第12話 教室で大胆に……
俺がえっちな漫画のアシスタントをしてから2日が経ったその日。
授業終わりに帰り支度をしていた俺は、東堂さんに声をかけられた。
「ねえ、ちょっと時間ある?」
「え? あっ、うん。大丈夫だけど……」
大きく目を見開いて、慌てて周囲を見る。
教室にはクラスメイトの八割が残っていて、みんなが俺たちの方に目を向けていた。
(おい、あれってどういうことだよ!?)
(東堂さんが森戸に話しかけた!?)
周囲からはざわざわとした声が聞こえていて、クラスメイトが驚いている。
ヒソヒソ話すのなら、俺たちに聞こえないようにしろよ……。
などと思うけど、彼らが驚くのも無理はない。
学校にいる時の東堂さんは、基本的に女子としか話さないからな。
(氷の天使さまが、どうして森戸なんかに!?)
(ウソだよな!? 恥ずかしそうに微笑んでいるように見えるのは、気のせいだよな!?)
(ちくしょー!! 森戸のくせに!!!!)
本気で血の涙を流している奴が何人もいる。
成績優秀。頭脳明晰。
責任感もあって、基本的には誰にでも優しい。
学校で一二を争う美少女。
そんな東堂さんに告白して「キモい」の一言で斬られた男は数知れず。
告白を境に態度が冷たくなった東堂さんを遠目から見ているだけの男も多くいる。
それでついたあだ名が、『氷の天使さま』。
告白したら氷の剣でバッサリ斬られて、凍える眼で見られるそうだ。
そんな彼女が、俺なんかに声を掛けた。
驚くなって言う方が無理だよな。
(いや落ち着け! 先生から頼み事をされただけ! そうに違いない!)
(確かに! そうだよな!)
だから、誰もがそう思ったのだろう。
冷たくされても挫けずに2回告白した男の言葉に、みんなが納得したように息を吐く。
そんな中で、東堂さんがなぜかむっとしたように見えた。
ポンと手を叩き、楽しそうに笑う。
「あたしたちの将来に関わる話があるの。ほんとに個人的な話なんだけど……」
(((なっ──!?)))
あー、うん。
どう考えても、えっちな漫画関係だろうな。
周りに知られたくないから言葉を濁したんだと思うけど、わざと誤解されるような言い方にしなかったか?
「ふたりきりになれる静かな場所に行きたいんだよね! こっちきてよ!」
(((……)))
うん。これもえっちな漫画のセリフを流用しただけだろ?
そうわかっているのに、ドキドキがとめられない……。
東堂さんは俺の方に1歩だけ近付いて、周囲に見えないように、可愛く舌を出した。
「一緒に見たいって言ったのそっちじゃん? あたしだけで勝手に決めちゃっていいの?」
いや、なにをだよ。
そう思ったのは、俺だけじゃないだろう。
(結婚式の会場とか!?)
(2人の部屋でしょ!)
(入籍日の可能性もあるよね!?)
そんな感じの声が、女子の方から漏れ聞こえてくる。
これはあれだな。放置してたら、取り返しの付かないことになるな。
「わかったよ。付いて行くから」
とりあえず、いますぐに教室から逃げよう!
色々と取り返しが付かなくなる前に!
まぁ、時既に遅し、って感じもするけどな……。
「ありがと! あたしも鞄とってくるね!」
教室のこの空気、どうしてくれるんだよ。まじで。
明日からこの中を登校するとか拷問じゃない?
俺の静かな学校生活が……。
などと文句をいいたいけど、
「ただいまー!」
「あー、うん。おかえり」
可愛すぎてむりなんだよな……。
『ふたりきりになれる場所に行きたい』なんて言われたら、状況に関係なくドキドキするし。
可愛い顔を向けられたら、すべてがどうでも良くなるし。
美少女って、本当にズルい!
そう思っていると、東堂さんが、なぜか俺の方に手を伸ばした。
「それじゃ、行こっか!」
「「「「「「なっ!????????」」」」」」
俺の指に絡めるように、東堂さんが手を握る。
彼女は俺の顔を見上げて、幸せそうに微笑んだ。
少なくとも、クラスメイトにはそう見えただろう。
「いつも思うけど、森戸の手っておっきいよね」
(((……)))
いや、いつもって。
手を握ったの、今日がはじめてでしょうに……。
東堂さんの目的はわからないけど、これ以上クラスメイトを追い込むのはやめてあげてください。
死んだ目をしてるやつが大勢いるからな?
恐ろしいほどの殺気を放ってるやつもいるからな?
そう思っていると、不意に立ち止まった東堂さんが、つま先立ちになって俺の肩に掴まった。
(巻き込んでごめんね。お詫びになんでもするから)
そう耳元でささやいて、東堂さんは天使の笑みを浮かべる。
あまりの急接近に心臓が大きく脈打つ。
東堂さんの吐息が、耳にかかっている気がする……。
「いや、あの、うん。……大丈夫、です」
純粋で綺麗な瞳に見詰められたら、そうとしか言えねぇよな。
天使のほほえみが、目の前にあるし。
改めて思う。美少女は反則だ!
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