ドラゴンスレイヤー

 ふざけるな。

 どうしてよりによってこのタイミングなんだ。

 おかしいだろうが。


 会ってみたいとは思っていたが今じゃない。勇者パーティが揃ってからにしてほしかった。


 どうする?

 この状況で村に戻れるのか?


 戻ってもいいが……私のあとを追って奴らが村に来るのはマズイ。

 動物除けの障壁も、あの大群には役に立たなそうだ。


 一刻も早くエルに合流したいが、わざわざ危険な頂上へ近づくべきか?


 いや。

 私がいれば足手まといになる。戦闘場所からは離れておきたい。


 村の入り口にギリギリまで近づき、森が深く上空からは見えないポイントで待機する。

 これで行こう。


 奴らとの距離はまだある。走って移動すれば問題ないはずだ。


 草から脱出する。

 よし。


 筋力増強。


 クラウチングスタート、はしない。スタンディング小学生スタートでいい。

 位置について、よーい……ドン!


 葉を避け、根っこを跳び越え走る。

 走る、走る、走る。

 肌を突き抜けるような爽快感。


 バイクで風になるというのはこういう気分なのだろう。

 障害物がない方が快適ではあるだろうが。


 先ほどののお陰でかなり下まで来ていた。

 この速度ならすぐに森の出口が見えるはずだ。


 速度を落として停止する。


 トトトト、トトト、トト、ト


「ぜぇぜぇ……はぁ……ぜぇ……」


 足は速くなったがスタミナがついてきていなかった。

 息切れがひどい。頭がくらくらする。酸欠の症状。


「おう"ぇ、ゃばぃ」


 吐きそう。お茶飲む……。

 リュックサックに入っていた麦茶はシェイクされてホットになっていた。


 泡立ってて美味しくない。


 不味いけど飲まないと吐きそうだ。なんとか腹の中に押し込んだ。

 そういえばおにぎり食べるタイミングを失った。NOドリンクでおにぎり食べて喉に詰まらせたら終わる。



「はぁ」


 ようやく落ち着いてきたので徒歩移動を開始する。

 日の差し込まない場所を探そう。


 奴らはどれくらい移動しただろうか。再び木を登って確認する勇気はない。

 そんなときのための耳。


 羽ばたきは聞こえない。距離を離せたと考えていいだろう。

 とりあえず一安心。


 バカ。安心している場合ではない。早く隠れよう。




 ガツン

「ンガ」


 歩き始めて5分ほどで、何かにぶつかった。

 何か。


「?」


 なんだこれは。私は何にぶつかったのだ。


 私が困惑している理由、それは何かというのがからである。


「???」


 見えない、とは視認できないこと。

 現在、何もない、透明な壁に衝突した私。


「????????????」


 頭が?で埋まってしまった。

 壁をノックしてみるも、変化はない。

 壁の向こうにはなんの変哲もない、森がしっかりと続いている、ように見える。


 不思議だなぁ。


 少なくとも、これ以上先に進めないことは分かる。


 しかし、これはこれでよかったのではないか?。

 だって奴らもこれ以上進めないのだから。村が襲われる心配はない。


 ……裏返せば私が逃げられないということだが。


 前門のドラゴン、後門の壁。

 どうしたものか。


 壁沿いに歩いて行ってみようかな。

 前も後ろも無理なら左右どちらかへ進むしかない。


 なんとなく右に進むことにした。深い意味はないけど、右の方が森が濃そう。

 壁に手を伝わせながら歩き始める。










 マズイ。

 マズイマズイマズイマズイ!


 これはだ。

 私たちを閉じ込めるための檻。

 恐らく山の頂上を中心として張られた、円形の


 ギリ。

 奥歯をかみしめる。

 たった数時間前まで守られていたものに、逆に閉じ込められるとは。


 こんなとき、結界の持ち主を倒せば解除されるのが定石ではある。

 であればエルが敵を倒してくれさえすれば――。


 ハタと気づく。

 敵?

 敵はいないんじゃないのか?

 目撃された二人組は、もういないはず……。


 しかし現に私たちは閉じ込められている。

 。敵はまだここにいる。


 この結界が解除されるまで、エルの戦闘が終わるまで逃げ続けるのが私の勝利条件。

 そういうことか。


 ようやく木々の濃い場所を発見した。

 ここなら上空からは見えないだろう。


 一度周りの様子を確認しよう。聴覚強化。


「ッ⁉」


 反射的に木の裏に隠れる。


 エルの戦闘音は聞こえない。

 だが、奴らの羽ばたきは近づいていた。さらに言えばしている。

 ヤバかった。隠れるのが遅れていたら見つかっていたかもしれない。


 そしてもう一つ、

 こちらに近づいてくる足音があったので、私は木の裏へ身を潜めたのだ。


 バレているのか? 分からない。

 エルであれば良し。エルでなければ息を潜めてやり過ごす。


 天使が出るか、蛇が出るか。

 さぁどちらが来る――?


「ったく、どうすんだよ」

 ガサガサガサ。

「出入り口はどこだ」

 ガサガサガサ。

「そもそもあるのか?」


「……シャーウスさん?」

「うわっ⁉ リクナさん⁉ 何してるの⁉」

「こちらのセリフなんですケド……」


 巻き込まれている。一般駆除業者の方を巻き込んでしまっている。

 訴えられたら負けてしまう。


「あの、シャーウスさんは何故ここに?」

「それが聞いてくれよ! 君たちと別れたあとゆっくり山を登ってたはずなのに、! 気温もやけに高いし、そして何より。これは妙だと思って一度拠点に戻ろうとしたんだが、それすらも見つけられない。仕方ないから村に戻ろうとしても、今度はこの結界だ。困り果てて当てもなく出入り口を探して壁沿いを歩いてきた。リクナさんの方は……あれ、スカイノートさんと一緒じゃないのか。……まぁあの子であれば問題はないだろうけど」


 おや?


