第6話少女は二日を思う

 わたしは彼のことが分からない。

 昨日、わたしを誘拐した路地裏の死神と呼ばれる彼のことが分からない。


 あの日もいつもと変わらず、担当による点検以外はカプセルの中に閉じ込められていた。

 脳内に多くの知識を流し込まれ、来る日のためにわたしはただデータベースを更新するだけ。

 娯楽の存在しない空間で、わたしは日光を浴びることなく、機材から発せられる無機質な光だけを見ていた。

 食事の摂取は必要も無く、排泄の機能も備えられていない。

 端から見れば不自然な少女なのだろう。博士はなぜ少女型の設計をしたのだろうか。


 わたしに仕事以外で接触するのはシンキだけだった。いや、彼も半分は仕事だったのだろう。

 昨日、カプセルが空いた時間は定期のとは異なるものであり、わたしは彼が来たのだと思っていた。

 だけど、瞳を開ければ初めて出会う金髪の男が立っていた。

 死神と名乗る彼にわたしは困惑し、一瞬ではあるが言葉を失った。長い時間があったのかもしれない。

 咄嗟に言葉にしたのは天使。博士や関係者達がわたしを指す単語として用いていた表現である。

 死神と天使。お伽噺のようで、このご時世に中々見れない組み合わせだと自分でも思った。

 彼は面を食らった雰囲気を出し、つまりはわたしのことを知らない無関係者らしい。

 布を纏わないわたしにコートを差し伸べたり、冗談を挟んだりする彼は何者だろうか。


 言葉を交わし続ければ彼はわたしを誘拐しに来たらしい。この時は知らなかったが博士からの依頼であるという。

 わたしに決定権は無く、博士からのオーダーとなれば研究場所が変わるということだろう。流れるがままにわたしは死神に誘拐された。

 彼は必要以上にわたしと言葉を重ね、それは依頼の範疇を越えているのではないかと何度も思った。

 隠れ家……訂正、第七アジトにて一晩を過ごすことになった時には着替えまで用意してくれた。

 わたしに衣服を与えるのはシンキ以来である。白いワンピースは少しお気に入りであるが、アンドロイドには不必要な情報である。


 朝を迎えても彼は必要以上に干渉を重ねた。

 食事は機構上意味を成さないが、しつこく聞いてきたため、わたしは折れてしまい、摂取は可能であることを口走ってしまった。

 すると彼は表情を変え、見慣れることになるドヤ顔を浮かべながら手際よくパンとサラダを拵えた。

 その後は髪を整えつつ、牛乳を飲み干していたが、彼は自分の分を用意していなかった。

 だが、気にする必要も無いだろう。この記録は特段の重要性を秘めていないと判断する。


 その後、彼の知り合いであるヴェインとベルフィの元を訪ねることになる。

 彼らは過去に軍で同籍していた仲間であるというが、三人共二十代であるため、一種の不透明さが気に掛かる。

 ベルフィが詮索をするなと忠告して来たため、わたしは質問をしようした口を閉じる。

 脳に搭載されたデータベースにアクセスすると、昨年に除籍されたようだ。どうやら任務の失敗が原因で部隊が壊滅し、そのまま解散させられたようである。


 わたしの引き渡しもあることから、彼らは博士の行方を探っていた。

 博士の居場所が数日掴めないのはわたしも初めてだった。いつもなら複数ある研究室のどこかに必ずいる筈であるから。

 心当たりも無く、これからのことを考える必要が生まれた頃にマフィアの襲撃が始まった。

 結果的に死神と悪魔、それに狙撃主三名が簡単に蹴散らした。被害の大小はあれど彼らに迷惑を掛けたことに変わりはない。

 しかし、マフィアと博士が対立しているとは聞いておらず、シンキも研究所にいた関係者もそんなことは口にしなかった。

 死神も口の軽い運び屋だと思っていたが、わたし目線の情報だと、どこか齟齬があり、重要な見落としがあるのかもしれない。

 そんな折、博士の遺体が発見されたと連絡があった。


 現場に急行すれば、遺体は既に運ばれた後であると説明され、わたしは博士に出会えなかった。

 首を弾丸で貫かれていたらしく、脳を避けていることから記憶や知識の二次利用を目的とされている可能性がある。

 犯人は不明であるが、対立の線が浮上したマフィアなのだろうか。分からない、わたしには分からない。

 博士にはわたしをこの世に誕生させていただいた恩がある。言葉を交わした回数も少なく、人間でいう家族のような交流も無かった。

 けれど、親と呼べる存在は彼だけであり、死に何も思わぬと言えば嘘になる。

 心や感情の機能はオミットされているわたしに流れる涙は有りもしない。どこか体内にぽっかりと言語化不能な穴が生まれた感覚である。

 このままでは本来の役目に影響が発生する恐れもあり、それは親である博士の顔に泥を塗ることにもなる。

 わたしはわたしの役目を果たそうと、データベースにアクセスし改善策を模索するも、特効薬的な手段はヒットせず。

 だが、一つは区切りを付けなければ、わたしは生まれた意味を失ってしまう。

 

 博士との別れを済ませるために、わたしはお祈りを提案し、死神に承認されたため、明日は教会へ向かうこととなった。

 彼も一緒に来るとのことだが、思えばわたし一人で問題は無かった。

 その後はヴェインの事務所に戻り、ベルフィの手料理を頂いた。

 食事の必要は無いのだが、断り切れずに摂取したが、味は悪くないどころかかなりの高得点を叩き出す。

 夜は二人でバーを経営しているようだが、売り上げは悪くないのだろうと思わせる腕前だった。

 ふと振り替えれば、死神はこの時も食事を取っ手おらず、飲み物だけで済ましていたかもしれない。


 その後は死神の第一アジトに案内され、一夜を過ごすことになる。 

 場所は路地裏の一角にあり、これが路地裏の死神と呼ばれる由縁なのだろうか。

 そんなことを思いながらお風呂場を貸してもらい、上がれば彼は寝てしまったようだ。机に置き書きがある。


『俺の部屋は覗かない方が身のためだぞ?』


 どうでもいいと思ってしまったが、元から覗こうなど考えてもいなかってため、スルー。

 わたしの部屋だと言われていた場所へ向かい、ベッドが置かれていた。昨日から未体験の連続で疲れが溜まっていたのか、わたしはベッドに吸い込まれた。

 薄れ行く意識の中で、窓の側に置かれたフォトスタンドを捉えた。

 そこには死神――ラヴェルトが誰かと笑って立っていた。気分が良いのかドヤ顔に加えピースも披露している。

 隣に立つのは女性だ。黒い髪に修道服を纏う美しい女性で、ラヴェルトとの仲も良好だと伺える。

 そうか、明日に向かう教会とは彼女の居る場所なのだろう。

 そんなことを思いながら、わたしはスリープモードへ移行する。


 どたばたした二日間であった。

 だけど序章に過ぎず、明日もまた激動の日々であることをこの頃のわたしは知らなかった。

 もしも事前に判明していれば。


 わたしは彼から離れていただろう。

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