少女を守り抜け
第7話死神と少女は祈る
時間はちょうどお昼前といったところである。
ラヴェルトが第一アジトからバイクをかっ飛ばし、後ろに乗るサラが風を感じること約三十分。
街を見下ろせる程度の丘にある、小さな教会に辿り着いた。
付近には色鮮やかな花が咲いており、サラは瞳を奪われる。しかし、ラヴェルトが早々に教会の扉を開けてしまったため、後を追う。
瞳を通し花を記憶し、ゆっくりとした時間で脳に搭載されたデータベースと照合し名前を調べようか。
少女がそんなことを思っている最中、昨夜に写真で拝見した一人のシスターが出迎えていた。
「ほ、本当に可愛い子どもが……どっから誘拐したの!?」
あんぐりと口を開け、茶色の短髪を揺らしながらシスターがラヴェルトに問い質す。
誘拐とは中々に的を得ているとサラが感心するのもつかの間、彼はいつもどおりのドヤ顔である。
「誘拐とは人聞きの悪い奴だな。これも仕事だ、そう仕事なんだよ」
人聞きが悪いも何も誘拐は事実である。仕事と言い聞かせるのは自分を正当化するためなのだろうか。
徐々にラヴェルトという人間が分かってきたかもしれない。彼は物事を語る際に自分の無罪を主張する人間のようだ。
「仕事かもしれないけど、まずは誘拐という事実を否定してほしかったかな……それで」
シスターはラヴェルトに呆れているが、慣れているのか多くは言及せずにすんなりと会話を終わらせた。
数歩進んでしゃがみ込み、サラと同じ目線になると、とびきりの笑顔を浮かべる。
「こんにちは! 私はミーシャって言うの、よろしくね!」
「え、あ、はい……よろしくお願いします」
シスター、ミーシャ。
街の丘に立つ小さな教会に仕える元気印の女性である。
持ち前の明るい性格に、仕事に対する真摯な姿が住民に好評を得ており、一部のゴロツキも例外ではないとも囁かれている。
そんな彼女と目線を合わせるサラは昨夜にラヴェルトのアジトで見た写真を思い出す。
あれは就寝前のことである。窓際に置かれたフォトスタンドには彼と仲良く映る黒髪のシスターの姿だ。
ミーシャは茶髪であり、髪の長さも異なるのだが、どことなく写真のシスターを連想させる。
所謂イメチェンの類なのだろうか。ラヴェルトとも付き合いがあるような会話を聞くに、写真の女性と同一人物なのだろう。
そんなことを考えている折、無言になっていたサラは突如として驚きの声を上げる。
「……えっ!?」
視界が真っ暗になり、身体の自由が奪われる。
最も肉体が外部からの干渉によって刺激を受けているだけであり、言ってしまえばミーシャに抱き締められたのだ。
甘い匂いが身体を包み込み、思考が若干定まらない中、サラは自分を落ち着かさせるために情報収集という名の抵抗を開始しる。
「は、離してください!」
「えー、こんな可愛い子に嫌がられるなんてお姉さん悲しいな……」
「え、すいません……そんなつもりは」
「やーさーしーいー! かーわーいーいー! ギュッとしちゃう!」
急にしおらしくなったミーシャの悲しい顔に罪悪感を覚え、優しくした途端にこれである。
更に力強く抱き締められ、痛みは感じないものの、初めての体験にサラは困惑してしまう。
マフィアに抱き締められることもないし、研究所にて優しいだの可愛いだのと言われることもない。
未知なる世界に戸惑い、この場で唯一の知り合いであるラヴェルトに助けを求めようと必死に視線を飛ばす。
しかし、彼は目が合ったというのに特段のリアクションを起こさず眺めているだけだ。
どこか優しげな表情が印象に残るのだが、サラには関係ない。普段よりもキツめの視線で訴える。
するとラヴェルトは冗談だとでも言いたげにやれやれと言葉を呟きながら、仲介を始めた。
「ミーシャ、俺達は祈りを捧げに来たんだ。まずは先にそっちを終わらせたい」
「ぶーぶー! せっかくお楽しみの途中だけど、正論を言われるとこっちは言い返せない……ごめんね、サラちゃん」
解放されたサラは助かったと大きく息を吐いた。
対するミーシャはまだまだ物足りないといった具合である。
げんなりとするサラを余所にラヴェルトが鼻で笑うも、少女は見逃さなかった。
「この時間はね、あまり人が来ないからゆっくりどうぞ。私は外の掃除をしてるから」
どこからともなく竹箒を取り出したミーシャは外へと向かう。
肩に担ぐ姿が世間一般的なシスターのイメージと沿わない気がしないでもない。
先まであれほど無邪気だった彼女であるが、仕事もとい礼拝のこととなると人が変わるようだ。