「エルのこと知ってたんですか?」

「最初に会った時から、どこかで聞いたことある名前だとは思ってたよ。思い出したのはついさっきだけど。六シキ使いの子だろ? Sランカーで政府直属の魔法使い。さっき子供扱いしたの物凄い失礼だったな。あとで謝らないと不敬罪で取り締まられる……」


 多分そんなことはされないと思うけど面白そうだから黙っておこう。


 エルはやはり有名人なのだろうか。彼が情報通なだけか?


「んで、スカイノートさんは今いずこへ? 、てっきり一緒にいるものだと」

「連絡……?」


 何かあった際に連絡をとろうということで、エルとシャーウスさんは携帯の番号を交換していた(エルの携帯は業務用らしい)。


「連絡がとれないというか、圏外なんだよね。お昼くらいまでは普通に使えたはずなのに。やっぱり結界の中だからか?」

「あ」


 バカか私は。

 腕輪があるじゃないか。


 これで連絡をとれば。


『おかけになった端末は電波の届かない場所にあるか、電池が切れています』


 ダメでした。

 しかしご安心。なんと特別設定でエルと私は、腕輪で距離と方角を測れる設定が加わっているのだ! ありがとう博士!


『距離:測定不能

 方角:測定不能』


 は?

 おい博士どういうことだこれは。故障か?


 ……故障でないとすれば? 敵の結界内だから使えない? 


 または、今の私とエルは


「…………」

「もしかしてだけど、はぐれた?」


 はぐれたなんてものではない。


 そもそも戦闘する音が聞こえてこない、それなのに

 それじゃあまるで――。


「……はぐれたんじゃなくて、

「え?」


 考えてすらいなかった。てっきり同じ空間内にいるもだと思っていた。だからどこかで安心していた。


 ――今回は間に合ったけど、次は間に合わないかもしれない。


 いきなり。

 エルの宣言通り。 


 初仕事でこれかよ……ッ!


 舐めていなかったと言えば嘘になる。必ず助けに来てくれると確信していた。


 敵が使用していたのは風魔法ではなく結界展開。だからエルは私をぶん投げてまで逃がそうとしてくれたのだ。

 失敗に終わってしまったわけだが。


 恐らくエルはから結界をこじ開けようとしているはずだ。それまでこの空間で敵に見つからないように隠れ続ける。


 それがきっと最善策。


「一つ聞いていいかな? この現象は君たちの森の調査と関係してる?」

「……はい」

「なるほどね。まぁ彼女が出てきたってことは相当な問題だったんだろう」


 巻き込んでしまった以上、嘘をつくのは憚られた。あとでエルに怒られてしまうかもしれない。


「あの私、魔法についてあまり詳しくないんですけど、こういう結界魔法って特定の誰かを弾くことができるものなんでしょうか?」

「多分できる。魔法発動者のでね」

「任意というのは具体的にどのような……?」

「指定範囲内の人間全てを取り込む結界を展開したとして、発動者が目視した人間の中から一人だけ弾く、とか。仲間同士であれば、特定のものを持ってる人だけ弾くとかもある」


 最悪だ。ノーデンの連中はずっと森の中に身を潜めていたのか。完全に罠。

 敵の術中もいいところじゃねぇか。


「リクナさんと再会するまでは山頂へ先に向かった君たちが自動発動型結界オートジェイルでも踏んだのかと思ってたけど、その話を聞くにどうやら違うらしい」

「おーとじぇいる」

「一定のエリアまで踏み込むと発動する設置型の結界。ただオートの方は一人だけ弾く、みたいな複雑な設定は無理だ。だから今回は発動者が必ず近くにいる」

「それはこの空間内にですか?」

「分からない。外かもしれないし中にいるかもしれない。……オートとそうじゃない結界の大きな違いは知ってる?」

「すみません、教えてください」

「オートは設置者が気絶したり、死亡したりすると解除される。中に人がいたとしてもね。逆にそうじゃない場合――今回みたいな場合、発動者が気絶や死亡しても。当然、中の人間は取り残される」

「そ、外から開けることは?」

「出来る。が、閉じられた結界に対して干渉できる人間はかなり限られている。ただし発動者が一人で、これだけ大きい空間を形成しているならができている可能性もあるにはある。そこを突ければ無理矢理こじ開けることも不可能じゃない」


 それだ。エルなら間違いなくその孔を見つけてくれる。そして私たちを助けにきてくれるはずだ。


「リクナさん、あなたは相棒の救助をここで待つのかい?」

「エルは必ず来ます」

「はは、流石Sランカー。信頼されてるねぇ。じゃあ自力でこの空間から脱出できるとしても?」

「脱出できるんですか⁉」

「オートだろうがなんだろうが物理的なバリアじゃない限り、結界には必ず外部へ抜けるための条件が設定されている。必ず。それを満たせば脱出できる」

「……それは何かを倒すとか?」

「大抵はそうだね。恥ずかしい話、閉じ込められてると分かったとき、山頂付近で君たちが解決してくれると思ってたんだ。だから壁側にいたんだけど……こうなっては自分たちで脱出する方が安心だろう? 待っていればどんな脅威がやってくるか分からないからね。二人でサクッと終わらせて、スカイノートさんを安心させてあげよう!」


 この人重要なことに気づいていないのでは。まさかね?


