第4話死神と悪魔は笑う
夜は賑わいを見せるバーの入り口前にて。
太陽が輝く時間であるにも関わらず、集まるはマフィア・インゴベルトの構成員約三十名だ。
彼らは昨夜、ラヴェルトからの襲撃を受け負傷者数名に加え、アジトの一部が燃えてしまった。
こうなれば名折れもいいところであり、復讐に燃える若い構成員が彼の居場所を突き止め駆け付けたのが数秒前である。
「死ぬのはそっちだろうがあ! この数の差が見てわからねえのか!」
前に出た構成員の一人が威勢よく声を張り上げた。
事務所の二階から飛び降りた二名の堂々とした振る舞いに負けじと、顔に血管が浮かび上がる。
襲撃を察知したラヴェルトとベルフィは構成員の言葉をスルーし、視界に全ての敵を抑えた。
「教官殿、俺は左の十五をやる。半分は任せました」
「半分もか……この程度、一人で十分だろうに」
「はあ!? 随分と舐められたモンだなあおい!」
負ける要素は無いと確信したのか、降り立った金髪の死神は冗談に聞こえるような本心を言い放つ。
それを受けたこれまた金髪の悪魔は当然だといった態度で更に冗談ともとれる強気な発言を被せた。
彼らの言動に威勢の良い構成員が怒号をあげ、彼の後ろに立つ他の男達もまた同じように怒りの表情を浮かべる。
懐に手を伸ばし銃を構え、一触即発といった具合に周囲の空気が緊張により張り詰める。
なお、その光景を事務所二階の窓から心配そうにヴェインがスコープ越しに覗いていた。
「舐めるもなにも貴様らインゴベルトの雑魚共にあたしが負ける道理などないだろう。 生意気な口を利いているのはどちらか――わからせてやろう」
構成員の言動にも、数の差にすら怯まず不敵に笑うベルフィは左腕を空へと伸ばす。
謎の動きにより警戒されてか銃が全て彼女に向けられた。
しかし彼女は一切動じず、隣に立つラヴェルトも同様に焦りを見せず、彼は構成員の奥に停められた自動車を見ていた。
「はあ……僕が先陣を切るのか」
事務所の二階にて。
スコープから確認するベルフィは相変わらず凛としていて、かっこいいなどとヴェインがニヤけていた時だ。
空に伸ばされた彼女の左腕を目撃し、大きな溜息が零れる。
何があったのかと心配そうに見ているサラの視線に気付き、愚痴混じりの回答が届く。
「あれは昔から狙撃手に向けられたサインでね。撃てっていうことなんだけど、問題があってね」
「問題ですか。例えば風の動きなどの要因でしょうか? 」
「違うんだ、サラちゃん。左腕はね……『ターゲットはお前に任せる』っていうほんとやめてほしいサインなんだ」
放任主義な教官に向けたのか、ヴェインは続ける。
「こっちの重圧の質が普段よりもヤバいのさ。なにせ適当な奴を撃ったら、近くの味方が殺されるからね」
――ついでに僕の命も危ない。
そう愚痴を吐くヴェインであるが、声色はどこか無邪気な子供のような一種の遊びを感じさせるようであった。
震えておらず、されど馬鹿にはせず、真剣の中に遊びさを忘れない。
銃爪に指を掛け、呼吸を止める。
一拍の間が生まれ、風が吹いた瞬間だった。
「頼むから正解であってくれよ……!」
銃声が響き、世界を切り裂くように弾丸が放たれた。
マフィアの構成員が狙撃手の存在に気付いた時には全てが手遅れ。
弾丸は自動車の給油口に吸い込まれ、銃声とほぼ同時に轟音が響き、辺りは火の海に包まれた。
「伏兵が……うおゎ!!」
「正解だヴェイン……今日の夜はあたしの手料理を振る舞ってやる」
部下の働きに歓喜し悪役のような笑みと共に、ベルフィが大地を蹴り上げた。
