第6話 明日までってマジ?

 2人で楽しく作業を続け、時刻は夜の8時。


 不意に、ピピッ、ピピッ、と東堂さんのスマホのアラームが鳴った。


 契約時に、業務は8時までって言われたからな。


 バイトはこれで終わり。

 なんだか切なく感じるな。


 などと思っていると、東堂さんは椅子をぐるりと回して俺の方を向いた。


「えっと。お願いがあるんだけど」


 申し訳なさそうに視線を伏せて、深く頭を下げる。


「このまま完成まで手伝って! ……ダメ?」


 胸に手を当てた東堂さんが、上目遣いで俺を見ていた。


 これはあれか?


 残業?


「えっとね。締め切りが明日で。結構やばくて。もちろんお金は払うから!」


「へ? 明日!?」


「うん。明日……」


 改めて画面を見返すと、未完成の原稿が半分以上ある。


 さすがに白紙のやつはないけど、このままじゃ完成は何時になるか……。


「かなりやばいよね?」


「……うん」


 東堂さんの視線が、すーっとそれていった。


 どう考えても、1人でやって終わるような量じゃない。


「このまま完成までか……」


 帰宅は真夜中か、明け方かな。


 元々バイトをしようと思ったのは、えっちな漫画に打ち込むためのお金が欲しかったから。


 だから、追加でお金が貰えるのはありがたい。


 だけどそれ以上に、東堂さんと一緒にえっちな漫画を描くのは楽しかった。


「あんまり戦力にならないかもしれないけど、どれだけでも手伝うよ」


 手探りで必死についていってるだけのアシスタントだけど、ひとりでやるよりは早いと思う。


「ありがと! すっごく期待してるから!」


 東堂さんはそう言って、嬉しそうに笑ってくれた。



 2人で横並びに立って、腰に手を当てながら栄養ドリンクを飲み干す。


 流れ込む糖分とカフェインで目を覚まして、気合いを入れ直した。


 残っている作業量を考えると、本当にやばいからな。



 結局、俺が東堂さんのえっちな服にドキドキする余裕があったのも、夜の11時を過ぎるくらいまでだった。


 カチューシャで前髪を上げて本気モードになった東堂さんを横目に、俺も必死に原稿と向かい合う。



 そうしてアシスタントのバイトをはじめてから、15時間が過ぎた頃。



「おわったーーーーーー!!!!!!」



 東堂さんは両手を大きく掲げて、自分が座る椅子をグルグルと回していた。


 学校では見たことがない、幼さが残る笑み。


 その姿がどうにも可愛くて、口元が緩んでしまう。


「おつかれさまでした、おっきなイチモツランド先生」


「うん! 森戸も、助けてくれてありがと!」

 

 俺の目を見て魅力的な笑みを浮かべた東堂さんが、楽しそうに胸を張る。


 そんな東堂さんを横目に見ながら俺も大きく伸びをして、全身の力を抜いた。


 いまは、夜中3時か……。


 眠気はピークを越えて、逆に元気かもな。


 そんな事を思っていた矢先、東堂さんが椅子から降りて、俺の方を向いた。



「それじゃ、森戸はお風呂に入ってきて。あたしは布団敷いとくから」



「……は?」


 風呂? 布団?


 風呂に入るって、状況とか流れ的に、『東堂さんの家の風呂に』って話だよな?


「なんで?」


「なんでって、夜だから?」


 いや、意味がわからないんだけど。


「えっとね? 今日はこのまんま泊まってくっしょ?」


「……誰がどこに?」


「森戸が、ここに」


 なんで!?


 どうしてそうなった!?


 などと思っていると、東堂さんは俺に背を向けて、押し入れの扉を開けた。


 ちょっとだけ背伸びをしながら、厚手の布団に手を伸ばす。


「んー、見た目よりも重いじゃん。森戸ー、そっち持ってー」


「あっ、はい……」


 意味がわからないまま2人で布団を抱えて、畳の部屋に投げ出した。


「ママが泊まりに来た時用のやつだけど、昼に乾燥機と掃除機しといたから」


 確かに、仕舞われていた割にはキレイだけなと思ったけどさ。

 問題はそこじゃないです。


「えっとさ。俺、普通に帰るよ?」


「え? それはダメ。こんな時間に帰ったら危ないっしょ?」


 それはまあ。

 治安がいい地区とは言っても、夜中の3時だからな。


 正直、恐怖は感じるけど……。


「森戸がなにを気にしてるのかしんないけど、一緒にえっちな漫画を描き上げた仲じゃん。家主のあたしがいいって言ってるの」


「……」


「素直に泊まってって。いいっしょ?」


 東堂さんが言うように、一緒にえっちな漫画を書いた事で強い絆が生まれたと思う。


 それに、これまでも迫り来る煩悩を退治出来たからな。


 お腹の感触と胸の誘惑に耐えたあの時以上の攻撃は、さすがにないと思うし。


「そうだな。その言葉に甘えていいか?」


「うん!」


 俺が泊まっていくと言っただけで、東堂さんはすごく嬉しそうな顔で笑ってくれた。


 そしてなにかを思い付いたかのように、胸の前でぽんと手を合わせる。



「せっかくだから、あたしも隣に布団を敷いて寝るね!」



 呆然とする俺の耳に、そんな言葉が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る