「シャーウスさん、空見ました?」

「空? ここからは見えないけど……。あっちは見えそうだからちょっと行って見てくr」

「待って! ください!」

「?」


 危うく命令しそうになった。やっぱこの人気づいてなかった!


「あの、空がワイバーンだらけなんです」

「わいばーん? なんだそりゃ」

「空飛ぶトカゲです」

「へぇ! トビトカゲをそう呼ぶのか! あのちびっこドラゴンなかなか見ないからな! 地方によって呼び方が違うのか!」


 唐突なテンション爆上げでちょっと怖い。にこやか過ぎる。


「それがちょっと違うみたいで」

「違う?」

「その、サイズが」

「サイズが?」


 すげーグイグイ来る。


「多分7、8mくらいあるやつが、山頂辺りに山ほど飛んでたんです。それに」

「⁉ そんな大きさのトビトカゲみたことないぞ!」

「声が大きいです! 気づかれます!」

「木登って見てきていい?」

「ダメに決まってるでしょ⁉」


 ついにタメ語でツッコんでしまった。

 不可抗力である。


「ん、ああそうか! やたら気温が高いのは、そいつらをためか! この空間の持ち主は趣味がいいねぇ! それに村人が聞いたっていう鳴き声も、この空間から漏れ出たもの! 俺の仕事と君たちの仕事は繋がってたワケだ! 面白くなってきたな!」

「大ピンチだと思うんですケド……」


 問題が繋がっていることが確定したのはいいことかもしれない。

 だけど全然面白くない。今地獄みたいな気分。ゲロ吐きそう。気温は暑いのに身体は寒い。勘弁してくれ。


「……それに、群れの中に一匹だけバカみたいにでかいやつがいたんです。あんなのとてもじゃないけど」

「デカいやつ、へぇ。それって15mより大きい?」

「そんなもんじゃないです。確実に50mよりはデカいです」


 頭から胴体までは見えたが、尻尾の先端は見えなかった。視認できた部位だけでも徒競走のコースより長い。


 エルならワンパンで沈めてくれるかもしれないが、私たち二人だけではとても――


 私の不安なぞつゆ知らず、シャーウスさんは幸せ絶頂のような満面の笑みを浮かべていた。


「そいつだ!」

「なんの話ですか」

「脱出条件だよ! どう考えたってソイツだろう! ソイツを倒すのがこの結界の脱出条件! 最初から答えを持ってたんじゃないか! 最後まで隠しておくなんて全く、リクナ君はお茶目だなぁ」

「いや別にそういう訳では……」


 知ってるものだと思ってただけです。訂正するのめんどくさいからいいや。


「相手が人間だったら困ったけど、ドラゴンなら話は別だ! 俺が討伐する!」


 アホなのか。今まで15m級でイキリ散らしてた人があんな大きさの生き物に勝てるはずがない。


「危険すぎます。待つべきです。エルならすぐ来てくれますから」

「ええー」


 ええーじゃない。

 私が言うのもなんだが、死に急いでいるとしか思えない。

 無事に生還できる選択肢があるのなら、それが一番だ。


「リクナさんはそれでいいのかい?」

「危険が少ない方がいいに決まってます」

「危険を冒すのが俺たちの仕事だと思うがね」

「それは……そうですけど……」

「助けを待つ。状況によっては賢明な判断だ。俺だって君の相棒を信用していないわけじゃない。だが外から開けられない可能性の方が高い。どう考えても中から自力で出るのが正解だ」

「でも……」

「こう言っちゃなんだが、そうやってずっとスカイノートさん助けてもらうつもりなら、君はこの仕事に向いてないんじゃないか?」

「ッ!」

「まぁリクナさんとは初対面だし、俺は政府の役人でもない。でも政府ってのは厄介事を処理するもんじゃないのか? 給料だけ欲しいなら事務仕事でいいはずだ。わざわざ田舎から出てきたのは、人の役に立ちたかったからじゃないのか? もちろん命を無謀に投げ捨てるのは論外だ。でものはだろうに」


 ギリ。


「スカイノートさんがリクナさんと組んでいるのは、君を一人前にするためじゃないのかい? だったら彼女とはぐれてしまった今こそ動かなきゃ。自分だってできるってことを教えてやるチャンスだぜ?」


 ギリギリ。


「その腰の剣が飾りじゃないなら、敵がいるって分かってここに来た。当然、想定外の事態だって起こり得る。それなのに最初から戦う気がないってのはアレだ、給料泥棒ってやつだ」

「私は!」


 噛みしめた奥歯が悲鳴を上げる前に、耐えきれず叫ぶ。

 言わせておけばベラベラと!

 舐めてたってさっき反省したばっかりなんだよ! なんでお前にそんなこと言われなくちゃいけないんだ!!


「今回は比較的安全だって言われたから! ここに来た! それだけだ! できることをやるべきだって? そりゃできることならやるさ! でもあんなデカブツどう倒せってんだ! 私じゃ無理だ! だったら助けを待つ方が賢明だろ! 給料泥棒!? まだ一銭も貰ってねぇよ! こちとら初仕事なんだ! いきなりドラゴンと戦うことになるなんて誰が思うかよ! 人だったらまだ納得できるけどな!? ワイバーン従えたドラゴンと曲がり角で運命的な出逢いなんて嫌すぎる! 檻の中で飼育されてるやつをゆっくり観察したかったよ!」