大切な時間を誰にも邪魔されたくないという思いを尊重しての行動であろう。そんな彼女が振り返る。
「終わったら私と遊んでね! それに一緒にお昼ご飯を食べよう!」
ヒマワリのような笑顔である。明るい煌めきが教会内を彼女色に染め上げる。
サラかすれば願い下げであるが、ここで塩対応をすれば悲しませることになるかもしれない。
しかし、それはそれとして先のようにブラフであり、こちらを誘っている可能性もある。
なんとも可愛らしく、血と硝煙の香りが一切しない葛藤と戦っていると、ラヴェルトが屈み耳打ちをする。
「まあ、なんだ。あいつはあいつで小さい頃に妹を亡くしていて……すまんが、少しは愛想よくしてやってくれ」
「あっ……」
ならば合致する。初対面であろうと馴れ馴れしく、それも過剰に接するミーシャにサラは短時間でありながらも警戒してしまった。
単なる子ども好きと言ってしまえば終わりであろうが、亡くなった妹に自分の姿を重ねていたのだ。
人間とは異なる感情を搭載された手前、他人の想いを断言することは不可能であるが、彼女は悲しみを紛らわせていたのだろうか。
先までのそっけない態度は彼女の心に更なる傷を増やしたかもしれない。サラは気持ちを改め、作り物であろうと笑顔でぎこちなく手を振った。
「可愛いー!! お姉さん、美味しいアップルパイを焼いてあるから!!」
ぴょんぴょんとウサギのように跳ねたミーシャは大層な幸せオーラ全開で外に出る。
わかり易さもまた、彼女の魅力なのだろう。外から軽快な鼻歌が響く。
気分が良くなったのなら、それでいいのだろう。サラは自分の当初の目的を達成するためにラヴェルトと共に教会を進む。
「ミーシャさん、でしたか。とても元気で明るい方なんですね」
「それがあいつの取り柄だし、それしか取り柄がないかもしれんな。悪い奴じゃないから、仲良くしてやってくれ」
「長い付き合いになるかは知りませんが……それよりも、一つ質問をします」
やがて祭壇に辿り着くと、祈る直前にサラは疑問を口にする。
それはラヴェルトから耳打ちされたミーシャの過去であった。
「ミーシャさんは妹を亡くしたと聞きましたが、詳しく聞かせてもらってもいいですか」
「……すまん。あの作り話はそこまで深く設定を考えていない。気になるか? じゃあ夜までにあっと驚く涙無くして語れない感動物語を考えておく」
「は?」
彼は今、何と言ったのか。
開いた口が塞がらないとは正にこのことなのであろう。
女神様の像が見守る神聖な空間で、この死神は偽りを口走ったのだ。
呆れて言葉も出ないが、当の本人であるラヴェルトはどこか自慢げな顔である。
その自信はどこから出て来るのか疑問ではあるが、相手をしても時間を無駄にするだけであろう。
先に祈りを済ませるべく、サラは両手を組んで瞳を閉じた。
殺害されたマクレイン博士に――亡き親に捧げる鎮魂の祈り。
サラにとって親と呼べる存在は彼だけである。
自分の面倒を担当したマフィアの構成員はいるものの、真に親と定義される人物は製作者の博士だけ。
彼に自分の生まれた理由を聞かされた時、少女は如何なる感情をも抱かなかった。
ただ、彼の言葉に耳を貸し、遠くない未来に訪れる自分の役目を全うすることだけを考えていた。
アンドロイドである自分に食事は必要無く、排泄も無ければ、友達も存在しない。
箱庭であろう研究所に隔離され、多くをカプセルの内部で過ごす少女はただただ代わり映えのない毎日を過ごしていた。
博士と会う時間も少なくなり、やがて毎日と顔を合わせていた彼を見なくなる。
親と子という概念に沿う記憶も記録も存在しない。名前さえも型式から付けられた愛も籠もらない俗称である。
けれど、彼がいなければ自分はこの世に誕生していないのは紛れもない事実であるということは変わらない。
シンキと過ごした日々も、ラヴェルトらと関わった少ない時間も少女にとってはこれまでと違う世界だった。
ひたすらに頭の中に流れるデータを整理する日々や、記憶と記録を増やすべく外部媒体に繋がれた時間とも異なる。
周囲が笑って、自分が影響され、人間らしい時間を過ごす。アンドロイドである自分にとって、貴重な体験であった。
それらも全て、博士が自分を製作したから。故に少女は思い出とは別に、彼へ祈りを捧げる。
偉大なる創造主よ、親愛なる我が親よ。安らかに眠れ。
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