第2話:そして彼は渡る
親友のタクに連れられ、とうとう僕は三年四組という札がかかった教室の前へと来た。ここに来る途中では昔見たことのあるようなポスター、生徒が何かの賞を受賞した時の絵などが飾られていて、そのどれもが懐かしく、そして僕の大切な記憶を引き立てるスパイスになっていたのは間違いない。
僕はタクに先に入っててと告げ、気持ちを整え、少し遅れて教室のドアを開けた。
『おはよー!』
『ケイおはよう!』
かつてのクラスメイト達が口々に僕に向けて「おはよう」と挨拶してくれる。皆はたったそれだけ言って友達との会話に戻っていく。でも、僕にはそれだけで充分だった。もう、僕の心はたっぷりと光で満たされていた。この先もまたこのような気持ちに浸れるのだと想像したら、僕は笑みが溢れて止まらなかった。
「お前泣いたり笑ったり忙しいやつだな。今日はどうしたんだ? お前変だぞ?」
「ホントに大丈夫だって。それより今日の時間割何だったっけ?」
僕はもう席に着いてタクと談笑していた。タクに少し心配されつつも今日の一日の流れを一通り教えてもらい、一時間目が始まるにはまだ時間があるので一人で学校を少し見回ることにした。
まず、最初に向かったのは図書室だった。僕が小学校に通っていた頃に毎日といっていいほど図書室に寄って本を借りていた。図書委員も務めたし僕がよりもっと本を好きになれた大切な場所だ。
教室を出て少し左に進むと階段がある。そこを上がって三階に行き、南棟へと繋がる渡り廊下を歩く。そして右にずっと進んで突き当たりの場所。そこが図書室のある場所だ。
図書室に着いてドアを開けようとしたが、まだ朝で先生も来ていないらしく鍵がかかっているらしく開かない。仕方なくその場を後にして他のところを見ることにした。他のクラスの教室、各学年の僕が所属していたクラス、他には移動教室で使っていた教室も見て回った。
その途中で宮田先生を見かけた。宮田先生は確か50代くらいの男の先生で、僕が小学六年生の時の担任だ。その時は色々な相談に乗ってもらったり、沢山お世話になった先生だ。……けれど今の僕とは全く接点がないので「おはようございます」とだけ挨拶をしておく。宮田先生はにっこり笑って「おはよう」と返してくれた。先生は普段からとても落ち着いていて、紳士的な感じで話していて僕も気持ちが穏やかになる。そんな先生のことが大好きだった。
もっと話したい気持ちを抑え、始業まであと五分しかないことを知った僕は急いで元の教室へと戻った。
始業のチャイムが鳴り、一時間目が始まる。科目は国語らしく、使うものは漢字ドリルや教科書。最初は漢字ドリルを使って漢字の練習をするようだ。三年四組の担任の小坂先生はアラサーだがとても綺麗な女性の先生だ。朗らかで生徒からの信頼も厚く、人気がある。
授業は正直知ってることを五十分間延々と語られ、やらされることだけだったので退屈だった。一時間目が終わり休み時間になる。皆は終わりの挨拶をした後にわっと立ち上がって友達と話したり、トイレに行ったり各々のしたいことをしている。僕は席を立ち教室を見回した。それにしても、やっぱり皆まだ顔つきが幼く、時折聴こえてくる会話はゲームの話や昨日のテレビの話のようだ。教室の後ろの方では男子達が取っ組み合ってじゃれている。そしてそれを小坂先生が叱る。この場面はよく見ていたものだ。
それにしても、本当にこれは現実なのだろうか。僕は机に突っ伏してまだ完全には信じられていないこの状況のことについて考えていた。正直、僕は幽霊や超常現象などのオカルトは信じていない人間だ。ましてや僕の身に起きた『タイムスリップ』というのだろうか、この現象については全くもって信じていなかった。
人が時間に干渉することなんて出来るはずがない。人は時の流れに身を委ね、されるがまま。誰にとっても平等でその均衡は永久的に保たれる。あくまで個人的な見解だ。