「まぁ今も檻の中みたいなものだけど」

「餌として放り込まれただけ!」


 はぁはぁ……。


 ――あ。


 やってしまった。大人に怒鳴ってしまった。叫んでしまった。逆らってしまった。


 殴られる。蹴り飛ばされる。髪の毛を引きちぎられる。


 がたがたと震える。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ叩かないで――


「く、はっはっはっはっはっはっは!」

「あ、え」

「そうかそうか! 初仕事だったのか! そりゃあ悪いことをした。まぁいきなり空想のドラゴンと戦うことになるなんて思わないわな! すまんすまん」


 逆に謝られた。予想外すぎて口が開いたままだ。


「動物園にだってまだいないのに、檻の中のドラゴン退治が初仕事になる人間はきっとリクナさんが初めてだぜ? ねー!」


 嘘だろ。この状況を運がいいと? 天球人は誰も彼もポジティブなのか。


「無理ですってば。シャーウスさんはアレを見てないからそんな能天気でいられるんです」

「確かに見てないねぇ。ふーむ。じゃあ取り巻きのワイバーン?が相手なら、リクナさん戦える?」

「言ったでしょう? 山ほどいるんです。私一人どころか、あなたがいても厳しいですよ」

「違う違う。ワイバーンなら戦えるかって話。どう?」


 1匹……。

 自分の身長の4倍近い相手と? まだ刀持って一週間しか練習しかしてないのに?


「1匹倒せたところでなんにもならないです」

「勘違いしてるな? 言っただろう? その特大ドラゴンさえ倒せれば脱出できるって」

「それは予想でしょう。仮にボスを倒したとしても、取り巻き全滅までが脱出条件だったらどうするんです」

「うんうん。確かにな」

「そもそも」

「ボスは俺が倒す」

「はい?」

「リクナさんは俺の準備が整うまで、周りのワイバーンと遊んでてくれ。ボスを倒しても解放されなかったときは、うん、仕方ない!」

「いやいやいやいやいやいや」


 何言ってんの? 頭沸いてる?


「それを信じろと? 初対面のあなたを? 無理ですよ」


 なんだかつい2週間前にも似たようなやり取りをした気がする。

 ただ今回、私は彼の実力を一度も見ていない。見せられた写真もねつ造かもしれないし。


「初対面なら、俺の最初の名乗りを忘れてないだろう?」

「トカゲスレイヤー」

「惜しいが違う。俺はドラゴンスレイヤーだ。だからドラゴンが相手なら、俺は絶対に勝つ!」

「ドラゴンとも初対面でしたよね?」

「ああ!」

「ええ……」


 因果逆転みたいなこと言ってるよ。ゲイボルグは当たらないって誰かが言ってたよ。


「やっぱり無理では――」

「時間切れだリクナさん。予定通り、時間稼ぎ頼むよ」

「いやさっきから何言って」


 灼けた。

 周囲の木は一瞬で黒焦げになった。


 間一髪で避けれたが危ねぇ!


 上空に羽ばたくワイバーンくんと目が合う。


 元気そう♪


「ギャアオガアアア(火炎球)」

「ぎゃあああああああああ!!!!(咆哮)」


 まだ! 心の準備が! できてない!


 私たちがデカい声で話してたせいで気づかれたのだ! ボケが!


 シャーウスさんは大丈夫か?


 ――彼はすでに背中に背負っていたを抜いていた。


 初対面の段階で地球だったら「クラウドかよ!」と叫んでいただろうがお生憎。

 ここは天球。


 大剣使いがいたって何も不思議じゃあない。


 ボッ、と大剣が燃え上がる。

 あっちぃ⁉ さっきのトカゲブレスとは比べ物にならない熱量! 


 本当に何者なんだこの人は⁉


 ギリ。

 チクショウ!


 もうこうなったらヤケだ! やってやろうじゃねぇか!


 邪魔なリュックサックをぶん投げる。嗚呼、さようなら私のおにぎり……。


 刀を抜く。筋力強化を使ってるとはいえやはり重い。

 この刀は鞘に納めている間は身に着けていないと感じるほど軽い。しかし抜けば元の重さに戻る。


 なんとか片手で持っているが、剣心さんとかゾロの兄貴ってやっぱすごいんだなぁ⁉

 感動するネ!


 スゥ

 ワイバーンはを装填する。


 横っ跳びで躱す。

 ブレスにはインターバルが必要らしい。ならば。


 今がチャンスってことだ!


 助走をつけて走り、跳ぶ。しかし高さが足りない。

 だから。

 木の枝に乗って、の跳躍。枝のしなりも合わさり、届く。

 そのまま刀を鱗に――叩きつける。


 ガッギイィィン!

「んんんんんんんがああああああああああらああああああああ!!!!」


 斬首刑ってすごく難しいらしい。骨と骨の間を断ち切っているとか、骨を本当に断ち切れる刀も人も一握りだとか。


 要するに、剣を持ったばかりのド素人にクソほど堅い鱗を斬るなんて無理!

 再起不能になるくらい強くぶん殴って吹っ飛ばせ!


「ギャアアァァァァァァァァ……」


 向こうへ飛んでいった。バイバイキーン。


 は、はははははははは!

 結構イケるな私⁉ 頑張れるじゃん!


 さて。


 続々と。続々々々々々々々々とワイバーンくんたちが集まってきた。

 うーんどうしよう!


 てか!


「なんで私の方ばっかり来てんの⁉」

「そりゃ俺がからだろ!」

「口から火ィ吐くくせに!」

「こいつらの紙みたいな鱗じゃこの炎は耐えきれねぇ!」

「紙かよ!」


 たった今私が鱗を紙扱いするたぁいい度胸だなぁ!

 これ私いらなかったんじゃないの⁉


 スーーーーーーーゥ

 あ。


 一斉ブレスはマズイ! 50匹(目測)同時ブレスは流石に厳しい!










