第8話死神と神鬼が交える(前編)


 祈りを終えたサラは瞳を開け、先に席へ座っていたラヴェルトの元へ。

 彼は銃の手入れをしていたようで、最後の仕上げに銃身を布で拭き上げていたところだった。


「おまたせしました、ラヴェルトさん」

「別に待ってはいないさ。済んだのならそれでいいし、ミーシャを呼ぶとするか」


 外で掃き掃除をしているシスターのミーシャが美味しいアップルパイを焼いていると言ったのは数十分前のことである。

 サラの祈りが終われば一緒に食べる約束を交わしていた。一方的ではあったのだが、断る理由も無い。

 ラヴェルトが立ち上がり外へ向かおうとした瞬間である。

 外に通じる扉が開き、ミーシャがタイミングよく現れたかと思えば、見慣れぬ外見の男が立っていた。


「これは失敬。俺も部下の祈りに来たところなんだ。お前さん達の邪魔はしないから気にしないでくれ」


 東洋の島国を思わせる、いわゆる民族的な衣装を纏った男が手を振りながら足を進める。

 着物くずれよりも目を引くは背負う巨大な刀であった。

 好奇心を刺激されたラヴェルトは目を輝かせながら食い付いてしまう。


「祈りはもう終わったから好きにしてくれ。それよりも……その獲物のセンスは素晴らしい」

「おっ、この太刀は東に伝わる代物でな。抗争時にはたかが長いナイフだと侮った奴の生き血を吸い続けた俺の相棒なんだ」


 ピクリと死神の眉が上がり、太刀に気を取られていたが現れた男の背中に可視されぬ蠢く影を感じ取る。

 同業者に見られる証のようなものだ。これまでに殺した人間の怨念が付き纏い、隠し切れない負の概念が身体から溢れんばかりに滲み出る。

 察するにこの男は多くの屍を築き上げたのだろう。飄々とした態度の奥に獲物を隠しているのだ。


「その相棒で俺をバッサリと一刀両断って口か?」

「はっはっは! そいつは面白い、俺もかの路地裏の死神様とは一度でもいいからやり合いたいと思っていたんだ!」


 太刀の男は自分の異名を口にしたことで、ラヴェルトの警戒心は最大にまで上昇する。

 懐に手を伸ばし、メンテナンス終了後の銃から火を噴く時が早速訪れるかもしれない。

 幸いにも距離はある。太刀と銃、先手必勝となれば負ける道理も無いだろう。問題は太刀の男が何者であるか。

 自分を狙いに来た賞金稼ぎか、或いはサラを取り戻しに来たマフィアの人間が。将又、イカれたトリガーハッピー改め人斬りか。

 死体の口は開かない。言葉を引き出すには生きている間に、全てを吐き出させるしか無い。

 適当に足でも撃ち抜いて時間を稼ごうかと模索していれば、横目を通る小さな影が一つ。サラがあろうことか、太刀の男に近寄ったのだ。


「シンキ!」

「ん……おう、サラじゃないか!」


 その姿は子どもが友達と出会ったかのような、全く敵意の存在しないもの。

 ラヴェルトが誘拐した時も、ヴェインの事務所を訪ねた時も、そして教会へ訪れた時も。

 初対面の人間には警戒し、必ず観察から入っていたがサラが太刀の男に心を許していた。

 口ぶりからして知り合いなのだろう。製造されたアンドロイドに同じ学び舎に通う友人など存在しない。

 故に太刀の男と彼女が知り合える場所は一つしか無い。


「もしかして、わたしを迎えに来たの?」

「ん? それは……あっ! 路地裏の死神に誘拐されたんだったな。そうか、俺達は出会っちまったのか」


 頭を撫でられるサラの表情は年頃の少女と変わらない。

 心を許し、全てを委ねるに値する身内に見せる本当の姿である。

 太刀の男との関連性は不明であるが、研究所時代に知り合っているのは容易に想像出き、彼の所属も自然と見えてくる。


「サラ、少し隠れていろ」

「うっし、俺から離れてな」


 二人の男が重なる。サラが振り返れば一人の死神がシンキを睨んでいた。

 朝に見たようなドヤ顔の影など一切見ぜず、視線が合う生命を全て刈り取るような、冷たい死神の瞳。

 寒気が走り後退し、彼らが言うように近場の席に身を寄せる。足場に身体を隠し、シンキを伺えば、彼は笑っていた。

 獲物を目の前にした獣の表情だ。己が負けるなど微塵も思わず、斬って落とされる開戦を待ち切れぬ。


「今日は本当にそんなつもりは無かったんだ。ただ俺は、どっかの誰かに殺された名前も顔も知らねえ下っ端を祈りに来ただけ。それがどうして……こんな場所で出会っちまうとはなあ」