マフィアの構成員の半分近くが先の爆発に巻き込まれ倒れる中、二挺拳銃を握り締めた悪魔が最初の一人を手に掛ける。
「あたしを前にしてよそ見なんて命が幾つあっても足らんぞ」
突然の爆発により振り返っていた構成員がベルフィの接近に気付いた時、彼の腹に銃口が突き付けられた。
身体から一斉に汗が吹き出し、恐る恐る顔を上げれば、悪魔が一人笑っている。
彼は死を悟り、戦意喪失からか握っていた銃を落とすも、対する悪魔は容赦せずに銃爪を引いた。
腹を貫かれ構成員が意識を失い倒れるも、悪魔は首根っこを掴み引き上げると、自分の身体が隠れるように突き出した。
即席の盾を作り上げ、外道の所業であるのだが、生死を賭ける戦いに掟は必要に非ず。
「血も涙もねえのかよ!」
「マフィアの言葉とは思えんな。戦場ならば使えるモノは使わなければ死ぬのは自分だぞ」
前方には銃を構えた構成員が五人。
悪魔はまず右に向け弾丸を一発。こちらを狙っていた男の左肩に命中。
男が苦痛の表情を浮かべる中、近付いた路地裏の死神ラヴェルトが顔面にストレートをお見舞いしダウンさせる。
悪魔は盾ごと走り始め、生存している構成員が止めるために弾丸を何度も放つが、全てが盾に吸い込まれる。
身体が壊れた玩具のようだ。所々から骨が飛び出し、スーツは赤黒く染まり元の色を思い出せないレベルである。
盾が崩壊を続けようと悪魔は止まらない。発砲中の構成員がドン引きしつつも後退し始め、好機と影から銃を忍ばせた。
短いリズムで軽快に放たれた弾丸二発が見事に構成員の利き手に命中し、彼らは銃を落とす。
畳み掛けるように悪魔は盾(という名の死体)を彼らに向かい放り投げ、自らは姿勢を低く急接近を行う。
盾が先の構成員二名を巻き込み倒れると、悪魔は残る三名に狙いを定めた。
速度を緩めぬまま一番近い構成員の口中に銃を無理やり捩じ込ませ、動きを封じこちら側に引き寄せる。
彼は瞳に涙を浮かべており、ふがふがと命乞いをしているようだが、悪魔は耳を貸さずに銃爪を躊躇いなく引いた。
戦場にさらなる銃声が響く。
最も口中に捩じ込まれた銃ではなく、耳元で悪魔が放った反対の銃だ。
突然の鋭い衝撃に構成員の意識が失われ、こうして新たなる盾の現地調達に成功したところである。
「こ、こいつ……人間を消耗品かなにかと勘違いしているんじゃねえか!?」
弾丸を放つ構成員は数秒前まで仲間だった男を盾のように扱う悪魔が信じられなかった。
同じ人間の所業とは思えず、しかし撃たなければ自分が殺される状況であるため、彼も銃爪を引く他に選択肢はない。
逃走用の自動車も漏れなく全てが破壊されたため、生き延びるには悪魔達を殺すだけしか残っていないだろう。
横に視線を流せば、死神が別の仲間を殴っては蹴り飛ばし、最後には弾丸をお見舞いしている。
逆サイドを見れば狙撃手に撃ち抜かれたであろう仲間が転がっていた。
不幸中の幸いと言えるのは多くが肩で息をしていることであろう。盾にされた仲間は死んでいるが、それ以外は生きていると考えて間違いない。
ならば。この場さえ切り抜ければ自分達はまた立ち上がれる筈。
マフィアらしからぬ正義思考を心の拠り所に、構成員は悪魔を止めるため次の弾丸を放つ。
「人間は人間だろうに。それを消耗品などと口走るなんて……同じ血が流れている人間とは思えんな」
しかし、構成員の弾丸は盾に吸い込まれ、その際に距離を詰めた悪魔――ベルフィが首筋へ銃口を突き付けた。
「どの口が言うんだか」
「ラヴェルト、何か言ったか?」
「いいえ、お見事でしたよ教官殿っと」