「属性魔法はとうぶん使用禁止ね」


「右腕吹っ飛んじゃうからね」


「約束ね?」


「でも、」


「でももし、本当に危なくなったとき」


「本当の本当に危なくなったそのときは」


「青、緑、橙」


「この三色でなんとかして」


「いい?」










「ぶおっ」


 吹っ飛んだ。勢いあまってずっこける。


 緑、風。ジャンプと同時に風で身体を押したのだ。

 力加減を失敗した上にブレス着弾時の爆風も相まって、想像よりも跳んでしまった。


「あっつ! 熱い!」

「盛大にこけたねぇ!」

「何笑ってんだよぉ!」


 シャーウス=ファイアチャージマンの近くへ。何℃あるの?


「耐熱はどうした!」

「忘れてた」


 耐熱魔法。

 いや熱いわ! 私が耐えられるの90℃くらいまでだよ! 明らかに100℃以上あるでしょ!


「よくけませんね! ソレ!」

「まだ上がるぞ!」

「マジすか!」

「マジだよ!」


 もう後ろを振り返ったら眼球が灼けそうだ。もう髪も服も焦げてないかこれ。


「うわっ!」


 ワイバーンが爪で襲い掛かってきた。こっちは棍棒なのにそっちはダイヤモンドソードだろ! 課金武器で無課金襲うのやめろ!


「ギャウゥゥゥ……」


 不用意にファイアチャージマンに近づいてしまったワイバーンくんは、羽が熔けて地面に落ちてしまいました。ゆっくりじっくりと、火が通っていきます。


 出来上がったワイバーンの姿焼きがこちらです。


「3分クッキングより早い!」

「ざまぁねぇな!」


 いや笑ってる場合ではない。気を抜くと陸那光輝女子中学生の姿焼きになる。JCの干物なら需要がありそうとか笑ってたのが冗談ではなくなってしまう。


「ギャウ」

「ガアァ」

「ギュオオ」


 仲間が焼死体と化していても果敢に襲い掛かってくるワイバーン。

 躱せば勝手に背後で焼けてくれる。しかし数が数。どうしても――。


「ぐううぅぅぅ!!」


 腕を目いっぱい伸ばし顔をのけ反らせて、ギリギリ爪が当たらずに受け止めきれる。

 刀がガチガチと音を鳴らす。かてぇ。


 1匹と戯れている余裕はない。もう次が来ている。


「ふ、ッ飛べ!」


 右腕に無理やり力を込め押し返す。後方にいたもう1匹と衝突して落下した。

 ラッキー。一石二鳥ならぬ一押二竜。


「ちっ!」


 またすぐに次が来る。転がって避けても次の攻撃。


 何が1匹だったら相手にできる?だよ! もう20匹は焼いてるぞ!


 スーゥ

 もうブレスインターバル終了!?


 避けろ! はやく! 動け足!


 危なかった。なんとか避けきれ――あ。


 遅れて発射した1匹のブレスが直撃した。

 ……一斉射撃で一人だけ遅れるなや。隊クビになるよお前。


 あ、あ、あ。

「あ゛っ゛ち゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!!!!!!!!!」


 熱い暑いあついアツイATSUI!


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ! 熱い熱い焼ける助けてぇ!!」


 間一髪で刀を前に出して防いだ――つもりでいたがそこは火。

 少々威力は減衰したものの上半身に直撃した。


 身体に! 火が! 助けて! 助けて! 焼ける! 死んじゃう! 死ぬ! 丸焦げになる!!


「落ち着け! 燃えてない!」

「ああああああああああ――え?」


 地面をのたうち回って閉じていた目を開けると、身体に引火していなかった。

 なんで!?


「いい耐熱してんじゃねぇか! ビビってんなよ!」


 豆電球のフィラメントは2400℃を超えると、あの「腕発光事件」のあとに調べた。

 そして恐らく、エルはその温度に耐えられる耐熱性を持っているはず。

 つまり私に遺伝(魔伝?)していてもなんら不思議ではなかった。


 なんか急に熱くなくなってきた気がする。するか?

 いや背後の熱波はやっぱり熱い。ダメだった。


 ふらふらで立ち上がると、妙なことが起きていた。

 ワイバーンたちが少しずつ散っていく。何があった? 転がり回る私を見てお腹でも痛くなった?


 が。

 違った。そうではない。

 満員のエレベーターで「降りまーす」と言うと周りが避けて道ができる。

 そう。彼らは道を譲っただけだった。


「俺の村はさ!」

「何!」

「金って文化がないど田舎でな! 野菜とか牛乳とか労働とかでやり取りするんだ!」


 一体どこの縄文時代だ。ほとんど物々交換じゃないか。遅れているとかそういうレベルの話ではない。


「そんなんだから、畑や牛は死ぬほど大事でさ! みんな必死こいて鳥やイノシシから守るんだ! だがだけはどうにもならなかった! 落とし穴を仕掛けても器用に登ってきやがるし、金属の武器も鱗に歯が立たない! 金がないから駆除を頼むこともできなかった! だから俺が斬った! 鱗ごと灼き斬った!」


 ああ。そうか。


「あの日から! 家族や村のみんなが笑ってくれたあのときから! 俺たちと同じように苦しんでる人のために働こうと決めた! 金じゃなくたっていい! 野菜や米や肉や魚でもいい! 報酬になるならなんだっていいのさ!」


