第3話 ステキな香りがする……

 リビングを抜けた先にあったは、作業場 兼 寝室とでも言うべき部屋。


 ピンク色のベッドが最奥にあって、手前には机が2つ並べて置いてあった。


「あたしが適当に1コマ描くから、急ぎ気味で背景を描いて。その出来映えを見えるから」


「わかりました!」


 敬語じゃない方がいいと言われたけど、今回ばかりは勘弁してもらおう。


 プロのエロ漫画家さまに、自分の絵を見て貰える!


 テストだとわかっていても、やっぱりワクワクドキドキするな!


「作業スペースはそっちね。あたしはこっちで原稿をするから、出来たら呼んで」


「はい!」


 カバンから愛用のペンタブを取り出してセッティングする。


 東堂さんがいつも寝てるっぽいベッドが気になるが、気にしたら負けだ。


 出来るだけベッドを見ないように机に座り、俺は原稿用紙と向かい合う。


「どうしたのよ? 歩き方がぎこちなくない?」


「いっ、いや、気のせいじゃないかな? あははは」


 女の子らしい部屋の香りとか、東堂さんの服が入っていそうなタンスとか。


 そんな邪な気持ちを振り払う。


 テストに集中しろ。落ち着け。


 そう自分に言い聞かせながら、原稿と向き合った。


 背景を想像して、ドキドキをペンにのせていく。


 出来るだけ丁寧に。


 東堂さんのえっちな絵にあうように……。



「出来ました」


「ん? 早かったね」


 東堂さんはチラリと時計を見た後で、感心したように頷いてくれた。


 スピードは合格らしい。


 どきどきしながら画面を見せると、彼女はなぜか息を飲んだ。


「えっ、えっとさ……」


 東堂さんは頬を染めながら、自分の肩を抱きしめる。


 彼女の目が、チラリとだけピンク色のベッドを見た。


「あたしのベッド、参考にした?」


 思わず俺もベッドの方を向く。


 フレームの形とか、色合いとか、言われみると確かにそっくりだな……。


「……うん。参考に、しました」


 無意識にだけど。


「そっか」


 やべー、すげーきまずい!


 でもさ、仕方なくないか!?


 指定されたのは、ヒロインが縛られてベッドに寝るシーンだぞ!?


 でもって、側には東堂さんが使っている可愛らしいベッドがある!


 どう考えても気になるだろ!


 そう思っていると、東堂さんは、ぷいっと背中を向けた。


「……へんたい」


 はい。返す言葉もございません。


 無意識とは言っても、完全にやらかしたな……。


 なんて思っていた矢先、


「トーンの使い方も、問題ないし。背景のすべてを任せたげる」


 俺に背を向けたまま、東堂さんはそう言ってくれた。


 これってあれだよな?


 プロの漫画家さまに認められた、って事でいいんだよな!?



「!! ありがとうございます!」


「でも、敬語はキモいからヤダ。そう言ったっしょ?」


「あー、うん、そうだよね。ごめんね。褒められたのが嬉しくて」


「……いいから、早くやりなさいよ」


 東堂さんは顔をこっちに向けることなく席に戻っていった。


 もう一度ベッドを見てペンを握った彼女の首筋が赤く色付いて見える。


「あたし、アシさんを頼むのはじめてだから。なにかあったら、すぐにいいなね?」


「うん。ありがとう」


 はじめてと言う言葉にドキドキするのは、俺が変態だからだろうか?


 そんな事を思いながら気合いを入れ直して、原稿にトーンを貼っていった。



 タブレットに触れる音だけが部屋を支配する中で、背景のない原稿が次々送られてくる。


 はじめて触れるプロのスピードに圧倒されながらも、オレは必死にペンを動かした。


 そんな中で、


「んーーーー……」


 と大きく伸びをする東堂さんの声がした。


 東堂さんは勢いよく椅子を引き、俺の方を向く。


「ねえ、ここのセリフ言ってみてくれない?」


「……へ?」


 ペンの先にあったのは、書きかけの原稿。


 主人公がヒロインを縛ろうとしているシーンに見える。


「ここ?」


「うん。なんか違う気がするのよね」


 あー、なるほど。


 描いている途中で気になった感じか。


「えっとさ。あたしの目を見て言ってみてくれない?」


「え?」


 このセリフを……?


 いや、マジで!?


 こんなん、普通に生きてたら使うことのない言葉なんだけど!?


「一生のお願い! なんでもするから!」


 パチンと頭の上で手を合わせた東堂さんが、深々と頭をさげる。


 その姿勢はどこまでも真剣で、えっちな漫画に対する思いが伝わってくる気がした。


 だとすると、アシスタントとしてはやるしかないよな。


「わかりました」


 そう言って、ゴホンと咳をする。


「あっ。そこじゃダメだから。あたしを縛れるくらいの距離で言って」


「い゛!?」


 マジっすか!?


 それって本当に目の前じゃん!


 でも、いまさらイヤとは言えないよな。


 こうなりゃやけだ!


「縛れるくらいて、このへん?」


 そう言って、えっちな漫画の主人公と同じように、東堂さんの肩に手をのせる。


 ビクンと体を震わせた東堂さんは、俺の手から逃げるように顔を背けた。


「うっ、うん。早く言いなさいよ」


 視線は泳いでるし、顔真っ赤だ。


 その顔を挟み込むように、俺は空いていた手を彼女の肩に伸ばした。


「ぅ……」


 腕に挟まれて逃げ場をなくした東堂さんの顔が俺の方を向く。


 その姿が可愛くて、思わず頬が緩んだ。


 大きく息を吸い込んで、東堂さんの瞳を見詰める。



『 縛ってほしいなんて、えっちだな女だな 』



 東堂さんの顔がカーっと赤くなって、視線が逸れた。


 無言のまま俯いて、東堂さんはペンタブに手を伸ばす。



「もっ、もういっかい……」



 いつの間にか、主人公のセリフが変わっている。


 次はこのセリフを言えってことだろうな。



『 なんだ? 縛って欲しいのか? えっちな女だな 』



『 素直に言えよ。そのあともして欲しいんだろ? 』



 我ながら今の声音は良かったんじゃないか?


 主人公っぽかったよな?


 なんて思いながらニヤリと笑う。


 東堂さんは上着の裾を握り、コクコクコクと頷いて見せた。

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