第4話 録音するんですか?
その後も東堂さんが気になったセリフを俺が言葉にして、次々と修正を加えていく。
「……うん、かなり良くなった! 森戸がいてくれて、ほんとによかったよ!」
東堂さんはじっくりと原稿を眺めて、嬉しそうに頷く。
どうやら、納得のいく仕上がりになったらしい。
「お役に立てたのならよかったよ」
途中からスマホを使って録音することになったけど、東堂さんのえっちな漫画に対する熱い思いは十二分に伝わったからな。
ずっと恥ずかしそうな顔をしてたけど、嫌そうな素振りは見せなかったし。
女子高生とは言え、仕事に対する姿勢はさすがプロだよな。
「それじゃあ、あたしはお風呂入ってくるわね」
「……え?」
お風呂に入ってくる?
……え?
「なんで?」
俺がいるのに!?
なぜこのタイミングで!?
俺、一応性別は男なんですけど!? 知ってますか!?
「りっ、理由なんてなんでもいいでしょ! ここからが本番だから、その前に1度スッキリ──じゃなくて、解消──でもなくて! えーっと……」
顔を真っ赤に染めた東堂さんが、恥ずかしそうにスマホを握り絞める。
その瞬間に、聞き覚えのある声が聞こえた。
『 縛ってほしいなんて、えっちだな。そのあともして欲しいんだろ? 』
「ひぅ……」
どうやら録音した画面をそのままにしていたらしい。
握った時に指先が画面に触れたんだろうな。
そう思ったのだが、ふとした疑問が口をついて出る。
「あれ? それって、録音するって話しになる前に言ったセリフだよね?」
俺の記憶が確かなら、1番最初に修正した箇所だ。
だから、録音が残っているはずがないのだが……。
「きっ、気のせいよ!」
「え? でも──」
「なによ!? あたしの言葉を信用できないの!?」
まくし立てるように東堂さんが言葉を紡ぐ。
その姿はずいぶんと焦っているし、隠し事をしているようにも見える。
だけど、彼女を信用できないのかと聞かれれば、そんな事はなんだよな。
東堂さんのえっちな漫画に対する姿勢は、信用に値する物だったからな。
それに声が流れたのも事実。撮ってなきゃ音声は残ってるはずないし。
「そうだよね。ごめん。俺の勘違いだったよ」
「……べっ、べつに、あやまらなくても」
東堂さんは視線を俯かせて、
(ホントは……、でも……)
なんて言葉をもちゃもちゃと呟き、壁の時計に目を向ける。
「原稿は今日までで時間がないの! だからお風呂に入ってくる! わかった!?」
「……うん。了解です」
いや、本当は全然わかっていない。
だけど、えっちな漫画家さんって、仕事に対するこだわりが強いそうだからな。
おっきなイチモツランド先生が必要だと言うのなら、必要なんだろう。
そう思っていると、東堂さんは俺が作業していたモニターに視線を向けた。
「そっ、それと! あたしがお風呂に入っている間は、あんたもお風呂場の前に移動だから」
「……へ?」
移動?
「なんで?」
「そっ、それはあれよ! そこが1番スムーズに仕事が進むの! わかりなさいよね!」
「あ、はい……。了解しました」
こっちはもっとわからないです先生。
なぜ風呂場の前の方がスムーズに進むのか。
なに1つ理解出来ないけど、これもこだわりなんだろう。
「あたしも手伝ってあげるから、早く行くわよ?」
「わかりました」
エッチな同人誌を1万部くらい売れるレベルになれば、理解出来るのだろうか?
俺も早く、その領域がわかる人間になりたいな。
そう思いながら場所を移して、描きかけの原稿に目を向けた。
「言っとくけど、覗いちゃだめだからね……」
ゆっくりと寝室のドアが閉じて、がさごぞ、ドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
そうして音が止み、東堂さんが再び姿を見せた。
その手には、なぜか旅行にいく時に使うような、大きなリュックが握られている。
「……なにかあった?」
「いや。なんにもないよ」
そのリュックの中身がものすごく気になるけど、お風呂場に行く女性の持ち物を聞くなんて、普通にセクハラだ。
「それじゃあ、入ってくるわね」
「あー、うん。いってらっしゃい」
お風呂場に消えていく東堂さんを見送って、ペンを握り絞める。
薄いドアを挟んだ先から聞こえるシャワーの音。
自分の心臓が、やばいほどうるさい。
(……くん。……もっと強めで、……)
微かに彼女の声が聞こえた気がするが、気にしたら心臓が張り裂けそうだ。
邪念を捨てろ。
脱衣場のドアがほんの少しだけ開いた気がしたけど、多分気のせい。
(チラ見すらしないなんてほんとバカ。キモいんだけど。あたしのへんたい……)
(魅力が足りないかもだけど、絶対に振り向かせてやるんだから……)
東堂さん、電話でもしているのかな?
などと思いながら、俺はお風呂の方を見ないように、必死に作業を続けた。
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