 かっこいい。純粋にそう思った。

 彼は自分の信念のために、誰かのために戦っている。

 きっと私には一生たどり着けない場所に、彼はいる。


 先ほどの唐突な説教も、何故こんなときに自分語りを始めたのかも不思議だったが、なんてことはない。彼にとって私は後輩なのだ。自分と同じ人種。


 彼はそれがエルのついた咄嗟の嘘であることを知らない。

 そんな嘘に騙され、挙句の果てに私にあんな説教まで垂れやがって。


 私は、私は。それがとても

 自分のためではなく、私の為に言ってくれたのだ。その事実は私にとって何よりも代えがたいものだった。


「――君たちには感謝してるぜ! これでからになれる! こんなに最高な日はない!」


 いやこの人単純にドラゴンと戦えてテンション上がってるだけでは。どっちか分からん。


 そうこうしてるうちに奴は、ドラゴンは凄まじい速度で迫ってくる。


「デッ⁉」

「っは! 50m以上⁉ 冗談だろ! 300はあんじゃねぇの⁉ こりゃ半端ねぇ!」


 目測は狂っていた。ワイバーンが思っていたよりも小さかったのだ。なんだあの大きさは⁉ 300mってそれもう東京タワーじゃん!


「ちなみに! 今火炎放射もらうと流石に熔ける! なんとかしてくれ!」

「は⁉ え⁉ えええええええええ⁉⁉⁉」


 無理無理無理無理! バリアなんて張れない! 


 ブオオオオォォォォォォ……


 ドラゴンはすでに深呼吸の「吸って~~」の段階だった。あとは「吐いて~~」するのみである。


 考えろ! 私が今持てる技術まほうで! あの火炎をなんとかしろ!


 刀を地面に突き刺し、地面を隆起させ壁を作る。さらに水で壁を湿らせる。


 橙、土。

 青、水。


 ボゥッ


 その音が聞こえた刹那、壁にとてつもない衝撃が走る。


「がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 刀を持つ手が震える。それでも、絶対に放すわけにはいかない。地面から抜ければ魔法は解除されてしまう。


 これほど強烈な火炎放射を正面から受け止めれば、あっという間に壁は崩れていただろう。

 ならば、


「受け流しか! 考えたな!」

「ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!」


 参考にしたのは「だからこうして斜めの角度ではじく」である。炎が私の正面で分岐するようなY字路を形成。私の後ろにいるシャーウスさんの、さらに後ろまで続く壁で炎を受け流す。本当はもっと細かく散らせれば良いのだが、今の私の技術ではこれが精いっぱい。二分割で耐えろ!


 気を抜けば土壁が崩れる。水を絶やせばあっという間に温度が上がる。なんなら背後からも灼かれてる。

 なんだこの状況⁉ 前門も後門もFIREだぞ! 頭どころか身体が沸くわ! 血沸き肉も焼きあがる!


 ゴオオオォォォォ……


 が近づいている。当然、炎の威力も上がる。


 どこまでッ! どこまで耐えられるッ⁉










「それともう一つ」


「禁止事項ね」


「複数色を同時に使っちゃダメ」


「消費魔力が大変なことになるから」


「使うとしても一色ずつ」


「魔力切れで気絶するよ」










 ごめんエル、そんなこと言ってる場合じゃなかった!

 普通に使っちゃったよ!


 因果応報。

 視界が霞み始め、脚の力が抜けてきた。

 魔力切れが早過ぎる。せっかく強い力を手に入れたのにこのザマじゃ意味ないぞ!


「うっ、かっ、うう、は」


 右ひざが地面につく。限界が近づく。


 意識が消えかけて、今にも飛びそうだ。もう――


「君に敬意を表する」


 声。


「最高にカッコよかったぜ」


 もう後ろを振り向くことはできない。


「だけど最後に、俺の活躍見届けてくれよな。――語り人がいないと、また自称扱いされるからさ」


 無茶を言う。もうボロボロだっつーの。


 土壁の崩壊とともに、私は力を振り絞って横へ跳んだ。

 その男へ道を譲るために。


 だから最後に、これだけは言わせてもらう。


「頼むぞ!!!!」

「請け負った」


 私は見た。


 青く燃ゆる、天まで届くほどのその豪剣を。陽炎に揺らめく男の姿を。

 竜から放たれる火炎を裂き、鱗を熔かし、頭蓋を砕き、背骨を割り、尾椎を貫く。


 その一刀を。

 私は見た。

 しかと目に


 天まで届きそうな一刀はアニメでも見たことがある。

 でも、彼のは美しさの欠片もなく。武骨で、お世辞にも綺麗だとは思わない。だけど、だけどそれが――。


 いやはや。全く、本当に。


「……かっけぇ」


 見届けさせてもらったよ。


 私はもう限界だ。


 悪いけどじゃあな。


 ……。


 …………。


 すやぁ。










 二度あることは三度あるとはよく言ったもので。

 人生3回目の気絶を経験した私です。


「ふわぁ」


 目が覚めた。どこここ。木造建築?