「この世界で殺した殺されたの話はナンセンスだ。そんなことに囚われるなら普通の職に就いて、普通に働いて、普通に家庭を持ち、普通に死ねばいい」

「おうよ、俺だってグチグチ言うつもりはねえさ。ただなあ、死者を弔う気持ちよりも、お前っていう面白い奴を前に手合わせしたい欲が上回ったんだ」

「鬼め、黙って部下の死に涙を流してろ」

「死神が言うことは悲しいねえ……それより」


 太刀の男、シンキが獲物を鞘から解き放つ。


「こいつは何人もの生き血を吸っているんだが――時に死神、外に居たシスターはお前の知り合いか?」


 返す言葉は無く、代わりに銃声が教会に轟いた。

 咄嗟に席へ飛び込んだシンキはいざ始まった戦に笑いを堪え切れず、笑顔のまま再び飛び出した。

 太刀が床を擦り付け火花を散らし、対する死神は弾丸を躱されたことに驚きもせず、銃爪を引く。


「ヒュウ!」


 シンキの頬を掠り弾丸は壁に吸い込まれる。

 垂れる血を舌で舐め上げ、彼は足を止めず、更に加速し死神へ迫る。


 ――まさか弾丸を見極めたのか?


 狙いは完璧と言わずも、狂ってはいなかった。

 動く獲物をある程度予測し、眉間に叩き込むつもりだったが、結果は外れ。

 ラヴェルトの目には弾丸を見切ったようにシンキが映るも、有り得ぬと可能性を脳内から排除する。

 余計なことを考えていれば、太刀の圏内に収まってしまう。相手は刃、こちらは弾丸だ。射程の差を活かせ。

 息を吸い込み、吐き出すこと無く留め、世界の音を遮断。

 己の鼓動だけが身体に響き、ハッキリと明確に獲物だけに精神を集中させる。

 笑いに笑って走る鬼の顔面に、弾丸を叩き込め。


 路地裏の死神の異名はこの街の住人ならば誰もが知っている。

 自分は最近住み着いたが、それでも彼の名前を耳にすることが何度かあったのだ。

 シンキは目の前の相手と刃を交えることに、昂ぶる感情が抑え切れない。決して笑う場面では無いのに、白い歯を覗かせる。

 室内をどれだけ走り回ろうと狙いは確実に急所に定まり、距離を詰めようとも顔色は一切変わらない。

 これまで斬り伏せた有象無象の雑魚共とは明らかに格が違う。その生き血、どれだけの美しさを誇るのだろうか。

 嗚呼、強者との戦いは格別だ。心の乾きが一瞬で潤いに満ち、それでいてまだ終わらない。

 眉間に迫る弾丸を器用に太刀で一閃。小さき生命の狩人を無力化し、弾丸の転がる音が静寂に包まれた教会に響いた。


「……お見事。まさかとは思っていたが、弾丸が見えているのか?」


 疑問が確信へ変貌する手前だ。ラヴェルトはシンキが止まった瞬間を見図り、口にする。

 銃は仕舞わず、対応するシンキもまた太刀を鞘へ戻さずに答えた。その表情は相変わらず殺し合いだというのに笑っていた。


「ご明察! なにせ俺の好物はブルーベリーだ、眼が良いのも頷けるだろう?」


 こればっかりは何度聞かされても頷けない。

 教会内の席に身を隠し、彼らの戦を見守るサラは心で突っ込みを入れる。

 思えばラヴェルトのドヤ顔も同系統の似た者同士であるのだろうか。


「頷いておこう。そうでもしないと目の前の出来事を否定しなければいけないからな」

「なんだなんだ、道化師でも見るような面を浮かべて。報告で聞いたがお前の腕は鉄パイプよりも硬くて、理由が牛乳を飲んでるからなんだろ? 似た者同士だろうに」

「あいつは生きていたのか……まあ、そうかもな」


 一本取られた訳では無いが、自分を偽ることになるため、ラヴェルトはこの話題を終わらせた。

 弾倉に新たな弾丸を詰め込み、止まった殺し合いの針が動き出す時に備える。 


「卑怯、とは言わないな?」

「いや、卑怯だろう……と言うには俺も銃を使えってハナシになっちまうからなあ」

「使えばいいだろう。何か特別な理由でもあるのか」

「勿論。話せば月と太陽が一周しちまうが、それでも聞くか?」

「遠慮する。まったくどいつもこいつも刀使いにロクな奴はいないな……さて」


 数度の言葉を交わし、男達は再び生死を賭けた視線を交差させる。


「今更だが名乗りが遅れたな。俺はシンキ、お前がちょっかい出したインゴベルトの親組織であるゲルドブレイムの一員って立場になる」

「遅かれ早かれ出張ってくると思ったが、もう来たか。そこまでサラに拘る理由を聞かせてもらいたい。月と太陽が一周しても構わないが、口を割るつもりはあるか?」

「馬鹿め、勝者になって敗者に命令すればいいだろう」

「屍は口を開かん。俺は手加減出来ぬ質なんだ」


 そいつは面白い。

 太刀の切っ先が死神の心臓を貫かんと構えられる。

 やってみるか。

 銃口が目の前の生命を冥府へ叩き落とさんと向けられた。


 互いに薄らな笑みを浮かべ、互いに己の勝利を疑わず。

 正午の鐘が響いた時、死神と鬼は再び生命を奪い合う。

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