愛していたあなたへ、愛する君へ

山吹K

愛していたあなたへ、愛する君へ

「え……」

「聞こえなかった?

別れてほしいって言ってるの」

「な、なんでだよ……。

俺、なにかしたか?」

「新ってさー……、重いんだよね。

私は凪君みたいに軽い感じの方が好みなの」

「なんで……」

「もういいでしょ?

じゃあね、新」


付き合って5年、同棲を始めて半年。

このままずっと楽しい時間が続くって思っていたんだ。

彼女であった花は、振り返ることもなく歩いていってしまった。


「くそっ、なんで……」


俺はこの気持ちをどうすることもできなくて、部屋に戻ってきたあともただ布団に包まるだけだった。

部屋には、もう花の荷物はなかった。

俺がバイトでいない間に徐々に片付けていたのか。

それほど前から俺と別れることを考えていたのか。

グルグルまわる頭をそう簡単に切り替えられない。

そのとき、着信音が響いた。

布団にくるまった状態のまま携帯を手に取ると、相手は幼馴染みである凪だった。


「もしもし」

「大丈夫か、新」

「今、お前にそれ言われたくないんだけど……。

花から言われたんだろ」

「あー……。

まあ、確かに新と別れたから付き合ってって言われたよ」

「そのくせしてなんで俺に電話かけてくるんだよ」

「花ちゃんに付き合ってって言われたのは確かだけど、新のことも心配だったからな」

「お前に今言われるとムカつく」

「お前が俺にムカつくのなんていつもだろ」

「わかってんなら電話してくんなよ」


凪は、顔が良くて所謂女好き。

毎日一緒にいる女の子が違ったし、何人の人と付き合ってるのかも知らないぐらいだ。

そんな男に花が惚れていた。

そう考えると余計にムカつく。


「まあまあ、そんな新くんのために可愛い女の子、紹介してあげるからさ」

「とうぶんいいよ、もう」

「いつまでも引きずってたら、あっという間におっさんになっちゃうよ」

「お前と違って俺は花と本気で付き合ってたんだ」

「ははっ、痛いところつくよね。

でも、俺だって別に適当に付き合ってるわけじゃないよ」

「何股もしてるやつに言われたくねぇな」

「みんな可愛いからさ、ついついね」

「はぁー……。

お前のそのクソみたいな性格なところ、本当どうにかならねぇかな」

「ひどいなー、もう。

まあ、どっちにしろもう花ちゃんのこと忘れなよ」


一方的にそれだけ言うと、凪は電話を切った。


「なんのためにあいつは、電話してきたんだよ……」


全くもって意味不明だった。

意味不明だったのは、他にもある。

異様に俺の好みを聞いてくること。

今まで女の子を紹介なんてしたことなかった凪が急に紹介してきたこと。

こいつなりに俺のことを心配してくれているのか、とその時までずっと思っていた。



花と別れて1年後。

俺の元にある電話がかかってきた。


「もしもし、新くん?」


その相手は、最初誰かわからなかったけど花の母親だと気づいた。

今更なんの電話だ、と疑問に思いながら俺は返事をした。


「今から来て欲しいの」


涙声で言う花の母親と指定された場所に嫌な予感がした。

急いでタクシーをつかまえて、俺は向かった。

早足で行った先には、目を赤くした花の両親。

そして、凪の姿があった。

白い壁。

独特な薬品の匂い。

真っ白なベッドに横たわる花の姿。


「あの、一体……」

「ごめん、新」

「え」


頭をさげた凪に俺は固まることしか出来なかった。


「ま、待てよ。

急に病院に来てくれなんて言われて全然状況わからないんだけど……」


そう言うと、さらに花の両親は涙を流した。

その様子を見て、俺はさらにどうしてなのかわからなくなる。


「……落ち着いて聞いてほしい。

花ちゃんは、今亡くなった」

「……は?