 外は真っ暗で人の気配もない。


 1回目は誰も来ず。

 2回目は博士だった。

 3回目は……。


「あ、起きてる」

「おはよう」

「こんばんは」


 待ち望んでいた天使エルのお出迎えだった。


「身体大丈夫?」

「大丈夫、じゃない、痛い。節々が痛い」

「ま、しゃーないね。身体がまだついてきてない証拠」

「疲れた……」

「お疲れ様」

「ここはどこ?」

「村の宿。村長さんに言ったら二部屋貸してくれたんだ」


 私は無事に戻って来た。脱出条件はやはりドラゴン退治のみだったのだろうか。

 気絶後の記憶がないため、何がどうなってここにいるのか分からない。シャーウスさんは燃え尽きていないだろうか。


「うん、活躍はシャーウスさんから聞いています。でっかいワイバーンと戦ったんだって? 羨ま、じゃなくて大変だったね。巨大なドラゴンのことも、火炎放射と正面対決して耐えたことも。全部聞きました。本当に本当に、お疲れ様でした」


 安堵の表情とは裏腹に心の声が漏れていた。

 そのお疲れ様を素直に受け止めることができない。あれはシャーウスさんがやったことだ。彼の指示に従っただけで、私は燃やされたり壁を建設したりしていただけだった。


「私は、一人じゃなんにもできなかった。シャーウスさんに言われなかったら、何もせずにエルの助けを待つつもりだった。……自分でなんとかするって啖呵切ったのに、結局は頼るつもりだった。どうしようもない嘘つきでごめん」

「嘘つきじゃない。今ここにミキがいるのは、ミキが何とかしたからだよ」


 エルは今にも泣きだしそうな顔をしている。


「私の方こそ、初めての仕事で怖い思いさせてごめんなさい。結界の孔は探しても見つからなくて、私ではあなたを助けることができなかった。結界が解除された瞬間、もしかして死んじゃったんじゃないかと思った。でも本当に……生きててくれてよかった……。守るって決めたのに、自分があまりにも不甲斐なくて……私は……」

「…………」

「…………」


 気まずい沈黙に陥ってしまった。どうしよう。


 グゥ。


「……」

「……」

「お腹すいた」

「ご飯持ってくるね」


 ナイス私のお腹。褒めて遣わす。


 温かい野菜スープとごはんのセットが身体に染み渡る。


「食べながらでいいから、さっきの続きを。結界に呑まれたミキをどうにかしようとして森を飛び回ってたら、男を発見したの。こっちに攻撃して逃げていったからボコって捕まえたけど、多分目撃された男女の片割れだと思う」


 ナチュラルにボコるのヤバイ。


「女の方は見つけられなかった。男は大したことなかったし、あの結界は多分女の方だ。ただ私だけ取り残されたから間違いなく近くにいたはず。中で女は見なかった?」

「見てないや」

「だよねぇ」


 もし敵が中にいたなら自分から出てこなかった理由はなんだろう。せっかく捕らえた獲物をみすみす逃す意味はあったのか?


「次ね。ワイバーンもドラゴンも本来なら存在しない生き物って説明したよね。結界内限定のって線も捨てきれないけど、流石に結界と幻覚の併用は考えづらい。とすれば、中にいたそれらはである可能性が高い。さらにそれが1匹や2匹じゃなく、大量生産に成功していた場合は多分」

「ノーデン組確定?」

「そこまでの技術を持ってる犯罪組織はそうそうないからね。こんな目立つ場所で活動しないし」

「ノーデンはドラゴンまで所有してるってもしかしなくても相当ヤバイいのでは?」

「ヤバイ。政府上層部ウエが聞いたらゲロ吐くかも」

「爺さん婆さんが吐いてる嫌すぎる」


 大事件じゃん。

 事件が現場で起こってるから報告したら会議室でも事件起きてるじゃん。

 レインボーモザイクブリッジ封鎖できませんだよ。


「敵はなんでエルだけ結界内に入れなかったんだろう」

「私がいたらドラゴンがすぐに倒されちゃうからかな~」

「じゃあ今回の一件は改造ドラゴンの性能実験だったってことかね。を殺せれば良し、逆にやられた場合は改良の余地あり」


 ドラゴンはエルに敵わず、私たちを捕縛することも目的ではなく。

 だから私は生きている。

 シャーウスさんが捕まったのは事故ってところか。


「まず間違いなく熱耐性は上がってくるだろうね。そして何より……」


 心底言いづらそうな表情。一体どんなよろしくない問題があるというのだ。


「もういきなりミキの顔が割れた」

「最悪だ」


 分かってたことだけどね! もっと後だと思ってたよ!


「まーニュースには載らないから敵全体に伝達されるまでは時間がかかるとは思う」

「変装系の魔法ないですか」

「あるけど使える人呼び寄せるの大変だからダメ」

「ヴぇあぁ」

「それ鳴き声? エグい」


 エグい、頂きました。



「あとは……今、夜の11時過ぎ。ざっと9時間は寝てたよ。結界から出てきたミキと捕獲した男を村に置いて、もう一回山に入ったけど異常はナシ。気温も戻ってた。他に聞きたい事ある?」

「私気絶しすぎだなぁ……」

「電源ボタン押して電源切らないでって言ったでしょ」

「シャットダウンできるように気を付けます……」


 それパソコン。


「捕獲した男、村に放置していったの?」

「手錠足錠首錠つけたし、お爺ちゃんが見張ってたから。天球の錠は装着者が魔法を使おうとすると刃が飛び出る仕組みになってて、迂闊には動けない」

「間違えて魔法使っちゃたりしないの……?」

「首は死刑囚か終身刑か特例とか。基本は手足だけちょん切れる。今回は首つけたけど。こうでもしないと、魔法ですぐ逃げられちゃうからね~。もう護送車が来て男は政府に送ったよ」