そんなことを考えていると二時間目のチャイムが鳴った。次の科目は算数だ。この授業も退屈もやはり退屈で、先ほど考えていたことの続きを考えていた。僕にとっては休み時間の延長というわけだ。そんなこんなで午前中の授業が終わり、給食の時間だ。当番制で僕は今回は当番のようだった。班の皆と給食着に着替え、給食室へ列を作り向かう。
給食室の中に入ると先生が何人かいて場所を案内してくれる。僕はごはん・パン係でだったので今日の給食のコッペパンを教室まで運んだ。配食を終え、皆席に着く。先生の合図でいただきます、だ。
上下左右の子と席をくっつけて話しながら食べるご飯。誰かと話しながら、笑いながら食べるご飯っていつぶりだろう。牛乳を飲みながら物思いに耽っていると、唐突に僕の右隣の席の男の子がクラスのムードメーカーでご飯食べる時はいつも変顔をして周りの子達を笑わせていたことを思い出し、右の方を見ると案の定変顔をしていた。
「っ……!!」
僕は危うく牛乳を吹きかけそうになるのを必死に抑えた。幼いながら凄まじいレベルの変顔を連続で繰り出す彼は、先に給食を食べ終え皆を笑わせることに徹していた。その被害にあったのは案の定僕だけではなく、隣の彼が視線に入ってしまう子達全員だ。お陰で皆ぷるぷるしている。
やがて彼は席を立ち、あろうことか僕の左のこれまたやんちゃな子の方に行き、間近で変顔をするという暴挙に出た。最初は耐えていた彼の抵抗も虚しく口に含んでいたらしい焼きビーフンを吹いた。女子の悲鳴と周りでは笑い声も起きている。笑わせた張本人は何事も無かったかのように元の席に着いた。そのシーンが妙にシュールで僕も吹き出しそうになる。その場は怒られなかった彼も、結局笑わせられ、吹いてしまった彼が小坂先生に報告し悪事がバレ怒られてしまったのだが。
給食も終わり、お待ちかねの昼休みだ。僕は朝に行けなかった図書室、そして靴を履いて運動場などを見て、また心が満たされていく幸せに浸っていた。
束の間の幸せもすぐに終わり、あっという間に一日に終わりはくる。先生とさようならをして、僕はタクと一緒に教室を出た。皆にとっては何気ない日常なのだろうが、僕にとっては本当に幸せな一日なのだ。……きっと誰にも分かってもらえないのだろうけど。
正門を出たところで、僕は酷い頭痛に襲われた。そして同時に何か大事な何かを忘れているような、そんな感覚に陥った。
「お、おいケイ!? 大丈夫か!? 今先生呼んでくるから待ってろ!!」
そう行って学校へ走っていくタクがぼんやりと、視界の端に捉えられた。やがて段々と視界が徐々に白くなっていく。その途切れゆく意識の中で僕は忘れている何かを思い出そうと必死に思い出そうとした。が思い出そうとすればするほど頭痛は酷くなる。そして、僕は意識を手放した。
僕は、何もない、黒い世界の中を歩いていた。その時の僕は何かを探すことに必死だった。そして焦れば焦るほど闇に囚われていく。
『……だに…………の?』
不意にどこからか聞いたことのある声が、言葉が聞こえてきた。透き通った、まるで鈴のようなか細い綺麗な声。僕はその声に耳をすませた。
『まだ、逃げ続けるの?』
はっきりと聞こえたその言葉。そして聞こえたと同時に強い衝撃が僕の体を襲った。
目が覚めると僕は自室のベッドで横になっていた。それと同時に、思い出した。
「そうだ。あの日、僕は本来なら一人で学校から出て横断歩道を渡って……それで……信号無視をした車に……轢かれた……?」
もしそうなら、僕は病院のベッドにいるはずだ。あの時は確か奇跡的に打撲と擦り傷で済んだのだ。両親に抱き締められながらその腕の中で怖くて泣いていた……気がする。
まさか、僕は急いでベッドから起き上がり姿見を見た。
あぁ、やっぱり。"中学生時代の頃の僕"になっていた。どうやら、僕は少しずつ元の時代に戻っているらしい。二度目のタイムスリップだった。
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