと、そもそもの話しなんだけど。俺に話しかけてよかったのか?」


「ん? なんでそんなこと聞くのよ? いいに決まってるっしょ?」


「いや、なんでもなにも、えっちな漫画を描いてるのは隠すんだろ?」


「ええ、そうね。胸を張ってやってる仕事だけど、棲み分けは大切だから」


 その気持ちはよくわかる。


 イメージだけで批判する人間とかに知られたくはないだろうし。

 単純に恥ずかしいっていうのもあると思う。


「だったらさ。俺との関わりも、出来る限り隠した方が良かったんじゃないのか?」


 アシスタントをしたことで、俺たちは戦友のような間柄になったと思う。


 だけどそれまでは、挨拶をする程度のクラスメイトでしかなかったからな。


「俺たちが突然仲良くなったら、そのつながりに目が向くと思うぞ?」


 声を掛けただけであの反応だからな。

 男女問わず、根掘り葉掘り聞かれるのは間違いない。


 だけどそれは、東堂さんもわかっていたはず。


 そう思っていたんだけど、


「……えっ、どうしよ!? 2人でえっちな本を描いてるってバレる!?」


 東堂さんの顔が、さーっと青ざめた。


 どうやら、本当に気付いてなかったらしい。


「まっ、まあでも、大丈夫っしょ!」


 あははー、と笑ってるけど、全然大丈夫じゃなさそうだ。


 どうにかしてあげたいとは思うけど、クラスであれだけのことをしたからな。


 いまさら、なにもなかったことには出来ないし。


「これはあれだな。囮を作るしかないかな」


「ん? どういうこと?」


「えっちな漫画じゃなくて、別のなにかをしている。そうするのがいいと思う」


 俺たちが手を繋いで教室を出て行ったのは、みんなが知ってるからな。


「あのあと、2人でなにしたんだ? って聞かれた時に、みんなが納得できる答えを決めておくのがいいと思うんだ」


 と言うか、それ以外に選択肢はないと思う。


 余程焦っていたのか、東堂さんの顔がパァ〜っと輝いた。


「森戸、頭いいね! でもさ、その別のことって、例えば?」


「えーっと、例えば。……恋人、とか」


 クラスメイトの前で、耳に吐息がかかるほど近付いてたし。


 指を絡めるように手を繋いで、教室を出て来たからな。


 恋人以外に説得力のある関係性ってあるか?


「あたしと森戸が恋人……」


 思わずと言った様子で、東堂さんが呆然と言葉を繰り返す。


 顔を真っ赤に染めて、上着の裾を握りしめた。


 視線をうつむかせる東堂さんの姿に、俺は慌てて両手を横に振る。


「もっ、もちろん、演技だから! えっちな漫画を描いていることを隠すための囮だからね!?」


 これは告白じゃないんです! だから冷たい態度にならないでください! 氷の天使にならないでください!


 まじでお願いします!


 そんな俺の思いが通じたのか、『キモい』と氷の剣で斬られる事はなかった。


 ハッと視線をあげた東堂さんが、柔らかい視線を向けてくれる。


「そっ、そうだよね……、演技、だよね……」


 そうしてなぜか、東堂さんが俺に背を向けた。


(これで『森戸はあたしの男』作戦は成功、でいいよね!?)


「えっと……?」


「あっ、ごめん! こっちの話しだから!」


 ずいぶんと慌てているように見えるけど、どことなく嬉しそうにも見える。


「とっ、とりあえず、喫茶店行こっか! 教室の暴走の釈明もさせて欲しいし!」


「あー、うん。それはいいんだけど、俺、喫茶店って詳しくないよ?」


「そっちも大丈夫。担当編集の新田さんと一緒に行くお店が近くにあるんだよね。それじゃ、行こっか!」


 東堂さんは教室を出た時と同じように俺の手をとって、閑静な住宅街を歩き出した。

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