構成員の心を代弁したつもりの死神――ラヴェルトだったが、ベルフィに聞かれていたのは想定外である。
適当にその場を流しつつ、生き残りの構成員に近付き、顎にアッパーを放ち、残る敵はベルフィが命を握るただ一人となった。
「なんだよ……なんだよお前ら! 昨日は襲って来て、今日は俺達を壊滅させて!!」
銃口に怯えながらも絞るように出された声は迫真そのものである。
涙を浮かべ、弱々しくも心の奥底から嘘偽りなく放たれた言霊には重みが感じられる。しかし
「襲ったのはあっちの死神だろう。あたしは正当防衛をしただけだ。それに壊滅といっても本陣は来ていないだろう」
「そうじゃねえだろ!」
「……全くだ」
構成員に同情するラヴェルトであるが、原因の一つに自分が関わっていることには言及しなかった。
それからも構成員は事あるごとに思いの丈を叫ぶのだが、ベルフィは銃口を降ろすこともなければ、銃爪を引くこともしない。
ただ一切動かずに、情報を吐き出すまで精神的に追い詰める。昔からのやり方だった。
「くっ……そもそもだな、死神! お前が例のブツを盗まなきゃこんなことにはなってないんだよ! 上もお怒りで、余計なことしやがって……!」
「そうか、飽きた。お前はもう寝てろ」
短く言葉を吐き捨てたベルフィは構成員の首裏に手刀を降ろす。
すると構成員は膝から崩れ落ち、大地に倒れ込むのだが、フィクション世界でしか見たことのない光景にラヴェルトは目を輝かせた。
「教官殿、俺にも教えていただけますか?」
「我流だ。指導など出来ん……それにしてもやはりだが、相手は相当お怒りらしいな。あの娘のことを早急に考えねばならん」
自動車の爆発により火が上がり、多くの構成員が倒れていようと気にせずにベルフィは話を続ける。
ラヴェルトが彼女の元を訪れた理由はサラのことを相談するためであったが、マフィアは本気で彼女を取り戻そうとしているらしい。
まずは奪還の依頼主である博士との段取りを付けるために、何かと顔の広いヴェインを頼る手筈だったが空回り。
次の手を模索している間にマフィアの襲撃があり、聞けばインゴベルトの直系も目の色を変えてサラを取り戻そうとしている。
危険な香りしかしないが、まずは博士とのコンタクトを図ることが最優先である。
とりあえず事務所に戻ろうとラヴェルトが提案するために口を開こうとした瞬間、ヴェインが駆け寄る。
右肩にライフルを乗せ、隣にはサラも歩いているが顔色が優れていないようだ。
「サラ、死体が気色悪いなら中に戻っていろ」
「いえ。死体はたくさん見て来たので問題ありません」
想定外の返しであるが、彼女は昨日までマフィアのアジトに囚われていたことを考えれば不思議なことではない。
そうか。短く言葉を返したラヴェルトは近寄ったヴェインに視線を流す。
わざわざ狙撃手が戦場に現れたのだ。勝利確定だろうと念には念を入れ姿を隠すのが彼の信念であることをラヴェルトは覚えている。
なにか不測の事態でも発生したのであろうと、口が開かれるのを待つ。
「ヴェイン、よく車を撃ち抜いたな。今日の夜は好きな料理を振る舞ってやろう」
「それは最高のご褒美なんですけど、実は警察から連絡があってですね……」
普段なら溢れんばかりの笑顔で喜ぶはずのヴェインが乾いた笑みで下を向く。
はぁと溜息を零した後に、彼が語る言葉は死神と悪魔の表情を強張らせることになった。
「マクレイン博士が街外れの川で発見されました。それもまあ案の定なんですが――死体です」
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