いや、何言ってんだよ、凪。

クソみたいなこと言ってんじゃねぇよ」

「ごめんなさい、新くん」

「え?」


凪の両親まで頭をさげてきて、本当になんなのかわからなかった。

なにこれ、ドッキリ?

早くネタバレしろよ、なんて思えてきた。


「花にね、言われてたの。

新くんにだけは言わないでって」

「なんで……」

「これ、花ちゃんから。

今読んで」


凪から渡されたのは、『新へ』と書かれた手紙だった。

この字は、どう見ても花の字だった。

俺はゆっくり、手紙を開いた。



新へ

別れる時、ひどい言葉を言ってしまってごめんなさい。

でも、あれぐらい言わないと新は納得してくれないと思ってつい言ってしまいました。


新に謝らなければいけないことがまだあります。

別れを告げた1週間前、私は余命宣告をされました。

新は優しいから、絶対死ぬまでそばにいるって言うと思ってあんな嘘をつきました。

私は新には幸せになってほしい。

だから、凪君に協力してもらいました。

凪君のこと、責めないでね。

凪君なら可愛い女の子を紹介してくれてると思うから、今頃可愛い彼女がいるのかな。

新しい彼女がどんな子なのか知る前に私はこの世にいないんだろうけど。

でも、その方がよかったかもしれない。

きっと嫉妬しちゃうからさ?

どっちにしろ、新ならきっと素敵な子に出会えると思っています。

いつも素直な新と違って私は自分の気持ちをちゃんと伝えられないし、わがままばっかり言ってた。

でも、こんな私に新はいつも笑っていてくれて本当に嬉しかったです。


最後になるけど、幸せになってください。

私が生きることのできなかった分、幸せになってください。

辛いことがあっても、諦めないでください。

新なら絶対乗り越えることが出来ると思うから。


さようなら、新。

愛していました。


花より



手紙に書いてある字は少し震えていた。

涙の後で少しボコボコになっていた。

それに重ねるかのように俺の涙も手紙の上に1つ2つと落ちていた。


「ふざけんな、なんだよこれ……」


なんで言ってくれなかったんだ。

なんでこんな形での別れ方なんだ。

なんで、なんでとたくさん頭に浮かぶ。

でも、1番思うこと、それは


「なんで気づいてあげられなかったんだ……」


後悔しかなかった。

俺が気づいていれば、花ともっと時間を過ごすことができた。

それなのに、なんで……。


「新、花ちゃんね、よく言ってた。

『新はきっと、私が死んだ後もずっと引きずって一生独身かもしれない』

『そうなると私も嫌だから、新には絶対言っちゃダメだよ』って。」

「なんだよ、それ……」

「その手紙、本当は新に渡すために書いたものじゃないんだ」

「え?」

「心の中でずっと抱え込むのが辛くなるって言って、昇華するために書いただけのものなんだ。

読んでいいって言うから、書いてる時に見たんだけど……。

これは、新に絶対見せなきゃダメだって思った。

だから、処分しとくって嘘ついたんだ」

「花……」


溢れ出てくる涙は止まらなかった。


「花、花、花……」


横たわっている花の体は冷たかった。

それは、もう花がこの世にいないことを正確に示していた。

1つ2つと、花の頬に俺の涙が零れ落ちていく。

花の心の中に俺はどんな風に残っていた?

何もわからない花の心は見えない、透明のように思えたんだ。


「俺を置いてくなよ、花……」


その日、俺は人生で初めてあんなに泣いた。



花が死んでから1年が経った。

俺は駐車場に車を止め、花のお墓の前へと立っていた。


「花、手紙くれたのあのときが初めてだったよな。いつもツンツンしてる花がまさか手紙をくれるなんて思っていなかったよ。

俺もさ、手紙書いてみたんだ。読んでくれるか?」


たった1行の手紙。

それでも、きっと気持ちはつたわると思うから。

俺は、お墓の上に1つの手紙を残してその場を離れた。



花へ


愛しています


新より

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