 天球こわい。犯罪はやめよう。


「お爺ちゃんて誰? 運転手のお爺ちゃん?」

「うん。元A級」

「あの人私より強いじゃん」

「ミキはSまで上がってきて」

「上がれるかなー」

「頑張れば行ける。今だって強いもん」

「強くはないと思うけど……」

「壁形成なんてできるようになるまで半年かかった」

「嘘ぉ」

「嘘じゃない」


 手の平パン!地面にドン!壁ズァァァァァァ!みたいで楽しかった。

 リクナの錬金術師。


「私のまで引き継いでいるのなら、あとは慣れだけだなぁ。完全に強くてニューゲーム」

「身体もう少し鍛えないとまともな戦闘は無理じゃ」

「腹筋1000回」

「うへぇ⁉」

「うへぇじゃない」


 天使の皮を被った鬼だ。許して。


「帰ったら属性魔法と刀の練習ね」

「やっと異世界らしくなってきた」

「異世界というかワイズいわくつい世界らしい」

「対か。対ね。うーん」


 地球と天球。

 反転でも裏でもなく対。


 まるで「地球に魔法があったら」というセカイ。

 あまりにも地球を模している。いる気がしないでもないが。


「地球崩壊の発表したとき大パニックだったのに、ノゾミちゃんあんまり驚いてなかったね」

「望は芯が太いから」

「流石はミキの友達だね。類は友を呼ぶってやつ」

「そんなこと言われたの初めてかも」


 そもそも友達が望しかいないからこういう会話しなかったし。

 私の芯なんてブレブレな気がするし。


「そういえばシャーウスさんは? 戻ってるの?」

「村には戻ってきてない。多分山の拠点にいると思うよ」

「あんなに燃えてたのに帰ってないんだ……」

「服とか髪とかちょっと焦げてたけど負傷はしてなかったから、寝れば大丈夫なはず。『生態系の調査だから森に生き物が戻ってくるまでが仕事』らしいよ」

「プロだ」

「ドラゴンスレイヤーって肩書は嘘じゃなかったみたいね」

「見事な一刀両断だったよ。凄かった」

「私も見たかったな~」

「あの人今後狙われたりしない?」

「ノーデンは特定の誰かを追い回したりすることはないから大丈夫……かな。今後何かあったらすぐ連絡くださいとは伝えた」


 そこが気がかりだった。私たちのせいで人生めちゃくちゃになったとか言われたら目も当てられない。

 ドラゴン討伐でチャラにしてくれたのかも。


「それと、彼からミキに伝言」


「あの時は厳しいことを言って申し訳ない。でもリクナさんならきっとこれからもやっていけるよ。大丈夫。自信を持って」

「戦うも逃げるも助けを求めるも、全部選択肢の一つだ。そのが増えるようになればいいのさ」

「俺の無茶に付き合ってくれてありがとう。あの後ろ姿は一生忘れないよ」

「最後に、は無事遂行。報酬もきっちり頂いた。俺のこと広めといてくれよ! じゃあな!」


「だって」

「……」


 選択肢が増えればいい、か。

 弱いやつは死に方も選べないとはその通りだ。


 ――強くなろう。


「報酬って何?」

「分かんない。何も言ってなかった」

「心でも奪っちゃったかな」

「どこのリクナ3世よ」


 大剣持ってるクラウドならぬクラリス。

 クラしか合ってなかった。


「ご馳走様でした」


 スープを飲み終えた。


「明日の朝帰るよ。支度しておいてね。服はクローゼットの中に入ってるから。私は器片づけてくる」

「今起きたばっかりだから寝られなそう」

「村の中散歩でもしてきたらどう?」

「そうする」


 村は真っ暗なので提灯ちょうちん行燈あんどん?的なものを持ってうろうろすることになった(調べたら手燭てしょくというものだった)。


 空に星はなく、ただレネスだけが浮かんでいる。天球人もあの星に降り立ったことがあるのだろうか?

 風がないのになんで旗がなびいてるんだ!って問題になってたりしてね。


 20分くらい外に出て再び部屋に戻ると、死んだように眠った。

 9時間では疲れが抜けきっていなかったらしい。










 翌朝。


 広間で朝食をいただいた。メニューはパンと目玉焼き。

 地球感がすごい。


「外で待ってるね」


 先に準備を終えていたエルは家を出ていった。

 私も急いで部屋に戻り、身支度を整える。


 クローゼットの中には持ってきていた予備の服と――


「あれ」


 森の中でぶん投げたはずのリュックサックがあった。

 中に貴重品は入ってないし、支給されたものなので特に思い入れもない。

 ただ、帰ってくるとなんとなく嬉しい。


 背負うために持ち上げてみると


「ん?」


 違和感があった。


 明らかに重くなっている。

 なんか入れたっけ。


 中をのぞいてみる。


「く、はは」


 思わず笑みがこぼれた。

 最後の最後まで、カッコつけてくれる。


 そこには。


「人のカバン勝手に開けるなっての」


 特大の竜の鱗が入っており。

 代わりにおにぎりがなくなっていた。










 男を囮にし、女は逃げ延びた。


「まさかスカイノートが出てくるとは思わねぇな」


 愚痴をこぼしながら帰還する。


「しかも全然関係ない一般人にぶった切られてんじゃん。やっぱ政府外にもいるんだなああいうヤツ。こっちのリュウが弱すぎたか。もっと強くしてもらわねぇと。」


 のドラゴンと視覚共有をしていた女は、すべて見ていた。


「だが――風に土、あと水か? 三色ねぇ。またヤバそうなのが入ってンなぁ」


 エリュシオン・スカイノートの新しい相棒。

 あのガキは紛うことなき


「面白れぇ」


 夜空を飛びながら、女は不敵な笑みを浮かべる。



 もはや地球は存在しない。我々は初めて自分の一歩を踏み出した。


 世界は間違っている。正しくない。だからこそ間違いを正すために我々は生まれたのだった。


 例えだとしても、まだそんなことは誰も知らない。


 さぁ、準備を整えろ。

 ノーブルガーデン完全始動は、すぐそこまで迫っている。

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天地開闢 白銀 蒼海 @shiro-aoi

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